11-7 全国1位
梯子を上った先にあったのは別世界だった。
隠し扉を押し上げて、まず目についたのはフローリングの床とテーブル。
屋根裏ゆえに天井は低いがLEDのシーリングライトが複数設置されて、本を読むには充分な明るさが確保されている。
昭和の廃墟みたいになっている真下の倉庫とはまったく違う、近代化された空間だ。
壁一面に本棚が設置されており、軽く見積もっても蔵書は数千冊と言ったところか。
驚いたことに倉庫の上は本当に図書館になっていた。
下手をすれば万を超えるそれらは、もしかして全部エロ本なのだろうか?
屋根裏部屋には先客の男子生徒が数人いて、くつろいだ姿勢で静かにエロ本を眺めていた。
「なんだ、ここ?」
後から上がって来た先輩が声を上げる。
それで中にいた生徒たちが僕らに気がつき、驚いた顔でこっちを見ている。
「ややっ、何奴だ!」
「曲者だ、ものども出会え!」
彼らは大げさな言葉を口々に叫ぶと、一斉に立ち上がって僕らを取り囲もうとする。
とっさに先輩を背に隠すが、僕らは非公式な秘密の集団に突然現れた闖入者だ。
この対応は当然だろう。
殺気立った顔で取り囲んでいる男たちに、とりあえず対話を試みる。
「えーと、オカ研の宮本さんに紹介されて来たのですが……」
驚くことに宮本の名前を出しただけで、あっという間に彼らの緊張感がなくなった。
「……ああ、宮本先生の紹介ですか」
「最初からそう言ってくれよ」
「手入れかと思ったじゃねえか」
彼らは口々にぼやきながら苦笑している。
宮本の顔が広いのは分かったが《先生》ってなんだ?
「あの、これ、全部エロ本なんですか?」
「もちろんですとも。昭和の時代から代々受け継いできたコレクションです」
壁一面の本棚を見渡しながら聞くと、一人の男子生徒が自慢気に答えてくれた。
「……そんな昔から、ここはあるのか?」
呆れとも感心ともつかない顔で先輩が声をあげる。
「私は何度か第二体育倉庫に足を踏み入れた事があるが、こんな存在は全く気がつかなかったぞ」
「18禁の図書館ですからね。そう簡単に見つかるようにはしてません」
ニヤリと笑って男子生徒が言う。
確かに、僕らも教えてもらわなかったら気付かなかったろう。
それにしたって昭和の頃からあったのならよく隠し通せたものだ。
「……うちのOBたちは何を考えていたんだ?」
嘆くように先輩が言うけど。
そりゃエロい事を考えてたに決まってる。
「これ、けっこうお金かかってますよ。案外バカにしたもんじゃないです」
「そうなのか?」
見たまんまを口にしたのに、意外そうな顔で聞き返された。
先輩は《エロ本は案外と高い》のを知らないようだ。
何しろ万に近い蔵書である。
ざっくり一冊千円と考えても、購入金額は一千万円に近い。
「全部売ったらひと財産になりますよ」
「ほう、こんな物がねぇ」
胸の下で腕組みをして感心するような声を出す。
まあ買い取ってくれる人がいれば、の話だけど。
「いやぁ、金額よりも手間を評価して欲しいですよ」
男子生徒が強い口調で異議を挟む。
「そもそも70年代の自販機本の収集から始まっていますからね。そこから何代にも渡り、コツコツとエロ本を収集し続けた先達の熱意こそがこの図書館を形作っているのです」
よほど自慢なのか、彼は手で本棚を指し示しながら解説を始める。
「おそらくエロ本図書館としては国内でも有数の蔵書量だと我々は自負しています。少なくとも高校でこれほどのエロ本を収集しているのは、全国広しといえどココだけでしょう」
そりゃそうだ。普通の高校に18禁のエロ本なんてないよ。
ここより充実している所があったらビックリする。
「しかし、よくこれだけ集めたものだよ」
肩をすくめて先輩が言うと、男子生徒は大きく頷く。
「もちろん最初は河原に落ちているエロ本を拾って品評会を開くという、プリミティブな集まりだったと聞いています。だけど昔は未成年がエロ本を買うのも難しくなかったですから、すぐ収集活動が始まったようです」
彼は立板に水で語っているが、先輩はもう帰りたそうだ。
いちおう話を聞いているフリはしているが、視線が明後日の方を彷徨っている。
「アルバイトで稼いだお金を全て蔵書のためにつぎ込んだ生徒も多数いたと聞いています。時給400円の時代に一冊2000円のビニ本を買い集めるのが、どれほど大変なことだったか、今では想像もつきません」
そこまで喋ってから、男子生徒は遥かな過去に思いを馳せるような顔で大きくため息をついた。
「えーと、最近は大変じゃないの?」
いちおう聞くと、彼は静かに首を振った。
「もう紙でエロ本が出る時代じゃないんですよ。ここの蔵書も昭和に出版された物が大半で、平成の後半からは、ほとんど増えてないんですよ」
まあデジタルの時代だからな。
エロは写真も動画もネットだよね。
「なんの騒ぎだね。図書館では静かにしたまえ」
急にかけられた甲高い声に振り返れば、隠し扉の穴から小太りの男子生徒が上半身を覗かせている。
「あっ、館長。申し訳ありません」
僕の隣に立っていた男子生徒が彼に向かって頭を下げた。
よく分からんが偉い人らしい。
恰幅のいい体をダブルのブレザーで包んだ男は僕らのことをジロリと睨むと、床の穴から出ようとして両手をついた。
そのまま下半身を引き抜こうとして体を左右にひねり、前後に動く。
やがて大きなため息をつくと額の汗をぬぐい、悲しげな目で僕を見上げる。
「……すまんが君、手伝ってくれないか?」