表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
茶道部の出来ごころ 〜茶道部の犬に、先輩のオッパイは揉めない〜  作者: 工藤操
第9章 クリスマスプレゼントを君に
101/154

9-9 結局、どんな話だったの?

 今日も先輩は赤いリボンをつけて、巨大なケーキとともに現れた。


「ポチ、待たせたな!」


 言うと同時に僕らの間に叩きつけるようにケーキを置いた。


「……なんですか、これ?」


 大きさにも引くが、半分くらい食べかけなのもドン引きだ。


「ふん、ポチ。見て分からんのか?」


 立ったままの姿勢で先輩はせせら笑って僕を見下ろす。

 なんか今日はテンション高いぞ。


「君は知らんかもしれんがな。今日はクリスマスだ」

「ええ、クリスマスですね」


 そこは素直に同意できるのだが。

 だからと言って、巨大な食べかけケーキを持ってくる理由にはならんだろ。


 いったい、これで何をするつもりなんだ?


「先輩、まさかとは思いますが……」

「うん。執行部の余り物だ」


 その豊かな胸を張った堂々とした態度で彼女は言い切った。


「いくら余ったからって、ここに持ってきちゃダメでしょ! これ、僕ら二人じゃ食べ切れませんよ。どうするんですか?」


 こんな日持ちのしない物を年末最後の日に持ち込まれても。

 そんな僕の杞憂を、先輩は快活に笑いとばす。


「ははは、それは勘違いという奴だ。私は絢香さんと二人で、ここまで食べてから持ってきたんだ」


 そのあとで衝撃的な言葉を口にした。


「いまここにあるのは君の分だ」

「ちょっと待ってくださいよ。これ、全部僕が食べるんですか?」


 驚いて聞くと先輩は楽しそうな笑顔になった。


「安心しろ、ちゃんとフォークは持ってきてる」

「そりゃ見て分かりますけどね。ケーキに刺さってますから」


 ケーキの上には明らかに使い掛けのフォークが2本刺さっていた。

 食べかけをそのまま、勢いまかせに持ってきたのがよく分かる。


「片方は絢香さんの使いかけだ。そっちが当たりだぞ」


 意味不明な事を言って先輩がまた笑う。


「簡単に事情を話せばな」


 座布団の上に腰を下ろして先輩が語る。


「絢香さんが執行部のみんなに用意したのだが、披露する前に全員が帰ってしまったんだよ。それで仕方なく絢香さんと二人で食べていたのだが、どうにもこれ以上入らなくなってな。最終的には絢香さんが『もう無理』と叫んで逃げ出してしまったんだよ」


 楽しげに肩を揺らして先輩は口元を抑える。


「ああ、それでやけに遅かったんですか」

「うん、他にも話があったりはしたが、おおむねはそんな所だよ」


 なにか誤魔化すような口調だった。

 まあ、なにしろ執行部で先輩と絢香さんだ。部外者に話せない内容なのだろう。


 何となく納得していたら先輩が僕に湯呑みを手渡す。


「まあ、とりあえず茶でもくれ」


 実際、僕だってお茶が欲しい。

 こんなのお茶でも無いと食べられない。


 急須にお湯を注ぎながら、すこし気になっていた事を聞いてみる。


「昨日は僕、中途半端に参加したからよく分かってないんですけど、あれってどんな話だったんです?」

「ああ、クリスマス撲滅委員会の話か」


 先輩は少し首を傾げ、考えながら、という感じに言う。


「まあ、要するに、あいつらは彼女が欲しかったんだよ」

「え? そうなんですか? ちょっと言ってる意味が分かんないんですけど」


 何で彼女が欲しいと、他人のプレゼントを盗むんだ。

 それを意中の女性にあげるならまだ分かるが、フリマサイトで売ってたし。


「昨年の残党って話は聞いたろ? で、絢香さんが『他人を不幸にしても自分が幸せにならないと気づいた』と言ってたのは覚えてるか?」

「ああ、そんなこと言ってましたね」


 そこで捕物の現場に着いたから、続きが聞きたかったんだ。


「彼らの言い分をまとめると『女の子と仲良くなるキッカケが欲しかった』という話だ。それでモテそうな男子生徒のプレゼントを盗んで、自作のフリマサイトで売ってたんだ」


 先輩にお茶を手渡しながら、今度は僕が首を傾げる。


「……いや、まったく理屈が理解できませんけど」

「彼らのサイトをちゃんと見れば分かるのだが、現金では購入できない仕組みなんだ。女生徒の個人情報や連絡先で購入するんだ」


 少し考えてから、先輩に確認をしてみた。


「えーと、イケメン男子がセレクトしたプレゼントを餌にして、個人情報を売れと?」

「うん、それで合ってる」


 先輩は満足そうに頷いてお茶をすすった。


「そんなもん手に入れてどうするんですか? 女性の電話番号を知ったら、その人と仲良くなれるってものでもないですよね?」


 当然の疑問を口にしたら、先輩は湯呑みを畳の上に置く。


「これは私の想像なのだが」


 一言、前置きをした上で、胸の下で腕組みをして僕を見る。


「彼らは『キッカケが欲しい』と言ってたんだ。つまり女の子と仲良くなれる可能性を求めていたんだ。なので情報を手に入れられたら、それで目的は果たしたと言えるんだ」

「え? 実際に連絡したりしないんですか?」


 これは、ちょっと驚いた。

 そこまでやって、でもそれ以上はないのか。


 だけど、踏み込んだ時の彼らの浮かれっぷりを考えたら、それなりに説得力はあるのかも。


「《情報》が欲しい奴らだからな。頭の中のシミュレーションで仲良くなれれば、それで満足なのだろう」

「ずいぶん都合のいいシミュレーションな気がしますけどね」


 肩をすくめて僕が言うと、先輩は大真面目な顔で言葉を返す。


「妄想にリアルさは必要ないってことだよ。私だってそういう妄想はするぞ。それで思う通りにいかなくてガッカリするんだ」

「まあ、僕もそういうことはありますけど」


 もっと先輩と仲良くなりたいと思うけど、わりといつでも予想外だからなぁ。


 ていうか先輩にもそういうトコあるんだ。

 何の妄想してるんだろ?


「彼らはある意味では賢いな。シミュレーションだけで満足できれば、ガッカリせずに済むんだから」


 少し冷笑気味に先輩は言う。


「しかし、そんなので釣られる人がいたんですか?」

「絢香さんの個人情報だけで20件以上の書き込みがあったよ」


 一瞬、言われた意味が分からなかった。

 絢香さんが20回以上、申し込んだのかと思いかけたが。

 もちろん、そんなワケはなく。


「ちょっと待って、みんなして他人の個人情報を売ってたんですか?」

「当たり前だろ。あんなのに自分の個人情報なんか気持ち悪くて書けないよ」


 そりゃそうだろうけど。

 酷すぎる。


 盗むほうも悪いが、申し込む方にも悪意を感じる。


「もうね、絢香さんは電話番号から自宅の住所、身長やスリーサイズまで書かれてたよ」


 げんなりとした表情で笑いながら教えてくれた。


「なかなか興味深いのは、その全てで身長の数字が間違っていたことだな」

「ああ、実際より低く書かれていたんですか」


 何となくの印象で『このくらい』と低めに見積もられてたのかと思ったら、先輩は首を横に振った。


「逆だ。実際より大きかった。《小柄な女性》でイメージする常識的な数字だったんだ。それを見た絢香さんは『せめてこのくらい身長があったら』と嘆いていたよ。明らかに仲のいい人間の書き込みじゃないのが、せめてもの救いだな」


 ああ、なるほど。

 隣に並ぶと思ってたより小柄で、ちょっとビックリするもんな。


 実際より大きい数字で書く奴は、並んで立ったことがない証拠なのか。


「それで昨日はすべてのデーターを消去させるところまでやって、今日は1日ずっと盗品の返却作業だった。片端から連絡して、生徒会室にやってきたら一緒に中身の確認だ。かなりの量だったから執行部総出の作業だったよ」


 先輩は言ってるうちに思い出したのか、疲れた感じのため息をついた。


「もう年越しにすればよかったのでは?」

「それも考えたが、何しろクリスマスプレゼントだ。せめて今日のうちに返したいだろ?」


 面倒くさがりの先輩にしては、意外なくらい真面目な言葉が出てきた。

 こういうトコ、ホント予想しにくい。


「それに今日中に返せれば、悪意はあっても『イタズラでした』で済ませられる。バカバカしい話だし、厳しい処分にする必要は無いと思ったんだ」


 明らかな窃盗事件だと思うのだが、先輩は甘いよな。


 まあ、重い処分にすると、話が長くなって面倒くさいからなんだろうけど。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ