11-12 趣味と興味
「おかしいな。見たような気はするんだけどな」
押入れの中身を半分くらい出したところで先輩が首を捻っている。
そろそろ奥の方が見えて来たのだが、それっぽいのもが見当たらない。
いま手を付けているのは水屋のある《奥の部屋》で、まだ《前の部屋》と《真ん中の部屋》が手付かずで残っている。
まだ先は長いのだが、大きなダンボールを引っ張り出したところで先輩が音を上げた。
「ポチ、飽きた。お茶にしよう」
目の前のダンボールに突っ伏して疲れ切った声を出す。
ホント、すぐ面倒くさがるんだから。
まあ気持ちは分からないでもないけどね。
今日は色々あったから、いますぐコタツを探そうって言い出す僕が無茶なのだ。
□
「しかし、うちの学校に先輩を知らない人っているんですね」
出涸らし茶を先輩に手渡しながら、エロ本図書館の人たちの話題を振る。
そしたら呆れ顔で返事をされてしまった。
「そりゃいるだろ。私だって全校生徒の顔なんか知らんよ」
「でも先輩は人前に出る事が多いですし」
先輩は白湯みたいな出涸らし茶を啜って肩をすくめる。
「君が言わんとすることは分かるがね。全校集会とか生徒総会は強制参加で、興味ない生徒がほとんどだよ。私の顔なんか見ていない」
先輩の言うことはもっともなのだが、何となく納得できなくて反論してみる。
「でもエロ本図書館の人たちは女性にすごく興味ありそうな集団ですし、先輩の事を美人だって言ってたじゃないですか」
「美人と言われるのは面映いがね」
先輩はクスッと笑って僕を見た。
「私はみんなに美人と言われるより、君にかわいいと言われる方が嬉しいよ」
そう言って手元の湯呑みに視線を落とし、また一口お茶を啜る。
ほうっとため息をついてから口を開く。
「たぶん彼らはエロ本しか興味がないんだよ。私の胸をほとんど見なかったからな」
「え? 何ですか、それ?」
思わず聞き返すと、彼女は『聞き返されること自体が意外だ』といった感じの顔をする。
「……ああ、君には分かりにくいのか」
湯呑みをダンボール箱の上に置いて、胸元を手で抑える。
「男子生徒、というか教師も含めてほとんどの男性は私と話すときに必ず胸を見るんだ。まあ、その事をとやかく言うつもりはないがな」
少し冷笑ぎみに彼女は言った。
それだけで、あまり快く思っていないのは充分に伝わった。
「彼らは私の胸を見なかったどころか、そもそも私の胸のサイズすら気にしてなかったじゃないか。彼らが気にしていたのは『私がエロ本に理解あるか』だけだぞ」
まるで珍獣でも発見したかのように言っているけど。
たぶん先輩は誤解している。
彼らは先輩の大きな胸に興味を示さなかった。
それどころか先輩が何者なのかさえ分かっていなかった。
だけど駆けつけた絢香さんの事は知っていた。
持ってるだけで逮捕される本がすごく大量にあった。
そんでもって絢香さんを女神として拝んでた。
つまるところ。
あいつら、みんなロリだ。
低身長で童顔でスレンダーな女性しか興味ないんだよ。
まあ、彼らが先輩をそういう目で見ないのは悪いことでもない。
……良い事とも言えないけど。
「えーと、相手が胸を見てるのって分かるものなんですか?」
いつもそんな視線に晒されてるのは大変だな、と思って聞いたら彼女はすぐに頷いた。
「うん。ちなみにポチはすごく見るほうだぞ」
そんな視線の代表格だったらしい。
……これでも控えようとしてるんだけどな。
「まあ、君に見られるのは別に悪い気もしないよ。気にする事じゃない」
先輩は肩をすくめて僕に湯呑みを渡して来た。
□
結局コタツは、押入れの上にある天袋に入っていた。
ていうか天袋にはコタツしか入ってなかった。
最初にそこを開けたらそれだけで終わってたのに。
あまりのことに先輩と二人で畳の上に倒れ伏してしまった。
とは言えコタツが見つかったのは大変にめでたい。
先輩と一緒に組み立てたところで下校時刻になったけど。
ちょっとウキウキしながら家に帰る。
今日はよい一日だった。
先輩と手を繋いでスキップとかしちゃったし。
コタツは見つかるし、変なエロマンガは手に入るし。
で、そのエロマンガなんだけどさ。
読んで見たら《シリアスエロコメディ》とでも言うべき得体の知れない内容だった。
ワクワクするようなエロは全然なかったんだけど。
思いもよらぬ展開の連続で、けっこう笑えた。
次の日の放課後。
和室に向かう途中で宮本さんに会ったので、バッグを返すついでに率直な感想を言ったら奇声を上げて逃げていった。
何か、悪い事したのだろうか?