11-11 昭和って色々すごい
ずぶ濡れの制服からジャージに着替えて和室に戻ると、座布団の上に座る先輩が頭を下げる。
「すまんな。絢香さんは頭に血が上ると人の話を聞いてくれなくて」
「先輩が謝る話じゃないですよ」
バケツの件は、あの人が勢いまかせにやったんだし。
職員室から見えてたと言ってたから、そっち向けのハッタリなのも分かってる。
どう考えても先輩が謝る話じゃない。
もう僕らでは収集が付かなくなってたから、とりあえずあの場を収めてくれただけでも感謝したいくらいだ。
あのまま成り行きを進めてたら、 どこまで話がややこしくなってたやら。
結局、キャンプファイヤーは絢香さんが呼び集めた執行部の人がバケツリレーで消してくれた。
おかげで消防署への通報も防げたから、絢香さんはかなり頑張ったと思う。
ちなみに燃え残ったヤバいエロ本はびしょ濡れになったので、脱水もかねて圧縮した上で燃えるゴミとして執行部が回収した。
さすがに乾かしても再生は困難だろう。
エロ本図書館のメンバーたちは《執行部の頼みで第二体育倉庫を整理してたら、思いもよらず変な図書を大量発見してしまった善意の人たち》と言う建前で押し通した。
校庭で燃やしたのはどうしていいか分からなかったから、というワケだ。
彼らは今ごろ職員室で《校庭で焚き火》についてお説教を受けているハズだ。
本来ならもっと厳しい処分になってたところだ。それくらいは甘んじて引き受けて欲しい。
「しかし、この寒空の下で水を被るのはあんまりだ。私からも絢香さんに文句を言っておくよ」
仏頂面で言うのは、僕の代わりに怒ってくれているのだろうか。
ありがたい話だけど、せっかく収まった話を掘り返したくない。
「そういうのいいですから、一緒にこたつ探しましょう」
立ったまま押し入れを指さすと、苦笑しながら彼女も立ち上がる。
「他人と衝突を避けたい気持ちはわかるけどな。それが原因で後々面倒になる場合もあるぞ」
押入れの襖を開けながら先輩が苦言をよこす。
ま、それはその通りなんだけどさ。
そういう事があった結果、いま先輩と一緒にいるのだから悪いことばかりでもない。
ここの押し入れはけっこう広くて、細々としたものを無計画に押し込んだ形跡がある。
これ、入ってた順番覚えとかないと、元に戻せなくなんないかな?
しばらく二人で淡々と作業をしていたら、ふと先輩が大声をあげた。
「ああっ、すまん。あのエロ本、回収してない!」
目を見開いて僕を見て、すまなそうな顔をする。
一瞬、何の話なのか分からなくて考え込んでしまった。
「……もしかして《最初に拾ったエロ本》の話ですか?」
恐る恐る聞いて見たら、先輩はコックリと頷いた。
「今回のご褒美にすると言ったのに、すっかり忘れていてたよ」
がっくりと肩を落として言うのだが、そこまで落ち込む話じゃない。
あんだけ『いらない』って言ったのにな。
「別にいいです。一緒にコタツ探してくれる方が嬉しいです」
にっこりと先輩に笑いかけた。
エロ本なんか貰うより、一緒に何かする時間の方が僕には大事だ。
――というのは間違いなく本音なんだけど。
実はどさくさにまぎれて宮本さんの同人誌をこっそりチョロまかしてるのは僕だけの秘密だ。
濡れた制服を着替えるタイミングでバッグに隠せたのはラッキーだった。
少し本も濡れてしまっていたけれど、丁寧に乾かせば問題なさそうだ。
かわいい絵だったし、元ネタのないオリジナルっぽかったから、そういうのに疎い僕でも楽しめそうだったし。
文化祭で配布されてたんだから18禁じゃないハズだ。
それに《あの宮本さん》が描いたマンガだ。
18禁なんて軽くブッチぎってる期待――じゃなくて危険もあるし、確認せずにはいられない。
だから僕はエロマンガが読みたかったわけじゃなくてね。
ただ、エロマンガが読みたかったんだ。
……うん、エロマンガが読みたかったんだ。
あとで、ちゃんと返しますよ?
そんなワケで僕の手元にはすでに一冊あるから、さらにもう一冊は貰いすぎだろう。
だいたい、あそこの蔵書は古すぎてエロというには微妙な物が多すぎる。
資料的な価値はともかく、ワクワクするようなエロがない。
どう考えても《妹・あかりの性活》よりは宮本さんの同人誌の方が興味深い。
「まあ君がそういうのなら、いいのだが」
なんとなく腑に落ちない顔で言った後、畳の上に座りこんで深いため息をついた。
「ホントは全部燃やしたかったよ」
「……えーと、エロ本の話ですか?」
確認のために聞き返すと、先輩は頷く。
「先輩、そんなにエロに厳しかったですっけ?」
さっきだって《妹・あかりの性活》を普通に手にしていたし、男性向けのエロに潔癖って感じはしないんだけど。
僕の質問に、彼女は胸の下で腕組みをしてしばし考え込む。
「……絢香さんほどは厳しくないな。正直、面倒くささが先に立つ」
あの人が厳しいってのも意外な感じがするけどな。
次に会った時には気をつけよう。
「ああいうのに出演する女性には事情がある場合が多いと聞く。地上から抹消したいと思っている人もいるだろう」
「ああ、なんかモデルさんの目が死んでましたもんね」
処分本の仕分けを手伝った時に中身をちらっと見たのだが、セーラー服を着た厚化粧の中年女性が《女子高生》を名乗って死んだ目でポーズをとってたりしてた。
いったいどこに向けて作られた本なのか理解に苦しむ。
昭和エロの闇は深い。