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10-8 丼飯、大好きです!

「じゃ、あたし、これ職員室に届けとくよ」


 先輩が署名した書類をヒラヒラ振って絢香さんが和室を出て行く。

 玄関の閉まる音がした途端に、先輩が大きくため息をついた。


「……私は反省すべきだな。サプライズを仕込もうとしてトラブルを引き寄せてしまっていた」

「美化委員会の行動は予測困難ですよ」


 ガックリと肩を落とす先輩に、改めてお茶を淹れなおしながら声をかける。

 気分を切り替えるために、また茶葉も入れ替えとこう。


「こんな事になるのなら、もっとちゃんと作っておくべきだったよ」

「え? そっち反省するんですか?」


 どう考えても和室の外でサプライズを仕込んだことが原因なのだが。


「だって恥ずかしいじゃないか。下手したら新年度もあのままなんだぞ。うっかり新入生にアレを紹介されてしまったら、いたたまれない気持ちになりそうだ」


 体の前で両手をブンブン振って力説している。


 ずいぶんと想像力豊かだよな。

 まだ年が明けたばかりだし、僕なんか来年度のことなんて何も考えてないのに。


「先輩、お茶どうぞ」


 湯呑みを差し出したら、振り回した手をピタッと止めて素直に受け取ってくれた。

 そのまま一口啜ると、ほっとため息をついた。


 静かになったところで、改めて声をかける。


「ところでお茶請けにリクエストとかありますか?」

「うん? 特にないな。春日饅頭でなければなんでもいいよ」


 目の前の菓子盆に乗っている最後のクッキーに手を伸ばしながら先輩が答える。


 そのまま口に入れると思ってたのに、彼女はそれを手で二つに割った。

 その半分になったカケラの一つを、わざわざ僕に手渡してくれる。


「先輩って食べ物をシェアするの好きですよね?」


 イブの日の春日饅頭もそうだった。

 とくに《最後の一個》は必ず僕と分けようとする。


「君とはそういう仲でいたいんだ」


 ごく当たり前の顔をして彼女は答える。

 まあ、僕だって食べ物を巡って、先輩と争うような真似はしたくないけど。


「そういえば、あのケーキどうした?」


 唐突に先輩が昨年の話を切り出して来た。


「えーと、クリスマスのケーキですよね。ちゃんと全部食べましたよ」


 捨ててないことを確認したかったと思ったのに。

 彼女は全く別の事を気にしていた。


「それで君はどっちのフォークを使ったんだ?」

「は? フォークですか?」


「片方が当たりだと言っただろ? どっちを使った?」


 そんな事を聞かれてもなぁ。


「あれ、いちおう確認しましたけど、見分けつきませんよ」

「ふむ、絢香さんの味はしなかったか?」


 大真面目な顔で聞いてくるのだが、そんなの分かるわけがない。


「どこでそんな味を覚えてくるんですか? ちゃんと洗ってから使いました!」

「ほほう、私の使いかけは汚くて使いたくなかったと?」


「先輩のだけだったら、そのまま使いましたよ」

「なるほど。私の使ったものなら雑に扱ってもいいと思っているのか。絢香さんはかわいいから大切にしたいと」

「そうじゃなくてね」


 なんだか今日はやけに絡むなぁ。

 この手の話がしつこいのはいつものことなんだけどさ。


「今回、報酬は弾むと言ったよな」

「ええ、言いました。楽しみです」


 わざと満面の笑顔を作って返事をしてみたのだが、


「残念だよ。君が絢香さんのフォークを使っていたなら、それが報酬というつもりだったのに」

「いや、待って下さい! そういう友人を売るようなマネはやめましょうよ。絢香さんに失礼ですから!」


 あの人はクリスマスイブの時にも個人情報を売られまくってた。

 先輩までそんな事をしたら、人間不振になりそうだ。


 幸いにして先輩は素直に納得してくれた。


「ふむ。もっともな意見だ」

「もう少し、僕が貰って嬉しいものにして下さい」


 考えるのが面倒くさいのは分かるけど、ご褒美ならそれくらいはして欲しい。

 なのに先輩は憮然とした顔で言う。


「しかしな、今回の件は絢香さんが全部解決したから、本来なら報酬は無しだぞ」

「えーと、僕、絢香さんに電話しましたよ」


 他には何もしてないけど。

 僕の《仕事したアピール》を聞いて、先輩は眉をひそめた。


「ちょっと聞きたいのだが、君はいつ絢香さんのアドレスを知ったんだ?」

「だってお正月に電話掛かってきましたから」


 そう返したら、なんとなく納得できない表情のまま黙り込む。

 まあ、その気持ちは分からなくもない。


 僕は絢香さんに連絡先を教えた記憶がない。

 てっきり先輩が教えたのかと思っていたのに違ったのだろうか?


「……私のパンツなら見せてもいいぞ?」

「さらっと、とんでもないこと言わないで下さいよ!」


 思わず突っ込んでから後悔する。

 しまった。素直に『見せて』って言うべきところだった。


「では絢香さんからブラジャーを貰ってくるから少し待っててくれ」

「待って先輩! どこ行くつもりなんですか?」


 僕の制止も待たず勢いよく立ち上がった彼女は、その勢いのままに畳で足を滑らせる。


「うわぁっ!」


 大きな悲鳴とともに盛大に後ろへひっくり返る。

 キレイにコケたので、怪我がなさそうなのは何よりだ。


 黙ったままタオルで畳の上にこぼれたお茶を吹いている僕を、倒れたままの先輩がじっと見ている。


「……なあ、ポチ。なんか今日の畳はやけに滑らないか?」

「さっき掃除したから、そのせいかも」


 絢香さんもコケてしたな。

 僕も絢香さんを支えようとして失敗したし。

 ワックス成分の入った畳クリーナーを使ったのがよくなかったのだろうか。


 先輩は静かに起き上がるとスカートの裾を軽く整え、何事もなかったように座布団の上へ座り直す。


 僕の湯呑みに手を伸ばして、入ってるお茶を一口啜る。

 ジロッと上目遣いに僕を見て一言。


「……みたな?」

「見えてません」


 笑顔で首を横に振る。

 こう言う時は余計な事を言わない方がいい。


 うっかり『今日は下にジャージ穿いてないんですね』とか言おうものなら、絶対にややこしくなる。


 それでも先輩は何か言いかけたが、けっきょく追求するのを諦めたようだ。

 両手で抱えてる湯呑みに口を付け、疲れた感じのため息を漏らす。


「では、今回の報酬はこれで終わりだな」


 ええっ! 僕は『見てない』って言ったのに!


 がっかりしている僕を見て少し機嫌を取り戻したのか。

 先輩はコケる前の話題を蒸し返してきた。


「しかし、君だって絢香さんのブラジャーは欲しいだろ? いや、君が要求してたのは中身だったか?」

「あの人のブラジャーなんか貰ってどうしろと? 茶碗にだってならないのに」


 実際、貰っても使い道がない。

 先輩のサイズだったら丼になりそうなんだけど。


 しませんけどね。


「絢香さんは君が思ってるより胸あるぞ」


 そんな事、大真面目な顔で言われてもな。

 さっき腕に抱きつかれた時に気がついたし。


「体育の着替えで更衣室が一緒になる時があるのだが、あれでけっこう着痩せしてるんだよ。いつもシンプルで可愛らしい下着をつけているのだが、あの人は肌が綺麗だから——」

「すいません。想像しちゃうんで、あんまり詳しく言わないで下さい」


 放っておいたら、いつまでも語りそうなので慌てて止めた。


 知ってる人のそう言う話って、生々しくて困るよね。

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