9-9 結局、どんな話だったの?
今日も先輩は赤いリボンをつけて、巨大なケーキとともに現れた。
「ポチ、待たせたな!」
言うと同時に僕らの間に叩きつけるようにケーキを置いた。
「……なんですか、これ?」
大きさにも引くが、半分くらい食べかけなのもドン引きだ。
「ふん、ポチ。見て分からんのか?」
立ったままの姿勢で先輩はせせら笑って僕を見下ろす。
なんか今日はテンション高いぞ。
「君は知らんかもしれんがな。今日はクリスマスだ」
「ええ、クリスマスですね」
そこは素直に同意できるのだが。
だからと言って、巨大な食べかけケーキを持ってくる理由にはならんだろ。
いったい、これで何をするつもりなんだ?
「先輩、まさかとは思いますが……」
「うん。執行部の余り物だ」
その豊かな胸を張った堂々とした態度で彼女は言い切った。
「いくら余ったからって、ここに持ってきちゃダメでしょ! これ、僕ら二人じゃ食べ切れませんよ。どうするんですか?」
こんな日持ちのしない物を年末最後の日に持ち込まれても。
そんな僕の杞憂を、先輩は快活に笑いとばす。
「ははは、それは勘違いという奴だ。私は絢香さんと二人で、ここまで食べてから持ってきたんだ」
そのあとで衝撃的な言葉を口にした。
「いまここにあるのは君の分だ」
「ちょっと待ってくださいよ。これ、全部僕が食べるんですか?」
驚いて聞くと先輩は楽しそうな笑顔になった。
「安心しろ、ちゃんとフォークは持ってきてる」
「そりゃ見て分かりますけどね。ケーキに刺さってますから」
ケーキの上には明らかに使い掛けのフォークが2本刺さっていた。
食べかけをそのまま、勢いまかせに持ってきたのがよく分かる。
「片方は絢香さんの使いかけだ。そっちが当たりだぞ」
意味不明な事を言って先輩がまた笑う。
「簡単に事情を話せばな」
座布団の上に腰を下ろして先輩が語る。
「絢香さんが執行部のみんなに用意したのだが、披露する前に全員が帰ってしまったんだよ。それで仕方なく絢香さんと二人で食べていたのだが、どうにもこれ以上入らなくなってな。最終的には絢香さんが『もう無理』と叫んで逃げ出してしまったんだよ」
楽しげに肩を揺らして先輩は口元を抑える。
「ああ、それでやけに遅かったんですか」
「うん、他にも話があったりはしたが、おおむねはそんな所だよ」
なにか誤魔化すような口調だった。
まあ、なにしろ執行部で先輩と絢香さんだ。部外者に話せない内容なのだろう。
何となく納得していたら先輩が僕に湯呑みを手渡す。
「まあ、とりあえず茶でもくれ」
実際、僕だってお茶が欲しい。
こんなのお茶でも無いと食べられない。
急須にお湯を注ぎながら、すこし気になっていた事を聞いてみる。
「昨日は僕、中途半端に参加したからよく分かってないんですけど、あれってどんな話だったんです?」
「ああ、クリスマス撲滅委員会の話か」
先輩は少し首を傾げ、考えながら、という感じに言う。
「まあ、要するに、あいつらは彼女が欲しかったんだよ」
「え? そうなんですか? ちょっと言ってる意味が分かんないんですけど」
何で彼女が欲しいと、他人のプレゼントを盗むんだ。
それを意中の女性にあげるならまだ分かるが、フリマサイトで売ってたし。
「昨年の残党って話は聞いたろ? で、絢香さんが『他人を不幸にしても自分が幸せにならないと気づいた』と言ってたのは覚えてるか?」
「ああ、そんなこと言ってましたね」
そこで捕物の現場に着いたから、続きが聞きたかったんだ。
「彼らの言い分をまとめると『女の子と仲良くなるキッカケが欲しかった』という話だ。それでモテそうな男子生徒のプレゼントを盗んで、自作のフリマサイトで売ってたんだ」
先輩にお茶を手渡しながら、今度は僕が首を傾げる。
「……いや、まったく理屈が理解できませんけど」
「彼らのサイトをちゃんと見れば分かるのだが、現金では購入できない仕組みなんだ。女生徒の個人情報や連絡先で購入するんだ」
少し考えてから、先輩に確認をしてみた。
「えーと、イケメン男子がセレクトしたプレゼントを餌にして、個人情報を売れと?」
「うん、それで合ってる」
先輩は満足そうに頷いてお茶をすすった。
「そんなもん手に入れてどうするんですか? 女性の電話番号を知ったら、その人と仲良くなれるってものでもないですよね?」
当然の疑問を口にしたら、先輩は湯呑みを畳の上に置く。
「これは私の想像なのだが」
一言、前置きをした上で、胸の下で腕組みをして僕を見る。
「彼らは『キッカケが欲しい』と言ってたんだ。つまり女の子と仲良くなれる可能性を求めていたんだ。なので情報を手に入れられたら、それで目的は果たしたと言えるんだ」
「え? 実際に連絡したりしないんですか?」
これは、ちょっと驚いた。
そこまでやって、でもそれ以上はないのか。
だけど、踏み込んだ時の彼らの浮かれっぷりを考えたら、それなりに説得力はあるのかも。
「《情報》が欲しい奴らだからな。頭の中のシミュレーションで仲良くなれれば、それで満足なのだろう」
「ずいぶん都合のいいシミュレーションな気がしますけどね」
肩をすくめて僕が言うと、先輩は大真面目な顔で言葉を返す。
「妄想にリアルさは必要ないってことだよ。私だってそういう妄想はするぞ。それで思う通りにいかなくてガッカリするんだ」
「まあ、僕もそういうことはありますけど」
もっと先輩と仲良くなりたいと思うけど、わりといつでも予想外だからなぁ。
ていうか先輩にもそういうトコあるんだ。
何の妄想してるんだろ?
「彼らはある意味では賢いな。シミュレーションだけで満足できれば、ガッカリせずに済むんだから」
少し冷笑気味に先輩は言う。
「しかし、そんなので釣られる人がいたんですか?」
「絢香さんの個人情報だけで20件以上の書き込みがあったよ」
一瞬、言われた意味が分からなかった。
絢香さんが20回以上、申し込んだのかと思いかけたが。
もちろん、そんなワケはなく。
「ちょっと待って、みんなして他人の個人情報を売ってたんですか?」
「当たり前だろ。あんなのに自分の個人情報なんか気持ち悪くて書けないよ」
そりゃそうだろうけど。
酷すぎる。
盗むほうも悪いが、申し込む方にも悪意を感じる。
「もうね、絢香さんは電話番号から自宅の住所、身長やスリーサイズまで書かれてたよ」
げんなりとした表情で笑いながら教えてくれた。
「なかなか興味深いのは、その全てで身長の数字が間違っていたことだな」
「ああ、実際より低く書かれていたんですか」
何となくの印象で『このくらい』と低めに見積もられてたのかと思ったら、先輩は首を横に振った。
「逆だ。実際より大きかった。《小柄な女性》でイメージする常識的な数字だったんだ。それを見た絢香さんは『せめてこのくらい身長があったら』と嘆いていたよ。明らかに仲のいい人間の書き込みじゃないのが、せめてもの救いだな」
ああ、なるほど。
隣に並ぶと思ってたより小柄で、ちょっとビックリするもんな。
実際より大きい数字で書く奴は、並んで立ったことがない証拠なのか。
「それで昨日はすべてのデーターを消去させるところまでやって、今日は1日ずっと盗品の返却作業だった。片端から連絡して、生徒会室にやってきたら一緒に中身の確認だ。かなりの量だったから執行部総出の作業だったよ」
先輩は言ってるうちに思い出したのか、疲れた感じのため息をついた。
「もう年越しにすればよかったのでは?」
「それも考えたが、何しろクリスマスプレゼントだ。せめて今日のうちに返したいだろ?」
面倒くさがりの先輩にしては、意外なくらい真面目な言葉が出てきた。
こういうトコ、ホント予想しにくい。
「それに今日中に返せれば、悪意はあっても『イタズラでした』で済ませられる。バカバカしい話だし、厳しい処分にする必要は無いと思ったんだ」
明らかな窃盗事件だと思うのだが、先輩は甘いよな。
まあ、重い処分にすると、話が長くなって面倒くさいからなんだろうけど。