10-2 大切なトコ
先輩は颯爽とした姿で廊下を歩く。
どこに行くのか分かってない僕は、ひたすらに後をついていく。
学校の近くに初詣するような神社なんてあったっけ?
ちょっと思いつかないのだが、彼女は何の迷いもない足取りで歩いて行く。
まだ午前中なので構内に残っている生徒も多かった。
すれ違いざまに軽く先輩に挨拶して行くものも多い。
先輩って人気あるんだよな。
こういう時に実感する
一緒に歩いているだけで僕も声をかけられたりするから、何だか反応に困る。
たぶん、犬の散歩してる知り合いに会ったら、連れてる犬にも声をかけるようなものなんだろうけど。
生徒会長をしているから目立つのだろうけど、それでも全校生徒が彼女を知っているのはすごいよな。
感心して歩いてたら、目の前の先輩が急に足を止めた。
何かあったのかと思ったら、すぐに僕を振り返って問う。
「なあ、ポチ。今の一年、どう思う?」
「え? 何の話です?」
何か不審なところでもあったのだろうか?
先輩の後ろ姿しか見てなかったから、すれ違う人なんかロクに見てなかったぞ。
慌てて振り返るとショートカットの小柄な女子の背中が見えた。
肩を揺らすように歩いているが、真後ろなので顔は見えない。
「彼女が何か?」
命令が出れば、すぐ走り出せるように身構えながら聞き返す。
先輩は腰に手を当て、深く頷いた。
「君も見たよな、あの胸。すごく大きかったぞ」
「……はい?」
予想外の言葉に素っ頓狂な声が出た。
だが先輩はそんなことには構わず話を続ける。
「サイズもそうだが、あの歩き方だ。ただ歩いてるだけなのに、とんでもないことになってたぞ」
そんなこと、僕に聞かれてもな。
全く見てなかったから、返答のしようがない。
「ポチは、ああいうのも好きか?」
「はい?」
「クリスマスイブの日に、君が『大きい胸が好き』と言っただろ? だから、ああいう女性はどうかと聞いたんだ?」
……やっぱり全然伝わってなかった。
そんなこと一言だって言ってないんだが。
先輩の胸が好き、とは言ったが大きさは関係ないのに。
どうして、みんな僕を巨乳マニアにしようとするんだ。
「えーと、ですね。僕、必ずしも大きさにこだわりはないのですが」
「そうなのか? しかし、君はみゆきや絢香さんの胸にあまり興味がないように見えるぞ」
「いちいち興味津々だったら問題ですよ」
ため息を吐いて言うが、実は心当たりがないわけでもない。
先輩の胸が大きいから、大きい胸の女性を目で追う時がある。
力説するが、先輩の胸が大きい→胸が大きい女性が気になる、である。
断じて、大きい胸が好き→先輩が好き、ではない。
ここ、大切なトコなので、すごく理解してもらいたいんだけどな。
今の会話で納得したのか、先輩は僕に背を向けて再び歩きだす。
「しかし今のはすごかったぞ。もしかしたら下着を付けてなかったのかもしれんな」
「え? ノーブラって一般的なんですか?」
「それくらい揺れてたってことだ。あれで痛くないのかの心配になる」
大真面目な顔で先輩が言うので、なんだか見損なったのが残念になって来た。
今度すれ違うことがあったら、しっかり見よう。
玄関で靴を履いて外に出る。
そのまま校門へ向かうのかと思ったら、校舎裏の方へと歩いて行く。
「初詣、なんですよね?」
いちおう確認すると、先輩は振り返りもしないで頷いた。
「最初からそう言っているだろ。二人で初詣だ。今年最初のお出かけだよ」
表情は分からないが、ちょっと楽しそうな声だった。
言われてみれば確かにそうだ。
学校とかコンビニ以外は行ってないもんな。
「そういえば、先輩って振袖とか着ないんですか?」
「ん? 私は振袖があまり似合いそうもなくてな。わざわざ着ようとは思わんよ」
胸元を抑えながら、少し僕を振り返る。
「ああ、和服の体型じゃないってことですか」
「それに加えて、私の家はそこまで裕福でもないんだ。振袖をねだるなんて、とてもな」
肩をすくめて先輩は言う。
「あとな。今日、校内で振袖なんて着てたら、ただの変人だぞ。さて、着いたぞ、ポチ」
先輩に連れられてたどり着いたのは、まさしく校舎裏だった。
少し薄暗くて人気のないその場所には、すごく小さな祠があった。




