9-10 プレゼントはあ・た・し!
「ああ、そうだ。これも取り返したぞ」
話がひと段落した頃、先輩はふと思い出したようにバッグの中からラッピングされた紙袋を取り出す。
「君のだろ? わざわざ生徒会室に呼び出すのも面倒なので持ってきた」
差し出されたそれは間違い無く、僕が先輩へと用意したものだ。
「うん? どうした? 受け取らんのか?」
「あの、それ、先輩にプレゼントしようと思ってたものですから」
わざわざ僕に返さなくてもと思ったのだが、彼女は僕に差し出した腕を引っ込めなかった。
「ふむ。それは昨日、聞いたよ」
当たり前のように言って、微動だにしない。
そのまま貰ってくれ、と言いかけて気がついた。
これは先輩が正しい。
「ありがとうございます。助かりました」
彼女の手から受け取ると、お礼を言って頭を下げる。
「うん、ちゃんと君の手に戻って嬉しいよ」
先輩は笑顔で言うと、素知らぬ顔でお茶をすすった。
「あの、それでですね。いつもお世話になっているお礼として、これを受け取っていただけないでしょうか?」
改めて先輩に紙袋を差し出した。
僕からのプレゼントなんだから、ちゃんと僕が渡さないと。
茶番じみてる気もするけどさ。
僕の気持ちとして渡すんだから、雑にしちゃダメだよな。
「ありがとう、ポチ。こんな私に気を使ってくれて嬉しいよ」
先輩はそっと腕を伸ばして、僕の手からブレゼントを受け取ってくれた。
受け取るときに彼女の手がほんの少し僕に触れたのが、何だか妙に照れ臭い。
「せっかくの厚意にすまないが、私は何の用意もないんだ。今月は出費も多くてあまり余裕がないこともあってな。その代わりと言っては何だが、……あの、うん、その、つまりだな」
柔らかい笑顔で語り出したと思ったら、たちまちのうちに真っ赤になった。
頭のリボンに手を触れて、ちらっと僕の顔を見る。
何かと思って目を合わせると、すぐに視線を外してまたリボンに手を触れた。
そんな事を何度かくり返いたあとで。
やがて意を決したように僕の顔を睨んで何か言おうと口を開く。
「…………ぷ」
そこまで言って、大きくため息をついた。
落ち着いた所作で畳の上にある湯呑みを手に取り、一口すすって、またため息をついた。
——だから、どうしてこの人は途中で話をやめるのだろう?
まあ、僕に語るほどの話じゃないってことなのだろうけど。
しばらく黙り込んでいた先輩は、やがておもむろにブレゼントの紙袋を掲げた。
「これ、いま開けていいか?」
「どうぞ。大したものじゃないですよ」
まあ、言わんでもラッピングの仕方で分かるだろうけど。
中に爆弾でも入っているかのように先輩は恐々と袋をあけて、中身を取り出す。
「これは、カチューシャか?」
「よく髪をかきあげてますし、顔にかかるのが気になるのかなと思ったので」
ちょっと幅広のカチューシャで、普段使いの代物だ。
実用品がいいと言ってたし、値段的にも大したことがない。
「ああ、ありがとう。使ってみるよ」
「そう言っていただけると嬉しいですけど」
少し歯切れの悪い言い方をしたら、彼女が不思議そうな顔をする。
「うん? 何かあるのか?」
「あ、いえ。先輩はいま、ちょうどカチューシャみたいな感じにリボンつけてますし、そういうことなら用途被りになっちゃったなと思ったものですから」
「気にしなくていい。これはクリスマス仕様ってヤツだよ」
やや失笑気味に言われてしまった。
さすがに言い訳じみてたかな。
女性にブレゼントなんかした事ないから不安なんだよな。
しかし、そうか。
クリスマス仕様だったか。
先輩は生徒会長だから、目立つし人前に出ることも多いもんな。
季節感の演出とか考えてたんだ。
「昨日も言いましたけど、リボン、似合ってます。かわいいです。そうして座っていると、何だか先輩がクリスマスプレゼントみたいです」
「え? ああっ? うっ……」
うっかり軽口を叩いたら、途端に彼女の表情が曇った。
今のは失言だったかも。
女性を物扱いするような発言だったもんな。
怒っているのか、先輩は両手の拳を握りしめて俯いている。
ちょっと震えているのは、そんなに悔しかったりしたのだろうか。
「くっ、……あ、絢香さん、……んっ」
……絢香さんて何?
苦悶の喘ぎの中で唐突に出てきた名前に疑問を持ったが、それを確認する間も無く先輩は雄叫びをあげて勢いよく立ち上がった。
「ポチ! 君はなんて事を言い出すんだ! 私がクリスマスプレゼントだと? なんて下品な発想だ! 君はもしかして私に『プレゼントはあ・た・し』とか言わせようとでもする魂胆があるのか? それで私をどうするつもりだ? リボンを解くフリをして、私の何もかもを開封してしまうつもりなのか? き、君のようなものとはとても一緒にいられない!」
言い終わるや僕に背を向けて、和室を出て行った。
出て行ったと思ったら、すぐに戻ってきて僕に向かって頭を下げた。
「よいお年を! また来年!」
叫ぶように言って、今度こそ本当に出て行った。
……失言は反省するけどさ。
このケーキ、どうしろって言うんだよ。
まあ食べるしかないんだけど。
先輩が持ってきたものたから捨てるなんてありえない。
とりあえず食べかけケーキに刺さってるフォークを二本とも抜く。
——えーと、どっちかが当たりなんだっけ。
言うまでもなく、僕にとっては先輩が使った方が当たりだ。
先輩が使ったのはどっちなんだろう?
真剣にフォークを比べてみるが、変わったところは見つけられなかった。
いや、見つけてもそれがどっちなのか分かんないけど。
冷静に考えれば、本人がいないところでそういう事をするのは卑怯極まりない感じがする。
下心で先輩を汚してるような気分だ。
ここは絢香さんの方を選ぶべきか。
僕は絢香さんに思うところはないので、その方がいいのか?
いやしかし、それでわざわざ絢香さんの使うは何かおかしい。
絢香さんなら汚していいってわけでもないしな。
やはり先輩が使った方を選ばないと。
それが彼女への誠意というものだろう。
ごく普通の金属フォークだし、見分けるのは困難を極めた。
匂いで分かるとかないしなぁ。
ここはいっそ、両方とも使うべきなんだろうか。
うん。それはとても素晴らしいアイデアに思える。
これなら必ず当たりを引ける。
それに二つをいっぺんに使うと、色々と相殺されていい感じに下心が中和される感覚がある。
大切な人を汚したり、誠意や親愛を踏みにじる苦悩から解放された気分だ。
うん、まあ、けっきょく洗ってから使ったんですけどね。
誰もいない部屋の中で、一人ぼっちで食べる巨大なケーキはおいしいとかマズイとかより、ただひたすらに寂しかった。
こんなことでも考えてなきゃ、さすがに辛くなる量だった。




