11-2 みんなそう言ってるんだもん!
「それで、このエロ本をどうしろと?」
僕らはエロ本を挟んで正座して向かい合う。
エロって存在感強いな。
せっかく先輩が目の前にいるのに気になって仕方ない。
「持ち主を特定したい。こんな物を廊下に落とす奴は厳重注意しないとな」
淡々とした口調で先輩が言う。
あまり乗り気でもなさそうなので、念のために聞いてみる。
「こういうのは風紀委員会の仕事なのでは?」
「その風紀委員会からの依頼なのだよ」
ため息交じりで彼女は言う。
「じゃあ今から風紀委員に話を聞くんですね」
「あいつらはもう帰ったよ」
立ち上がろうと中腰になったところで、先輩があっさりと言ってのけた。
……帰った?
僕らにエロ本だけ渡して?
ちょっと理解できなくて、中腰のまま固まってしまった。
「うちの風紀委員は、あまりやる気がなくてな。まあ美化委員会みたいに熱心でも困るのだが」
面倒くさそうな顔で先輩が説明してくれる。
確かにどっちも面倒臭い。
「……あの、風紀委員て何してるんです?」
座布団の上に座りなおして聞いてみる。
全く縁がない委員会なので、いまいち想像がついてない。
先輩は手元のお茶を啜りながら、つまらなそうに答えてくれた。
「校則違反の取り締まりだな」
「やっぱり、これ風紀委員の仕事じゃないですか? なんで執行部に丸投げするんです?」
その執行部は茶道部に丸投げだし。
さすがに抗議もしたくなる。
だけど先輩は軽く首を横に振る。
「君はいま生徒手帳を持っているか? うちの校則にエロ本持ち込み禁止はないぞ」
「そんなの常識の範囲だからでは?」
法律や条例で禁止されているモノを、改めて校則で禁止する意味もないと思ったのだが、
「喫煙や飲酒の禁止は校則に明記されているんだ。しかしエロ本については何も書かれていない」
けっこう驚く事を先輩は言った。
「え? そうなんですか?」
「理屈の上では18歳の誕生日を過ぎたら校内にエロ本を持ち込むのはセーフなのだよ」
校則違反でないので風紀委員にはエロ本を取り締まる権限がない。
なので執行部に持ち込んだ、というわけか。
「ちなみに喫煙と飲酒に関しても、校則をそのまま解釈すれば《所持してるだけ》ならセーフだぞ。生活指導部の教師と揉めたかったら試してみるといい」
「いえ、それは結構です」
ロクでもない提案を即座に断る。
春の停学以来、僕は生活指導部にいいイメージがない。
なるべくなら関わらずに済ませたい人たちだ。
「これ、取り締まる必要があるのですか?」
すでに三年生の大半が18歳を過ぎている。
エロ本の持ち込みが校則にも法律にも引っかかってないなら、放置しても良いのでは。
「廊下に落ちてたのが問題でな。校内の風紀上で好ましくない、とのことで執行部にお鉢が回ってきた」
「ああ、ゾーンニングとか、そっち方面の話ですか」
誰が拾うか分かんないとこにエロ本があるのは、まあ問題かもしれない。
「捕まえて説教。私たちがやるのはそれだけだ」
「あまり気乗りしませんけどね」
僕だったら、こんなんで先輩に説教されるのは勘弁してほしい。
先輩だってバカバカしいと思っているのか、さっきから眠そうな顔になっている。
「ま、君の気持ちは分からんでもない」
そう言って僕らの間に置かれたエロ本を手に取り、目の前に掲げた。
「もし持ち主を見つけられたなら、君にこのエロ本をあげよう」
「いや、それ持ち主に返しましょうよ」
人のモノだし、やけに古臭い感じのするエロ本だ。
そんなの貰っても嬉しくないし、隠し場所に困るだけだ。
「ご褒美にするなら、もっと僕が喜ぶものにしてくれって言ったじゃないですか」
畳を叩いて抗議すると、彼女は不思議そうな顔で小首を傾げる。
「しかし、君は胸が大きいのが好きだと聞いたぞ。さっき中をちらっと確認したが、スレンダーなのに大変に胸が大きなモデルだった。きっと気に入ると思うのだが」
言いながらページを広げて確認している。
こんなとこ人に見られたらどうするつもりなんだか。
「いえ、僕は別に胸の大きさにこだわりないです」
きっぱりと宣言したのに、先輩はまだ諦めてくれない。
「そうなのか? しかし、きっと気にいると思うのだが。だってホントに大きいんだぞ? 見てみたいだろ?」
しつこくエロ本の中身を推してくる。
そりゃエロですから、全く興味ないわけじゃないけどさ。
なんでそんなにエロ本を僕に押し付けようとしてるのか。
「ふむ、君は胸大きいのは好きじゃないのか……」
喋りながらだんだん元気がなくなっていくのは、どういう事だ?
どうにも変な誤解があるようだ。
こういうのは早いうちに解いておかないと、色々ややこしくなるぞ。
「あのですね、僕、胸の大きい小さいは好き嫌いと関係ないです」
しっかり否定したら、先輩は腕組みをして少し考えてから口を開く。
「ふむ。つまり君は、女性の胸ならなんでもいいから大好きだと?」
「いやまあ、その解釈でも間違ってるとは言いませんが……」
そう答えたらバカにするような笑顔で僕を見た。
「では今回の報酬は、このエロ本でいいだろ? あらためて言うが、すごい胸だぞ」
胸の大きな先輩が《すごい胸》と力説するんだから、確かにすごいのだろう。
そこまで言うなら見てみたい気もする。
これ以上は押し問答になりそうだし、説得は諦めることにした。
「わかりました。それでいいです」
「そうだろう。君はきっと欲しがると思っていたんだ。胸が大きい女性が好きだと聞いてたから、きっと喜ぶと思っていたんだ」
僕が了承すると、彼女は満足そうに頷いている。
「とりあえず聞きたいのですが、僕が『胸大きいのが好き』って誰が言ってるんです?」
噂の出所を確かめるべく聞いたら、先輩はあっさりと答えてくれた。
「うん。クラスのみんながそう言ってる」
あまりにもいい加減な返事で、思わずひっくり返りそうになる。
嘘つくにしても、少しは考えてから答えてよ!
「どこのクラスの話なんです? ねえ、僕、あちこちのクラスで話題になるような有名人じゃないですよ?」
僕のツッコミを無視して、先輩はエロ本を片手に立ち上がった。
顔にかかった長い黒髪を右手で搔きあげ、ちょっとカチューシャの位置を直す。
いたずらっぽく笑って、僕に向けて右手を伸ばす。
「さてポチ。仕事の時間だ。この持ち主を捕まえに行くぞ」




