先輩とみゆき 7
「ほら見てくれ、みゆき。ポチにもらったんだ!」
すっかり日の暮れた公園で。
カチューシャを頭につけた友人が、踊り出しそうなくらい浮かれてる。
「あー、はいはい。よかったね」
ベンチに座り、なげやりな声でみゆきは言うが、実際よかったと思っている。
色々と思いつめていたから、これで少し落ち着いてくれるといい。
「すごいね。ちゃんとポチくんは考えてくれてたんだ」
「ああ、校内で窃盗事件があってな。あやうく貰えないところだったよ」
本当に踊りながら友人は語る。
なんでも《イケメン男子のクリスマスプレゼント》をターゲットにした組織的窃盗事件が発生し、彼が用意したプレゼントも盗まれたらしい。
「まったく困った奴らだったよ。今日中に取り返す事を優先したから説教だけで済ましたが、本来なら厳重処分のところだ」
しれっとした顔で友人は言うが、それはもしかして《好きな男の子からのプレゼントが欲しいから手短に済ませた》という意味だろうか?
「それにしたって、ポチのプレゼントを狙うなんて何を考えてたんだか」
いまだ踊り続けながら友人は言う。
「ポチはイケメンじゃないし、女性にモテるタイプでもない。彼のプレゼントが欲しいやつなんていないだろうに」
まあカチューシャなど、転売しても大した値が付くものではない。
そういう意味では欲しがる人はいないのだろうが。
「……あのね、ポチくんてたぶんモテるよ?」
ちょっと迷ったけれど、この際だから言っておくことにした。
たしかに顔がいいとは言わないが、彼がモテないってのは大きな誤解だ。
「そうなのか? だが私は彼が女性と一緒にいたところなんて見たことがないぞ。そもそも男の友達だっていないんだ」
友人はピタッと踊りをやめて、驚いた顔でみゆきを見る。
そんなに意外なことだろうか?
彼に友人がいないのは事実でも、それにはちゃんと理由がある。
こいつが彼にベッタリだから友人を作る余裕がないのだ。
もしかして、そこを全く分かってないのか?
「あのね、彼のいいトコを知ってるのはあんただけじゃないの」
みゆきが言うと、友人は困ったような顔になる。
「しかし、みゆき。ポチのいいところなんて、そんなにないぞ。確かに気遣いはできるし、人の話をよく聞いてくれるが、それくらいしか思いつかない」
必死になって喋っているが、全く反論になってない。
「あのね、それ、すごく大事だから」
諭すように言うと、友人は何かに思いあったったように頷いた。
「ふむ。たしかにみゆきの元彼は人の話を聞かない男だったな」
「だから、あたしの黒歴史を蒸し返すなよ!」
でも実際、そうなのだ。
案外と人の話を聞かない人は多い。
友人は彼に慣れすぎてて、その希少性を理解していない節がある。
——こいつの話を真面目に聞き続けるなんて、誰にでも出来ることじゃないぞ。
思いつきと勢いまかせが多すぎるのだ。
みゆきですら相手にするのがたまに嫌になる。
「やはり、その程度でポチがモテるなんて納得がいかん。みゆきの勘違いではないのか?」
「まあね。その程度なら、探せば見つかると思うけど」
ちょっと歯切れ悪くみゆきは答える。
——こいつは本当にわかってないんだろうけれど。
肩を落としてため息をつく。
彼はみゆきの目の前にいる友人をとても大事にしている。
——それを羨ましく思わない奴がいるとでも?
正直に言えば、みゆきは羨ましいと思ってる。
友人と彼の関係を知るものなら、そう思う人はそれなりにいるはずだ。
なんなら友人に取り変わって、彼の隣に入ろうとする女がいてもおかしくない。
こいつらが未だに《付き合っていない》のは付け入る大きな隙になっている。
「あのさ、あたし、今度のバレンタインでポチくんにチョコレートあげようと思ってるんだ」
「え? そうなのか? 私もあげようと思っていたんだ。ちょうどいいから相談にのってくれないか?」
友人の危機感を煽るつもりで言った言葉は、面倒ごとを引き寄せてしまった。
「あ、あのね、あたしがポチくんに告白するとか考えないの?」
誤解を恐れずに言って見たら、彼女はキョトンとした顔でみゆきを見た。
「……みゆきはポチにその気があるのか?」
「ない! それはないけど!」
思わず大声で否定する。
彼のことは気に入ってるし、世話にもなった。
別に顔だってそんなに悪くないし、いい奴だ。
本音の部分として、ありなしで言えば《あり》だ。
でも《いまなら、もれなくこの女がついてくる》キャンペーン中である。
彼に告白とか、悪い冗談にもならない。
「あとな」
友人はクスッと笑って視線を下げる。
「先日聞いたのだが、ポチは胸が大きい方が好きらしい」
「ねえ、それ笑いながら言うことなの? ぶっとばすぞ、おい!」
腕を捲ってみゆきが言うと、笑ったまま慌てて両手を振る。
まあ、それが本当ならそう心配はいらないだろう。
こいつより胸が大きい奴なんて、校内にそうはいないハズだ。
「いや、すまん。彼はそう言っていたのだが、実際にどうなのかはよく分からないんだ。昨日、私が胸に抱いたら涙目になっていたので、本当は気持ち悪かったのかもしれんしな。うん、ポチに無理させてしまったかも」
また、こいつはとんでもない事を言い出した。
「……その話、何?」
多分ロクでもない話なのだろうが、成り行き上で聞かないわけにもいかない。
「これは絢香さん——、前の生徒会長にも話したのだが。どうもいまいち伝わらなくてな」
ちょっといいか、と友人が一歩前に出てきた。
「こういうのは説明するより実演した方がいいと思うんだ」
言うと同時にベンチに座るみゆきの頭を抱え、力一杯胸に抱きしめる。
——ちょっと待て。
知りたかったのはそうなった経緯で、どうしたかではない。
だが何か言おうにも見事に鼻と口を塞がれてしまい、何も訴えることができなかった。
1分後。
涙目になったみゆきは、喘ぐ呼吸の中で精一杯の声を出す。
「顔は横向き! 横向きにしないと死ぬから!」
いまいち分かってない顔の友人だが、みゆきには再現不可能なのが、なんとも悔しい。