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茶道部の出来ごころ 〜茶道部の犬に、先輩のオッパイは揉めない〜  作者: 工藤操
第1章 全知全能の神に導かれて僕らは出会った
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1-9 感動は他人に伝えたい

「メガネなら僕が拾いましたよ」


 僕が少し離れたところで拾ったメガネを右手で掲げて見せると、池目は無邪気な微笑みを浮かべて立ち上がった。


「おお、助かるよ」


 彼に歩み寄って直に手渡すと、受け取ったメガネをキザったらしくスチャッと掛けて、そのついでに前髪をファサァと掻き上げる。さすがイケメンと言いたくなる仕草だった。


「ああ、これでスッキリした。うん、ありがとう」


 彼はスッと右手を伸ばし、勝手に僕の手を取って握手をした。


「いえ、大した事はしていませんから」


 笑顔で返事をしていたら、苛立った声で先輩が僕の背中を小突く。


「おい、ポチ! 君も何か、こいつに言うことは無いのか?」

「えーと、じゃあ一つだけ確認を取らせてください」


 僕は握った手を離して、彼の胸元をピッと指さした。


「先程からずっと気になっていたのですが、そのワイシャツの下に透けているのは、もしかしてブラジャーなのでは?」


 ハッとした表情で、池目は自分の胸元を押え、驚いたように叫ぶ。


「ややっ、これはしたり!」

「ポチ、こいつのシャツを脱がせろ! 下に何を着ているのか、真実を白日の下にさらけ出せ!」


「え? 僕がやるんですか?」

「やれ。私が許可する」


「わかりました。ちょっと乱暴にしますよ」


 先輩の命令で池目の襟元を掴み、抵抗するヒマを与えず一気に引き裂いた。


「ああっ、何をする!」


 池目の文句は無視して、みんなによく見えるよう、大きくガバッと胸元を開いた。

「あっ、それは、盗まれたあたしのブラジャー!」

「やはり貴様が犯人か!」


 勝ち誇った顔で先輩が言うけど、そんなの最初から分かってた事では?

 ずっとブラジャー透けてたし。


「ハハハ、バレてしまっては仕方がない」


 開き直った池目は、大胆に胸元を開けたまま、高らかに笑う。


「……か、返してください」

「フッ、それは無理だな」


 破れたワイシャツをマントのようにバサッと翻し、池目はアンニュイな表情を浮かべた。


 シャツのボタンが全部飛んで前を開けているが袖は通したままなので、これが女性ならセクシーと言えなくもないのだが……。


「お前たちは意外に思うだろうが、こう見えて俺は下着が大好きなんだ!」


 池目は唐突に自分語りを始めた。


「長い冬が終わり、ようやく春が来た。コートの季節が終わりを告げて、女の子たちが次第に薄着になっていく。無防備になっていく胸元がたまらなく愛おしい。なあ、お前だって、その熱い視線で女の子の服を焼いて、ブラジャー一枚だけの丸裸にしたいだろ?」


「……はあ」


 僕の気のない返事を同意と受け取ったのか、彼は得意そうに話を続ける。


「俺は背の低い女性の襟元から、胸をのぞくのが何よりも楽しみだ! だから、その日のお昼休みも胸元のゆるい女はいないかと、下を向いて廊下を物色しながら歩いてい。そしたら、うっかり前を見るのを忘れてしまい、とある女生徒にぶつかったんだ」


「あ、それ、あたしです」


 シュピッと沙織さんが右手を挙げる。


「仰向けでひっくり返った俺に、彼女は助け起こそうとして手を伸ばしてくれたんだ。体育の授業が終わったばかりなのか、少し汗ばみ上気した顔で俺に向かって遠慮がちに微笑み、こんな風に膝を伸ばしたままの姿勢でかがみ込むようにするもんだから、セーラー服の胸当ての、その奥にあるピンクの下着が、こうハッキリと丸見えになって! 分かるか? こうだ!」


「……あの、いちいち実演してくれなくて結構ですから」


「ダメだ、それじゃ俺の気が済まない。俺はあの時の感動を、あます所なく伝えたいんだ!」


 その気概は頼もしいが、破れたワイシャツで、セーラー服を着た女の子を再現しようとするのは無理がないか?


「そのタワワな——そう、掌よりも少し大きいくらいのサイズの乳房を、きゅっとブラジャーが締めつけていた。こう、はち切れんばかりに食い込んでいたんだ! それを見た途端、俺の全身に電撃が走った。その瞬間に全てが分かった! 全てとは《この世の仕組み》とか《存在の意味》とか、そんな感じのいいモノだ!」


 もう目の前の僕らなんか視線に入れず、彼は口角泡を飛ばして熱弁を振るい続ける。


「見ただけで全てが分かるのなら、そのブラジャーに触ったら俺はどんな事になるだろう? ああ、考えるまでも無い。俺は全てを知っているのだ。沙織ちゃんのブラジャーに触れるという事は、全知に続いて全能を得るという事なのだ!」


 そう言い切った後で池目は目を見開いて、アハハハと哄笑する。


「どうしても俺は君の下着を手に入れなければならなかった。だから、大急ぎでその日の内にラブレターを届けたのだ!」


「えーと、今の話は《沙織さんに一目ぼれした》という理解でいいのでしょうか?」


 ややこしいので勝手に要約したら、彼は地団駄を踏んで首を激しく横に振った。


「違う! 全然違う! ブラジャーに触りたいから告白したんだ。考えてみろ。沙織ちゃんが彼女になれば、いつでもブラジャーが触り放題じゃないか!」


「なら、どうして下着泥棒を?」


 僕の素朴な疑問に、池目は目を輝かせて振り向いた。


「うん、いい質問だ。よく考えたら沙織ちゃんと付き合わなくても、脱いであるのを盗めばいいと気がついたんだ。沙織ちゃんは体育の時だけブラジャーを着け替えるのは観察して分かっていたしな。さすがは全知の俺よ。いいところに気がつくぜ」


「ああ、そうですか……」


 沙織さんに振られたから《せめて下着だけでも》って話になれば、まだ簡単だったのに!


 どれだけこじらせてるんだよ。


 「……ダメだ、この人。おかしくなってる」

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