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10-5 今日はパンツに自信がない

 幸いなことに絢香さんはまだ校内に残っていた。

 僕らの呼び出しで、すぐに和室に来てくれた。


 奥の部屋にヒョコッと顔を出して首を傾げる。


「あれ? あいつ、いないの?」

「呼び出してすいません。先輩はトイレ行きました。すぐ戻りますから」


 さっき知ったのだが《冷える》はトイレの隠語らしい。

 知らないことって、いっぱいあるよな。


「あ、そうなんだ。じゃ、待たせてよ」


 そのまま室内に入ってきて、先輩の座布団に膝を崩して座る。


「で、何の用?」


 まっすぐに僕の目を見て言う。


 ……なんか近い。


 座布団はいつもの位置なのだが、何だか妙に近く感じる。

 いつものことすぎて気がつかなかったが、この距離、近くないか?


 先輩だと気にならなかったのだが、他の人だと照れくさいと言うか、……なんか怖い。


「ねえ、なんかコレ、近くない?」


 絢香さんも気になったのか、怪訝な顔で僕を見る。


 よくよく考えてみると、先輩も春の頃はもう少し離れてた気もする。

 いつの間に、こんな距離になってたんだろう?


「ですよねぇ。これじゃ落ち着きませんよね」


 少し距離を取ろうとわずかに後ずさると、彼女もにじり寄るように同じだけ距離を詰めて来た。


「ま、これが君たちの距離ならそれに倣うよ。で、用もないのに呼び出したわけじゃないんでしょ?」


 ずり下がる僕の顔を、下から覗き込むようにしてくる。

 ただでさえ近いので、体を寄せて来るのは勘弁して欲しい。


「……絢香さん、スカート、中身見えそう」


 膝を崩した姿勢でにじり寄って来たものだから、スカートの裾が上がってた。

 指摘すると慌てた感じで裾を直し、少し距離を置いて正座になった。


「あはは、これは失礼」

「まあ、見えてはいなかったので」


 照れた笑顔で絢香さんが頭を下げる。

 ……なんか気まずい。


 先輩、早く戻ってこないかな。

 とりあえずお茶でも淹れて時間を稼ごう。


「お正月、断ってすいませんでした」


 手元の電気ポットに手を伸ばしながら話題を変える。

 そのことには気がついたようだが、屈託無く話に乗って来た。


「ああ、いいよ。ヒマしてたから遊んで欲しかっただけだもん。忙しかったんでしょ?」


 突然連絡したこっちも悪いよ、と笑っている。 


「もう進路決まってるのなんて推薦組だけでさ。あたしの周りはみんなこれから受験なんだよ。お正月とは言え、遊びに誘うのは気が引けちゃって」


 驚く事に、誘いに裏はなかったらしい。

 まさか遊び相手に指名されてたとは思いもしなかったぞ。


 申し訳なくて、めんどくさかっただけとは、とても言えないな。


「先輩はヒマしてたみたいですけど」


 トイレの方角を指差して言ったら、肩をすくめて苦笑する。


「執行部の連中は、あたしがいたら気兼ねしちゃうじゃん? 仲間に入れてなんて言えないよ。――ん、ありがと」


 差し出したお茶を笑顔で受け取る。

 そのまま一口すすったら笑顔が消えた。 


「ねえ、呼び出しといて出涸らしはあんまりじゃない?」


 すごく不満そうな声を出す。


 実際、三煎目なのだが、手元を見てなかったからバレると思わなかった。

 思ったより味にうるさい人だ。


「うち、四煎目まではありなので」

「四煎目なんて味どころか色もないでしょ? ただのお湯みたいなものじゃん?」


 まあ、そうなんだけどさ。

 めんどくさい指摘を受けて、改めてお茶を淹れ直す。


 待っている間が手持ち無沙汰なのか、絢香さんが妙にモジモジと足を動かしていた。

 僕の視線に気がついて、バツの悪そうな顔になる。


「あたし、正座苦手なのよ」

「別に正座じゃなくてもいいんですけど」


 かしこまる必要はないと言ったつもりなのだが、絢香さんは笑顔で首を横に振る。

 

「今日のパンツは自信がないから」


 いったい、どんな姿勢になるつもりなんだよ。

 よくわからんが、さすがにパンツ丸出しは勘弁して欲しい。


「……自信があるパンツってどんなです?」


 うっかり聞いてしまったら、すぐに彼女は嬉しそうな顔になった。


「え? あたしのパンツ見たいの? やだなぁ、今日はダメって言ってるじゃん」

「いえ、見せなくて結構ですから近寄らないで、口頭で説明してください」

「そんな難しいこと要求されても困るよ。知りたかったら見た方が早いよ」

「だからスカートめくろうとしないで!」


 今日はダメって言ってるクセに、何で見せようとするんだ。

 慌てて止めたら、楽しそうに笑ってやがる。


「えーと、ダメなパンツは分かるから見せてくれなくて結構です。穴が空いてたりしたら、お互い気まずいですし」

「そんなセクシーパンツ、持ってないよ!」


 笑いながら絢香さんが突っ込む。

 いや、そっち方面じゃなかったんだけどな。


 淹れ直したお茶を手渡すと、絢香さんは嬉しそうに受け取って軽く僕に頭を下げた。


「お茶請け、今日は何もないんですよ。年末で食べきってまして」

「ん。それなら、あたし持ってるからさ」


 絢香さんが座布団の上に立ち上がってスカートのポケットに手を入れる。

 少し足がしびれていたのか、そのままバランスを崩してコケそうになった。


「うわっ」


 ポケットに手を入れたまま顔から落ちそうだったから、とっさに膝立ちで手を伸ばす。

 彼女の肩を両手で支えて起こそうとした途端、僕の膝も畳で滑った。


「おわっ!」


 こうなったら、もうコケるのは仕方ない。


 せめて僕らの間にある《熱湯の入った湯呑み》を避けようと、力任せに彼女の体を引き寄せた。

 結果としては絢香さんに抱きつくような姿勢になって、背中から畳の上へ倒れ込んだ。

 

「……ごめん。迂闊だったよ」


 僕の体に覆いかぶさるようになった絢香さんがクスクスと笑う。

 あまり反省してない感じだ。


「いいですよ。お茶も無事でしたから」

「まず、あたしの心配して欲しいなぁ」


 僕の耳元で絢香さんが不満そうな声を出す。

 苦笑交じりの吐息を間近に感じる。


「とりあえず起きてくださいよ。こんなとこ人に見られたら色々誤解を受けますから」


 絵面的には、絢香さんが僕を押し倒してるみたいな格好だ。

 すごく顔が近くにあって、なんか怖い。

 僕が動いてややこしくなっても困るから、早いトコどいて欲しいんだけどな。


 なのに絢香さんは離れてくれない。

 僕の上に乗ったままほんの少し体を起こして、じっと僕の顔を見つめている。


 どっか怪我して動けないのかと思ったら、


「……君、彼女とか作らないの?」


 唐突に変なことを聞いて来た。


「えーと、そもそも女性と知り合う機会がありませんので」


 適当な言い訳をしてみたら、呆れたようにため息をつく。


「出会いがないってのは《クリスマス撲滅委員会》の連中みたいのを指すのよ。なにしろ、こないだの取り調べで高校入学してから初めて女子と喋ったって奴がいたくらいなんだから」


 ……あの人たち、三年生だったよな。彼女欲しくて、それはすごいな。

 三年間、何してたんだろう?


「あいつとも付き合ってないんでしょ? 何で?」


 傍目からは抱き合っているようにも見える姿勢のまま、絢香さんは真面目な顔で聞いてくる。


「えーと、絢香さん?」

「ま、いいんだけどね」


 意図が分からず困惑してたら、ようやく体を起こして座り直す。


「あんまりモタモタしてると、人に取られちゃうからね。そこ分かってんのかなぁ」

「……覚えておきます」


 僕も体を起こしながら言うと、彼女はへラッと笑って肩をすくめた。

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