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茶道部の出来ごころ 〜茶道部の犬に、先輩のオッパイは揉めない〜  作者: 工藤操
第1章 全知全能の神に導かれて僕らは出会った
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1-11 え? ここで脱ぐの?

「すいません。つい手が出ちゃって……」


 この間、もうケンカはしませんって反省文を書いたばっかなのにな。


「しっかりして、池目先輩!」


 倒れたまま動かない池目の元へ、沙織さんが心配そうに駆け寄っていく。


「しっかりして、池目先輩!」


 彼の側に跪き、そっと頭を抱えて膝枕のような姿勢で顔をのぞき込む。


「池目先輩、怪我はありませんか?」


 沙織さんが聞くと、池目は眩しそうに薄目を開けて、搾り出すような声を出す。


「……君は、こんな俺を許してくれるのか?」


 彼女は柔らかく微笑んで、ゆっくりと頷いて見せる。


「人という生き物は互いを許し合って、ようやく生きて行けるんです」


 その言葉に、彼の瞳から涙がこぼれた。


「すまん。俺はどうしても、君のブラジャーが欲しかったんだ」

「いいんですよ、池目先輩。お母さんのブラジャーを返してくれるなら、喜んであたしのブラジャーを差し上げますから」


 そう言うと、彼女はセーラー服の裾に自分の手を入れた。


「え? ここで脱ぐの?」


 ギョッとして、思わず声に出してしまった。


「見るな、ポチ」


 先輩は僕の目を掌で隠そうとするが、その細い指の隙間から沙織さんが背中へ手を回してホックを外す仕草や、肩のストラップを袖から抜くところが見える。


 池目は膝枕をされたまま、目を見開いてその様子を凝視していた。

 その場所なら色んなモノがよく見えていそうだ。


 沙織さんは、たったいま外したばかりの脱ぎたてブラジャーを、そっと彼の顔に乗せると、


「さようなら、顔のいい池目先輩。たとえブラジャーが目当てでも、あたしに告白してくれた事、すごく嬉しかったわ」


 そう言って、盗まれていた母親のブラジャーを手に立ち上がった。


「待ってくれ!」


 池目が大声で引き止めようとするが、沙織さんは目に大粒の涙を浮かべて悲しげに微笑む。


「そのブラジャー、すごく高かったの。大切にしてね」


 それは、たぶん彼女なりの決別の言葉だったのだろう。

 だが別れを告げられた池目は、何度も大きく首を横に振って立ち上がった。


「違うんだ。俺が間違っていた。たったいま分かったんだ。ブラジャーは、それを包む中身があってこそ素晴らしい。ブラジャーと中身の二つが揃わないと、世界は成り立たないんだ!」


 ……膝枕をしてもらっているときに、彼は何を見たんでしょうね?


 池目は頭の上へブラジャーを乗せたまま、真剣な顔で彼女を見つめる。


「どうやら俺は、君が好きらしい」

「あたしも顔のいい人は大好きです!」


 頬を桜色に染めた沙織さんが驚きの声で答えた。


「沙織ちゃん!」

「池目先輩!」


 二人は互いの名を呼んで、ヒシッと固く抱き合った。


「……なあ、ポチ。私には分からんのだが、これでいいのか?」

「それを僕に聞かれましても……」


 さっき沙織さんは『顔がいい人の告白は信じられない』ような事を言ってた気がするのだが、その話はどこへ行ったのだろう?


 僕らが互いに顔を見合わせて互いの困惑を確認していると、いまだ抱き合ったままの沙織さんが、顔だけをこっちへ向けて心境を解説してくれる。


「顔がいい人は大好きですが、少しくらい変態の方が気後れしなくて付き合いやすいのです」

「……ああ、さようでございますか」


 僕は力なく返事をした。


 盗んだブラジャーを身に着けて《新しい神》を自称する行為を、少しくらいで済ませるんだ。

 顔がいいってスゴイよな。


「ありがとう、ポチくん。おかげで下着は返ってきたし、顔のいい人と付き合える事になりました。相談してよかったです」


「そ、そうだな。困った事があれば、また相談に来るといい」


 言葉を失った僕の代わりに、先輩が勝手な安請け合いをしてくれた。

 沙織さんと池目は満面の笑顔で、手に手をとって僕らの前へやって来た。


「じゃあ、俺たちはこれで失礼させてもらうよ」

「お二人もお幸せにね」


 爽やかな笑顔で僕らに手を振り、


「アディオス、アミーゴ!」


 よく分かんない言葉を残して、廊下の彼方へ走り去ってしまった。


       □


「……先輩、今ってまだ授業中ですよね?」

「うん。どこへ行ったんだろうな?」


 そのまま僕らは黙り込んでしまう。

 思っても見なかった展開に、毒気を抜かれて呆けていたのだ。


 しばらくして先輩が、


「着替えを和室に置いたままだったな」


 思い出したようにポツリと呟いて歩き出した。


 去っていく背中をぼんやりと見ていたら、先輩はクルッと振り返り、


「ポチ。いつまでも、そんなところで何をしている?」


 そう言って僕を手招きする。


「どうせ今から授業に出てもつまらんだけだ。せっかくだから私が茶でも淹れてやる」


 彼女は、一度大きく息を吸うと、


「私たちは茶道部だ。そうだろう?」


 そう言いながら僕に右手を差し出した。


「改めて初めましてだ、ポチ。これからよろしく」


 はにかむような笑顔に、僕も嬉しくなって返事をした。


「初めまして。こちらこそよろしくお願いします」


 そう言いながら僕も腕を伸ばすと、急に彼女は差し出していた手をクルッと翻した。


「……え?」


 とっさの出来事だったから反応のしようもなく、気がついた時にはすでに手首をしっかりと捕まれていた。

 何が起こっているのか分からず呆然としている僕に向かって、彼女は目を細めてうっすらと微笑む。


「ところで、ポチ。ひとつ聞かせて欲しいんだが?」


 その笑顔と低い声音にすごく嫌な予感がした。


「君は、どうして和室の中に隠れていたんだ?」

「……え?」


 思わず息が止まった。

 その話、蒸し返されるの?


「そ、それはですね……」


 嫌な汗が噴き出してくる。話の成り行きでなんとなくウヤムヤになったつもりでいたが、そんなに都合よくはいかないらしい。


 僕の腕を掴む彼女の手から《絶対に逃がさない》と言う強い意志が伝わってくる。


 必死で言いワケを考える僕を見て、彼女は楽しそうに微笑んだ。


「うん。君が私たちの着替えを覗いていたなんて思っていないから。全く思っていないから。何であんなトコにいたのか、今から和室でじっくりと聞かせてもらう事にするよ」


 本当に、先輩は楽しそうだった。

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