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茶道部の出来ごころ 〜茶道部の犬に、先輩のオッパイは揉めない〜  作者: 工藤操
第11章 友よ、秘密の図書館で会おう
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11-8 エロ本に乾杯!

 なんとか小太りの男を穴から引っ張り上げると、彼は礼も言わずに七三に分けた髪を胸ポケットから出した携帯用のコームで整えている。


 その態度に先輩が不機嫌そうな顔になるが、とりあえず放っておいて小太り・七三分けの男を観察する。


 制服をダブルに改造する人って初めて見たんだが、明らかに校則違反だよな。

 こんなの放っておくなんて、うちの風紀委員はホントに仕事してないぞ。


 ついでに言えば彼の髪型はオシャレな七三分けではなく、大量のポマードで固めたクラッシックな七三分けだ。

 小太りの体型と相まって、やたらおっさん臭い感じがする。


 髪を整え終わりコームを内ポケットにしまうと、図書館の男子生徒たちが次々と彼に声をかける。


「館長! お久しぶりです!」

「おお、皆も息災で何よりだ」


 なんだか知らんが、七三分けは偉い人な上に人気者だ。

 みんなで彼を囲んで和気藹々と話してる。

 雑談も交えて話をしてるので長くなりそうだ。


 話に横槍を入れるのもためらわれる。

 時間つぶしに近くの本棚から一冊抜いて中を見ようとしたら、すぐに隣にいた男子生徒に制止された。


 黙って僕の腕を掴み、静かに首を横に振る。


 勝手に見るのがダメなのかと思ったら、彼は無言のまま薄手の白手袋を渡してくれる。

 蔵書は大事に、という話だったらしい。


 指示された通りに白手袋をはめて丁寧に本棚から一冊取り出すと、満足そうに頷いている。


 そういうものかと思いつつ取り出したエロ本をなんとなく広げて、すぐに閉じた。

 思わず深いため息が漏れる。


「……先輩、これ、持ってるだけで逮捕される奴です」


 真横にいる先輩に小声で報告すると、彼女は無表情な顔で頷いた。


 そんなやりとりをしている僕らの横で、エロ本博士たちの雑談はまだ続いている。


「館長、こんな時期に来て、受験大丈夫なんですか?」

「ハハハ、たまにはここへ来ないと淋しくてな」

「分かります。エネルギーの補給ですね」


 他愛もない雑談なのだが、引っかかるところがあった。

 もしかして七三分けの館長以外は全員2年生なのか?

 ここは18禁本の図書館なのに?


 ちらっと横目で先輩の様子を確認すると、不機嫌そうな顔で腕組みしている。

 明らかに気がついてて面倒くさがってる顔だ。


「ところで新しい資料は手に入りそうですか?」

「やはり難しいな。そろそろ何か考えないといけない時期に来ているのかもしれん。——ところで、この方たちはどなたかな?」


 館長の問いかけに応じて、隣の男がにこやかな笑顔で僕らを紹介してくれた。


「ほほう、宮本先生の紹介ですか。して当館に何の御用で?」


 訝しむような視線で僕らを眺める。

 さすがに館長と呼ばれるだけあって、宮本の名前が出ても警戒心を解いてない。


「これ、廊下に落ちてたんですが、持ち主に心当たりは?」


 言いながらバックパックからビニールに包んだエロ本を取り出すと、館長は驚きの声をあげた。


「そ、それは《妹・あかりの性活》ではないか?」


 彼は駆け寄ると、震える手ですごく大事そうにエロ本をそっと受け取る。


「落としたと気がついた時には、卒業前に館長の名を返上せねばと思いつめたものだったが」

「よかったですね、館長。エロ本博士や教授も心配してましたから」

「これは《妹・あかりの性春》とセットですもんね」


 取り戻したエロ本を潤んだ目で抱える館長を、みんなが励ましている。

 それは心温まる光景なのかもしれないのだけれど。


「こんな本が生徒会の人たちに見つかったら大変な事になりますから」

「会長は女だからな。エロに理解は難しそうだ」

「でも届けてくれた方のお一人も女性ですから、一括りにして生徒会のお堅い連中と一緒にしちゃ悪いです」


 ……ちょっとビックリした。

 この学校に先輩の顔を知らない人がいるとは。


 黙って座ってても目立つ人なのに、目の前にいて気がつかないとは、どういうことだ?

 こいつらってエロ本にしか興味ないの?


「生徒会には優秀な犬がいるらしい。いくつもの部活の不正を暴いて潰した恐ろしい奴だ」

「潜入捜査のプロだと聞いてますな。我々も気をつけなければ」

「知ってるか? 生徒会の犬は一年生だそうだ」

「ほう、《女子トイレの覗き魔》といい、今年の一年は伝説を作る奴が多い」


 感心するように語っているが、それ両方とも目の前にいる僕なんですよ。

 どっちも心当たりないんだけどさ。


 僕もそろそろ帰りたくなってきた。

 落し物も持ち主に戻ったようだし、先輩の機嫌が悪くならないうちにお暇しよう。


 先輩に目配せして、目立たぬように梯子の方へ移動する。

 さりげなく隠し扉の穴まで戻ったところで、館長が手元のエロ本を見て驚きの声を上げる。


「なるほど。ジッパー付きのビニール袋で保管か。これはいいぞ! こうしておけばビニ本ぽさが増すし、取り出しも容易だ。我々の図書館にふさわしい保存法じゃないか」


 いや、それ、保管がどうとかじゃなくて、天井からぶら下げたかっただけなんですけど……。


 そんな僕らの真実とは無関係に、一人の男が館長の足元に跪いて具申する。


「館長! では採用に当たって発案者を称えなければ!」

「おお、その意見はもっともだ!」


 彼は大きく頷くと両手を広げ、毅然とした表情で声を出す。


「みんな、聞いてくれ。この人たちは我々の蔵書に資料価値が上がる素晴らしいアイデアを提供してくれた。エロ本にとても深い理解と造形がある人たちだ」


 一同の注目を集めて、彼はとんでもない勘違いを語り出した。


「この功績に応え、エロ本図書館は二人に称号を与えたい。どうであろう?」


 館長の言葉に全員が拍手で応える。


「では、この二人には持ってきたビニ本にちなんで『あかり』と『性活』の名を贈ろう」

「ちょっと待って! 勝手に先輩に変な名前つけないで!」


 異議を申し立てたら、館長が首を横に振って僕の肩に手を置く。


「あかり君。今は分からないかもしれないが、これは大変に名誉な事なんだよ。本来なら3年生にしか許されない事なんだ」

「ええっ? 僕が《あかり》の方なんですか?」


 僕が頭を抱えたくなっている一方で、みんなは勝手に盛り上がっていた。


「よし、新しい仲間が増えたことを祝って祝杯を上げよう!」


 言うや部屋の片隅にある小型の冷蔵庫へ歩んで行く。

 彼らが中から取り出したのは、呆れたことに缶ビールだった。


 ……よくこんなとこへ冷蔵庫を運び入れたな。

 出入り口が梯子しかないのによく持ってこれたものだ。


 ボロくて古い倉庫の屋根裏を改造した部屋だし、この蔵書量に冷蔵庫だ。

 そのうち床が抜けるんじゃないのか?


 振り返って先輩を見たら、目を細めてどこか遠くを見る目つきだ。

 もう何もかも面倒臭くなってるらしい。


 いくらアルコール飲料の単純所持は校則違反じゃないと言ってもね。


 学校施設の無断使用と改造。

 18禁本の閲覧と貸し出し。

 ただ持ってるだけで逮捕される種類のエロ本。


 もう、とっくにスリーアウトである。

 さすがに見なかったことにはできない。


 アルコールは飲めないと言う僕らに、男子生徒が気を効かせてウーロン茶を手渡してくれた。

 ……たぶん、基本的には気のいい人たちなんだけどなぁ。


「さあ、我々の未来に乾杯だ!」


 館長が大声をあげて缶ビールのタブを引く。

 パシュッと小気味好い音がして封が切られた。


 その瞬間、ずっと黙っていた先輩が大声を上げる。


「生徒会執行部だ! 全員そこを動くな!」

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