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茶道部の出来ごころ 〜茶道部の犬に、先輩のオッパイは揉めない〜  作者: 工藤操
第9章 クリスマスプレゼントを君に
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先輩と絢香 3

「で、昨日の言い訳を聞こうか?」


 生徒会長の席で精根尽き果てて突っ伏している後輩に、絢香は事務的な声で尋ねる。


 まあ机に突っ伏す気持ちはわかる。


 昨日は《クリスマス撲滅委員会》の連中から事情聴取をし続けてた。

 今日は終業式が終わってから、ずっとその後片付けだ。


 今日のうちに片付けないと年越しになるから、すごく忙しかった。

 さっきようやくひと段落して、執行部のメンバーに解散を宣言したばかりである。


 絢香自身、ぐったりして来客用のソファに身を沈めている。

 

 後輩は力なく机から顔を起こして、言われた通りに言い訳を始める。


「すぐに帰ろうと思っていたんです。でも呼び出しが掛かって」

「そんなことは分かってるよ。だから見回るフリして帰っちゃえって言ったじゃん。なんでいつまでも残ってたのよ」


「あの、しかし私が帰るというのはさすがに体面上……」

「あたしが面倒みるって言ったのに、そんなに信用できなかった? 何でポチくんのプレゼント盗まれてんのよ」


 ちょっと言い方がキツすぎるか。

 絢香はソファに身を沈めたまま、ため息をつく。


 信用問題を口にしたのは明らかに言い過ぎだった。


 自分はいま生徒会執行部とは無関係だし、後輩は自分の責任を果たそうとしていた。

 むしろ軽率な唆しに乗らなかったのを褒めるべきなのだ。


「ごめん。今の言葉は酷かった。取り消させて欲しい」

「あ、いえ、もっともな意見かと」


 後輩は椅子の上で背を伸ばして答えてくれる。

 怖がらせたいわけではないのに、つい余計な事を言ってしまった。


 絢香はソファから立ち上がり、後輩のところへ歩く。

 生徒会長の机に両手を突いて、少し怯えてる彼女に問う。


「あのさ、あたしたち、何のためにこの一週間、毎日ラーメンの食べ歩きをしてたの?」


 言いたいのはこっちの方だ。


 後輩の頼みでここの所、毎日ラーメン屋を巡っていた。

 それも1日に2軒とかのペースでだ。


「なのに結局どこにも行かないし、何もなかったって何なの? あたし、何のためにあんなにラーメン食べなきゃならなかったの?」

「……そ、そのことについては大変に申し訳ないとしか」


 椅子の上で縮こまるようにして後輩が頭を下げる。


「どんなに小さくなったって、あたしよりは大きいんだからな! 分かってんのか、おい!」


 もう因縁をつけてるとしか思えない言葉が口から出てくる。


「すいません、少し分けられたら良かったのですが……」


 両手で胸元を隠すように抱きながら後輩が言う。

 こいつは、どこまで本気で言ってるのやら。


「あんたの肉なんか別に欲しかないよ! その辺の犬しか喜ばないでしょ、そんなもの!」

「そんなものはあんまりです。確かにポチは昨日、私の胸に抱いたら涙目になってましたけど」


 困った顔で後輩が反論する。


「え? 何、その話?」


 絢香が聞いていたのは《ラーメン屋には行きそこなって、最後の春日饅頭を二人で食べた》というほのぼの話だけだ。


 こいつらの通常運転じゃねえか、と思っていたのだが、案外と進展があったのかも。


「ん、それ、ちょっと詳しくお姉さんに話してみて?」


 下世話な話題だが、これくらいは聞いとかないと元が取れない感じがする。

 絢香は後輩に背を向けて、いそいそと部屋の隅にある冷蔵庫へ歩き出す。


「あのねぇ、今日はとっておきがあるの。それ出すからゆっくり話しようよ」


 そう言って絢香が取り出したのはクリスマスケーキだった。


「え? 絢香さん、どうしたんですか、それ?」


 生徒会室の冷蔵庫から思いもよらない物体が出てきて、後輩が目を丸くしている。


「今朝、コンビニで8割引だった」

「そ、それは安かったと思いますが、……大きすぎやしませんか?」


 自慢げに絢香が手にしているそれは、どうみても10号・30センチ級の代物だった。


「ん、昨日あたしが勝手に仕切っちゃたからさ。みんなに迷惑かけて悪かったから、お詫びにって思ったんだけど」


 ソファ用のテーブルに置いて肩をすくめる。


「みんな帰っちゃったし、どうしようかと思ってたんだ」


 苦笑しながら後輩を手招きする。

 後輩も苦笑しながら絢香のところへやってくる。


「絢香さんのこういう所って、あまり知られてませんよね」

「ん? 抜けてるトコ?」


 あらかじめ一緒に用意していたフォークを手渡しながら聞いてみる。


「けっこう気遣い多いのに、空振りしまくる所です」

「あはは、気遣いの三振王と呼んでくれ」


 笑い飛ばす絢香自身、そこにはちゃんと自覚がある。


 気遣いは伝わらないことも多いし、悪い方に誤解されることもある。

 でも、そんなの分かってくれと押し付けるものでもない。


 損な役回りを引き受けても感謝されないし、舐められるだけだ。

 頑張ったって嫌なことばかりなんだけど。


 目の前に後輩みたいに分かってくれる奴が少しいれば、それでいいやと思ってる。

 こいつは春から色々とおかしくなってるけど、それでも大切な後輩なのは変わらない。


「あの、絢香さん。ナイフとか取り皿のようなものはないんですか?」


 巨大ケーキを前に彼女は戸惑った顔をしている。

 その真面目な顔が、なんか楽しい。


「何、言ってるの? あんた、本気出せばこれくらい一人で行けるでしょ?」

「どんな本気です、それ?」


 絢香の言葉に後輩も楽しそうに笑う。


「ああ、いまお茶、淹れますから。それともコーヒーの方がいいですか?」


 ソファから立ち上がった後輩に声をかける。


「食べ切れそうもなかったら、ポチくんも呼ぶ?」


 何気なく言ったつもりだったが、途端に後輩の表情が曇った。

 すぐに彼女も気がついたようで、あわてて言い訳じみた事を喋り出した。


「あ、いや、待たせているのは確かなんですが。私は昨日、やらかしまして。すぐに謝っているのですが、このあと、もう一度きちんと謝りたいと思ってまして」


 なんかグダグダ言ってるけれど、言いたいことは明らかだ。


「あー、要するに《二人きりになりたい》のね?」

「……はい。そうです」


 絢香が要約してみせると、後輩は真っ赤になって蚊の鳴くような声を出す。


 まあ、いいんだけどさ。


「とりあえず、その《やらかした》ところも聞かせてもらえるんだよね?」

「あの、それでお願いがあるのですが」


 恐る恐る、と言った感じで後輩が切り出す。


「リボン、今日も絢香さんにやって貰えないでしょうか?」

「いいけどさ。アレ、一発勝負のネタだよ? 2日目じゃもう厳しいと思うよ?」


 絢香が言うと、後輩は両手の拳をぎゅっと握りしめ、真剣な表情で見つめてくる。


「でも絢香さん、昨日は何かいい感じだったんですよ。何か私でもどうにかできそうな感じで。このまま今日も頑張れば何かできそうな気がするんです!」


 思いつめた表情で力説するが、よく聞くまでもなく《何か》しか言っていない。


 昨日謝るようなやらかしをして、でもいい感じだったの?

 本当にあの後、何があったんだろう?


「わかった。わかったから泣きそうになるな。うん、ちゃんとやるから心配しないで。あと何を言えばいいのか覚えてる?」


 絢香が聞くと、後輩は何度も大きく頷いた。

 それから、とんでもない大声で叫ぶ。


「プ、プレゼントはわ・た・し!」


 最後の方、声がひっくり返ってたぞ。

 大丈夫か、こいつ?


 ちょっとしたいたずらのつもりで吹き込んだのだが。


 ——すまん、ポチくん。あたしが思ったよりややこしくなってた。


 ケーキにフォークを刺しながら、絢香は心の中で謝っておく。

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