11-9 違法建築
先輩の大音声で静まり返った屋根裏の中。
やがて一人がハッと我に返って叫ぶ。
「そんなバカな。エロ本博士が、うちの生徒会長は黒髪ロングの女だと言ってたぞ!」
「そうだ! エロ本教授が言うには、すごい美人のハズだ!」
「エロ本大臣の話では、とんでもない巨乳の持ち主らしい!」
「あの女をよく見てみろ。生徒会を騙っているだけの貧相な女に違いない!」
彼らは口々に勝手なことを叫び、一斉に振り返って先輩を見つめた。
「うわぁっ、デカイ! デカイぞ!」
「何だ、あれ? スゴイ!」
「あんなのリアルで初めて見たぞ!」
彼らは口々に先輩を指差して叫んでいる。
失礼すぎる行為に、彼らへの好感度が一気に下がった。
「しかも美人だ!」
「見たこともない美人だぞ!」
「嘘だろ? あれAIで描いたんじゃねえ?」
あまりの言いように先輩の様子を伺えば、腰に手を当てて無表情に彼らを眺めていた。
みんなから美人と言われても全く動じないのはスゴイな。
彼らは屋根裏部屋の隅に集まってしゃがみ込み、ひそひそ声でささやき合う。
「どうする? マジで生徒会長なんじゃね?」
「やべえな、下手すりゃ全部没収だぞ」
「歴史あるエロ本図書館が今日で終わるのか……」
まあ、全部聞こえてるんですけど。
彼らは腰を浮かせて周囲を見回して、懸命に脱出路を目で探っている。
だが屋根裏部屋に窓なんかないし、唯一の出入り口である隠し扉の側に僕と先輩が立っている。
文字どおりに浮き足立つ一同を、館長が一喝した。
「落ち着け! まだそうと決まったワケじゃない。会長の傍には常に一年の犬がいるはずだ」
今度は一斉に僕へと視線が集まる。
……どうでもいいのだが、先輩に『もしかして生徒会長?』って聞いた方が早くないか?
首をひねって先輩を見ると、彼女も僕に視線を向けて軽く肩をすくめる。
「ポチ、何か言ってやれ」
「わん!」
言った途端に彼らはパニックになった。
「うわぁ、犬だ! 犬が出た!」
「もう終わりだ!」
「蔵書を退避させろ! 持てるだけでいい!」
彼らは口々に叫び、屋根裏部屋を走り回る。
その反動で床というか、天井が大きくたわむ。
「まずいです。早く逃げないと停学くらいますよ!」
「しかし蔵書を置いていくわけにはいかん!」
「散逸すれば二度と手に入らない稀覯本ばかりなんだぞ!」
さんざん騒いだ挙句、どうにもならないと悟った彼らは殺気立った視線を僕たちに向ける。
「落ち着け、やつらは二人しかいない!」
「全員で掛かれば口封じ可能だぞ!」
あ、そうなるんだ?
こんなヤバい建物で大立ち回りをするつもりらしい。
先輩を背に隠すヒマもなく、彼らは一斉に僕らへ向かって走ってきた。
そのままの勢いで全員揃って跳躍し、見事なまでにジャンピング土下座を決めた。
「すいません! 見逃してください!」
その言葉と同時に屋根裏部屋の床が一気に抜けた。
□
エロ本図書館は、もともとは河原で拾ったエロ本の見せっこで始まった集まりだ。
拾った本の保管場所として体育倉庫が選ばれ、天井裏を素人工作で改造している。
強度計算なんかしてないだろうし、こんなに本が集まることも当初予定になかったろう。
そこに多人数が揃って飛び跳ねたのだから、床が抜けるのも当然だ。
第二体育倉庫には天井近くまで物が積まれていたし、落ちた高さは30センチ程度だ。
とはいえ本棚は倒れるし、出入り口は塞がりそうになったしで、けっこう大騒ぎだった。
「全て捨てろ」
ようやくの事で外へ出た先輩が不機嫌そうな顔で言う。
エロ本図書館のメンバーたちから悲鳴のような声が上がった。
「そんな殺生な」
「せめてどこかに寄付を」
「昭和の文化遺産なんです」
一同揃って足元にすがるようにして懇願しているが、先輩は頑として譲らない。
「こんなの学校に置いておく方がおかしいんだ。怪我人が出なかったのだって、たまたまなんだぞ。とても見過ごすわけにもいかん。全部処分しろ」
厳しい口調で先輩が告げると、彼らは一斉に異議を唱える。
「そこを何とか」
「文化財としての価値を認めてください!」
ずっと押し問答で話が全く進まなくなったので、横から口を挟んで見る。
「えーと、先輩。少し気になっている事があるのですが」
「うん? なんだ、ポチ」
彼女は不機嫌な顔のまま、訝しげに僕を見た。
「もしかして、この倉庫がずっと取り壊されなかったのって……」
わざと結論を濁して言うと、先輩はその意味について考えてくれたようだ。
やがてハッと気がついたように目を見開く。
「ああっ、そうか。そういう事なのか!」
彼女が驚きの顔で僕を見る。
どうやら同じ結論に達してくれたようだ。
「そうなんですよ。これ、下手に関わると面倒くさくなる話なんです」
新しく体育倉庫を建てたのに、なぜ古い建物がそのままなっていたのか。
大した物が入っていたワケでも無いし、とっくに取り壊されてておかしくない。
なのに第二体育倉庫として残されたのは何故かと言えば――。
この図書館が存在していたからじゃないのか?
「……つまり、体育倉庫の取り壊しをうやむやに出来る立場の人間が、エロ本図書館に関わっていると?」
渋面を作って先輩が僕を見る。
まあ、本当のところは分からないけど。
すでに何十年と続いている組織である。
教職員や保護者の中に、かつてのメンバーがいて密かに支援していた、くらいはありそうな話だ。
「いつ誰がそうしたのかわかりませんが、下手に手を突っ込むとややこしくなりますよ」
「……しかし、さすがに看過できんだろ?」
崩落した天井裏からなんとか持ち出してきたヤバめのエロ本束を指差して言う。
それはもっともなんだけど。
正式な部活ではなく《密かに続いていた伝統》みたいな部分があるのがややこしい。
下手な扱いをすると、学校やOB会と対立しかねない話なのだ。
そうでなくても、さっきから話が進まなくなってるし。
大切なのは《落とし所をどこにするか》の見極めだ。
僕は足元に座るエロ本図書館の館長へ語りかける。
「もう第二体育倉庫の寿命は近いですよ。地震で倒壊の危険もあります。それに火事になったら逃げ場がありません。あの場所での再建はやめた方がいいと思います」
館長は僕の言葉を噛み締めるとゆっくりと頷き、立ち上がった。
「いまが潮時だ。OBや博士たちには私から説明するよ。諦めよう、皆の衆」
彼の言葉に一同が校庭に崩れ落ち号泣する。




