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プロローグ

 先輩が今日から冬服になった。


 久しぶりに見る紺のセーラー服は、夏服の軽やかさとは全く違う威厳のようなものを醸し出していて、切れ長の大きな目と白い肌によく似合っている。


 手を伸ばせば届きそうな距離にいる彼女は、座布団の上にほんの少しだけ膝を崩して座っている。


 象牙のように白く滑らかな頬や、通った鼻筋と形の良い眉は見とれてしまう魅力がある。

 すんなりした首、華奢な肩、人目を惹くほど豊かな胸、細い腰。


 窓越しの淡い光を受けた彼女は、動いているのが不思議なほど完璧なバランスで出来ていた。

 いや、正直に言えば先輩の胸は少し大きすぎる気がするんだけどね。


 でも、その微妙なバランスの崩れが彼女をよりいっそう魅力的にしていると思う。


 だんだん障子に差し込む光に朱が掛かってきた。

 薄暗くなってきた室内で、俯いていた僕の視界の中をスッと白い手がよぎる。


 顔を上げれば、正面に座る先輩がたおやかな仕草で湯飲みを手に取っていた。


 彼女は長い髪を気だるそうにかき上げて、静かに湯飲みに口を付ける。

 真っすぐで長い黒髪が微かに揺れる。


 そのたおやかな動きに僕はつい見とれてしまう。


 この人って本当に美人だよな。


 放課後、二人きりの和室で先輩と差し向いに座りながら、しみじみと思う。


 繰り返しになるが先輩は美人だ。さらに言えばただの美人ではない。


 生徒会長をしているくらい人望が篤いし、性別を問わず彼女の取り巻きは多い。

 全校どころか他校の生徒からも《クールビューティー》と呼ばれて、憧れの視線を向けられている。


 しかも先輩はいい匂いがするんだ。

 そんなに強い匂いじゃないから最初は気がつかなかったんだよ。


 例えるなら桜の花のような仄かさで。

 和室の中で二人きりでいると、いつのまにか先輩の香りに包まれているような気分になる。

 たぶんコロンかシャンプーなのだろうけど、気持ちが落ち着く感じの匂いだ。


 そんな彼女と二人きり、もう二時間近くも黙ったまま向かい合っている。


 茶道部には僕らしか部員がいないから、二人きりなのはいつもの事なんだけど。


 二時間近くも黙ったまま向き合っていられるのは、僕が放課後に何の予定も無いヒマ人で校内に友人と呼べそうな人物が先輩しかいないという悲しい事実があるからだ。


 ちなみに先輩が僕を友人と思っているのかは分からない。それを確認するとすごく悲しくなりそうな予感がするので、怖くて聞けない。


 まあ、そんなの確認しなくても僕らの関係に不都合はないハズだ。……たぶん。


 手元の湯飲みから、ぬるくなった茶を啜りつつ、上目遣いで彼女の様子を確かめる。

 仏頂面で地蔵のようにじっとしているのだが、ときどき気だるそうに長い黒髪をかき上げては不機嫌そうにため息をつく。


 先輩だってヒマじゃないだろうに、いったい何がしたいのやら。

 会話もないまま黙り続けているから、どうしたって手持ち無沙汰だ。


 会話のキッカケが欲しくて、

「冬服、似合ってますね」

 なんて言って見たら仏頂面のまま睨まれてしまった。


 仕方なく僕も黙ったまま静かにお茶を飲んでいる。


 ――この人ってこういうの、楽しいのかなぁ?


 ええ、僕は楽しいですよ。先輩は美人だし、二人きりだし、友達はいないし。


 でも先輩はこの秋から生徒会長になったばかりだから、こんなトコでゆっくり茶なんか飲んでる場合じゃないんじゃないかなぁ。


 そんな益体もない事を考えながら、飲み干した茶を注ぎ足そうと急須へ手を伸ばす。

 電気ポットの湯を出涸らしが入ったままの急須に注いでいたら、


「……なあ、ポチ」


 不意に先輩が僕の名を呼んだ。

 顔を上げれば、切れ長の目の奥から鳶色の瞳がまっすぐに僕を見つめていた。


 彼女の睫毛はすごく長いし、肌も透き通るように白い。

 化粧っ気もないのに、どうしてこんなにキレイなんだろう? 


 つい、ぼんやりと見とれていたら、彼女が眠そうな表情で湯飲みを僕の方へ差し出した。


「私にも、茶をくれ」

「……これ、出涸らしですけど、入れ替えましょうか?」


 そう聞きながら返事は待たず、さっさと彼女の湯呑みへ茶を注ぐ。

 もはや透明に近く、きっと茶の味も香りもしないであろう液体が出た。


 白湯みたいな代物を受け取った先輩は、湯飲みを両手で大切に抱えるようにして、一口だけスズッと啜ってから目の前の盆に置く。


 ほうっとため息をついて、顔にかかった長い髪を気だるそうな仕草で掻き上げた。


「うん。ようやく決心がついたよ」

 彼女は重々しく頷いてから居住まいを正すと、厳かな口調でこう言った。


「君に私の下着をあげよう」


 言い終わると先輩はホッと安心したようなため息をついて、柔らかな笑顔で髪をかき上げた。

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