10-7 大掃除は大切
「呼び出したのはお賽銭箱の件でしょ?」
お茶を啜りながら絢香さんが事も無げに言う。
「……祠の事、ご存知で?」
意外に思って聞いたら、彼女は半笑いで肩をすくめる。
「だって一緒に作ったんだもん。知らないわけないよ」
「あれ? 僕、先輩が一人で作ったって聞きましたけど」
思わず先輩の顔を見ると、バツの悪そうな顔で笑っていた。
「いや、まあ、……少し手伝ってもらったかな」
「あれ、少しか? 半分以上あたしが作ってた気がするぞ」
先輩の言い訳じみた言葉に、すぐ絢香さんが異議を唱えた、
「そうなんですか?」
「もらった廃材を運びきれなくて途方に暮れてたんだよ。仕方ないから一緒に運んだら、工具なんか使った事ないって言うんだよ。危なかしくて見てらんないんで、寒い中二人で工作してた。あたし記憶間違ってるかなぁ?」
ポケットのクッキーを先輩に手渡しながら、絢香さんは笑顔を見せた。
先輩は座布団の上で縮こまりながら受け取っている。
「いえ、その通りです。ポチに見栄を張りました。私だって一人でできると言いたかったんです」
「あんなので手柄を独り占めしてるなんて攻めるつもりも無いけどさぁ」
絢香さんは苦笑して僕に湯呑みを手渡してくる。
「あの祠はね、美化委員会に発見されたのよ。年末大掃除の時に」
「ちょっと待ってください。私たちがあれを置いたのは27日の夕方ですよ? その時点で校舎裏の大掃除なんて誰もしていませんでした」
先輩の言うことはもっともだ。
うちの学校は12月28日からは1月の3日までは登校禁止期間になってる。
校門も完全に閉ざされるから、敷地内に立ち入り自体が困難なのに。
「あいつらに常識なんか通用しないよ」
投げやりな感じで絢香さんが言う。
「なんかね、『美しい校内で新年の美少年を迎えよう』てな話で大晦日に校内へ侵入してたんだよ。で、警備のおっさんに追いかけ回されて、祠のある植え込みの中に隠れたんだ」
そこまで言ってから、大きくため息をついた。
「そしたら『捕まらなかったのは、この祠に美少年の加護があるからだ』とか言いだしてさ。一緒にいた写真部の連中がネットに載せて広めてくれたのが、ことの真相」
さすがに絢香さんも《縦ロール・中村とその仲間たち》は苦手なのか、うんざりした顔で説明してくれる。
「お賽銭がやけに多いと思ったら美少年教団のせいでしたか」
納得して口に出すと、絢香さんはすごく嫌そうな顔をする。
「え? そんなにお賽銭集まってるの? あたしが朝いちで確認した時はそんなでも無かったけど」
目の前にあった賽銭箱に手を伸ばした。
「うわっ、重いな、これ」
「困ってるんです。どうしたものか判断に迷ってて」
先輩が腕組みをして言うと、絢香さんはチラッと僕の方を見る。
「ねえ、お茶」
何かと思ったらお代わりの要求だった。
「あのね、あの祠、放置できないから。今のうちに所属をハッキリさせとこう」
「そんな必要あるんですか?」
すでに淹れていたお茶を手渡して、絢香さんに聞いて見る。
彼女は湯呑みを受け取ってから、真顔で肩をすくめた。
「下手したら、あれ、美少年神社になっちゃうよ」
ああ、なるほど。
校内に怪しげな教団の本拠地ができかねないのか。
「そんなわけでね。あれ、執行部が別の目的で作ったのをハッキリ書類に残したいの。時節柄もあるし、無宗教の合格祈願の祠てことにしといた」
あっさり『しといた』と過去形で言い切る。
もう全部根回しは終わっているらしい。
「あんたに相談してたら後手に回りそうだったから、勝手にやったけど文句ある?」
「いえ、ありません。それで行きましょう」
絢香さんの提案に、先輩は頷いた。
「しかし、このお賽銭はどうします?」
「もうね、年明けすぐにこんな面倒事、勘弁して欲しかったよ」
ぼやくように言って、絢香さんはバッグからもう一枚、紙を取り出した。
「これ、確認して署名ね」
そう言って僕の方に書類を差し出す。
「何ですか、これ?」
受け取ってみれば明らかに執行部の書類なので、僕にはあまり関係なさそうだった。
先輩が膝立ちで僕の右横に移動してきて手元を覗き込む。
「……ああ、こうなりますか」
僕の肩越しに書類を見て、先輩が感心したような声を出す。
……僕の肩に胸乗っけるの止めて欲しいんだけどな。
なんとなく僕も目を通したら、集まったお賽銭は全額、福祉団体に寄付するという書類だった。
絢香さんも回って来て、先輩と反対側の肩越しから書類を指さす。
「これ、茶道部の活動実績にもなってるし、ボランティアの実績にもなるから、あんたたちの受験も有利になるよ」
「……いや、それはズルいのでは?」
さすがに先輩が渋面を作るが、絢香さんはケラケラと笑い飛ばす。
「こうでもしないと、お賽銭があいつらの資金源になるからねっ」
一度大きくため息をついた先輩が僕の右腕をとって立ち上がった。
「ポチ、あれ、今日のうちに解体しよう。いつまでも残しておいたら面倒になる」
「あ、そうですね。日が暮れる前に——」
立ち上がろうとした僕の左腕を、絢香さんが座ったまま抱きかかえるようにして制止する。
「ねえ待って。それやっちゃダメ」
「しかし、作った私が言うのもですが、あんな犬小屋みたいなの、いつまでも置いとくのはどうかと。正直に言って、かなり恥ずかしい出来栄えですし」
うん、やっぱり犬小屋だよな、あれ。
絢香さんは『半分はあたしが作ったんだけどね』とボヤきながら無理やり僕を座らせる。
「いま撤去したら、あいつら、絶対に新しい祠を置くから。トラブル予防の見地からも、撤去せずに縄張りを主張するべきなの」
その後で一口、お茶をすすって絢香さんは付け加える。
「まあ、いっそ犬でも住みついてくれたら、その方がいいくらいなんだけど。そしたら名実ともに犬小屋になるから」
僕の腕を抱えたまま、ちらっとこっちの方を見た。
「ポチくん、あそこ、住んでみる?」