10-1 お正月は何してた?
年が明けて、新学期が始まった。
ホームルームが終わると、いそいそと僕は和室に向かう。
何しろ年末、正月と全く先輩に会えなかったんだ。
二週間ぶりの先輩である。
楽しみにするなと言うのは無理がある。
玄関を開ければもちろんまだ先輩は来ていない。
まあ彼女は執行部の仕事もあるからね。
友達がいない暇人の僕とは違うんだ。
せっかくだから、いまのうちに和室の掃除をしておく。
何しろ年末はケーキ食べ終わった時点で力尽きてた。
さすがに食べ散らかしたままではないんだけど。
先輩が来る前にキレイにしとこう。
やっぱキレイな部屋で先輩を迎えたいからね。
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掃除が終わり、ゴミを捨てて戻ったら先輩が来ていた。
いつものように和室の真ん中辺で座布団に座り、入って来た僕を見て柔らかく微笑む。
僕もいつものように頭を下げて、先輩の前に座る。
いつも通りで僕らの新年は始まった。
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とはいえ、さすがに新年だ。
座布団の上に座る先輩の姿は、いつもよりきりっとして見えた。
カチューシャを付けてくれてるのが、とても嬉しい。
装飾品だし、気に入らないこともあるだろうと思っていたが。
わざわざ僕の前で使ってくれてるのは気遣いなのだろうか?
先輩は無言で静かにお茶を飲んでいる。
冬休みの間に少しリフレッシュできたのか、今日は機嫌が良さそうだ。
まだ少し寒い校舎の空気。
凛とした雰囲気の中で二人きり。
いいなぁ、こういう時間。
今日は執行部経由の揉め事もないし、ゆっくりできそうだ。
僕も黙ってお茶を飲みながら、しみじみと先輩の姿を眺める。
今年も先輩は美人だし、かわいい。
でも、いつも通りなんだよなぁ。
願うなら、今年はもう少し距離を縮めたい。
クリスマスイブの日に、どさくさで『好きです』と言ったけど、やっぱり伝わってないみたいだし。
まあ伝えたってどうなるものでもないか。
しょせん僕は犬だしな。
「正月は何してた?」
ふと気がついたように先輩が口を開く。
いつのまにか先輩が顔を上げて僕を見ていた。
「え? ああ、正月ですか?」
急に発せられた質問に頭がついてこない。
——先輩の振袖姿を妄想してました。
なんてことを正直に言っても仕方ない。
「えーと、やることなくて、こたつ入ってゴロゴロしてました」
実際、何もない正月だったのだ。
「ぼんやり過ごしてたら、今日になってました」
湯呑みを両手で抱えながら、先輩が苦笑している。
「なんだ、ヒマしてたなら連絡してくれてもよかったんだぞ。遊び相手くらいにはなったのに」
大変に嬉しい言葉なのだが、そう言うのは冬休みが始まる前に言って欲しかった。
先輩は付き合い多そうだからと遠慮していたのが悔やまれる。
「ああ、ポチは友達がいないんだっけな。そうだな。私が配慮すべきだった」
淡々とした口調で喋り、お茶を飲む。
あまり興味がないけど、とりあえず言ってみたって感じだ。
「先輩は何してました?」
物のついでと聞いて見たら、彼女はつまらなそうな顔で答える。
「うん? 君とあまり変わらないぞ。あまりすることがなくてゴロゴロしてたよ」
「それ、まんま一緒じゃないですか」
そうだな、と先輩が笑う。
「まあ、誘いはあったんだが、私は出不精でな。みゆきや執行部の連中に初詣に誘われたりもしたが、色々考えてるうちに面倒くさくなって断ってしまった」
「ああ、そういえば僕も絢香さんから初詣に誘われました」
僕が言うと、先輩が少し不思議そうに僕を見る。
「おや、そうなのか?」
「面倒くさいし、何か裏がありそうだから断ったんですけどね」
笑いながら言うと、彼女は呆れたように僕を見る。
「せっかくの誘いをなぜ断るかね? まして美少女として名が通っている絢香さんの誘いだぞ。多少の裏があってもホイホイ付いてくのが普通だろうに」
「嫌ですよ。先輩が誘ってくれたのなら喜んで出かけましたけど」
実際、先輩の連絡を待っていた部分はある。
忙しそうだから遠慮してたのも本当だが、昨年の最後からの流れでこっちから連絡取ると、下心丸出しっぽくてよくないと思ってた。
彼女から『君とは一緒にいられない』なんて言われたしね。
あけおめのメッセージだけは来てたから、そこまで嫌われてないとは思ってたけどさ。
「そうか。では初詣も行ってないんだな?」
先輩はそう言うと、湯呑みを置いて立ち上がった。
「私もまだなんだ。ちょうどいいから今から行こう」