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光の雨がふる  作者: es
9/10

09_正真正銘

 ────由緒正しき、フォルターナの大神殿。その議場には多くの神官が集められていた。


 今日は、国王の要請により、昨日に続き二日連続で異端審問が開かれる。

 国王の意向で異端審問が開かれるなど、長いフォルターナの歴史においても前代未聞の出来事だ。


 審理対象は、昨日議場に侵入した鬼人の男。そして、男の逃亡を助けたエレノア。この二人だ。

 王妹かつ神官見習いのエレノアは、仲間の少女を助けるために侵入した鬼人を逃がしたあと、自身も逃亡し、転移魔術の痕跡を消して追跡を阻んだ。

 そのため、二人の行方は依然としてわかっていない。


 なのになぜ、国王カルスは妹を異端審問にかけるよう要請したのか。

 王の真意は明らかではない。だが、神殿との強引な駆け引きで異端審問が決定したらしい、という噂が広がっていた。

 不信を浮かべた神官たちは、それぞれの憶測を囁きあう。かくして、議場は不穏な空気に包まれていた。


 やがて若き国王カルス────エレノアの兄が、予定より少し遅れて姿を現した。

 一切の感情を排した国王は、堂々と議場を横切っていく。自分の妹が大神殿を裏切って、鬼人の逃亡を助けたというのに、堂々とした態度だ。


 野次を飛ばす者こそいなかったが、神官の中には、敵意や疑念の目を向ける者もいる。しかし彼らの前をゆったりと移動し、着席したカルスは、さながら園遊会に参加しているかのように優雅だった。


 国王が着席すると、中央の壇に立っていた神官長は、議場全体をぐるりと見渡した。そして「静粛に」と厳かに告げた。


「これより、神官見習いのエレノアと、昨日の侵入者である鬼人族に対して、審理を執り行う」


 神官長の宣言で場はしんと静まりかえった。そして当事者不在のまま、異端審問は始まろうとしていた。




 神官長の真横に立っていた聖騎士が、紙を広げ、おもむろに二人の罪状を読み上げていく。


 神官たちはちらりと国王の顔色をうかがったが、上品で整った顔には何の感情も浮かんでいない。無表情に、ただ前を見据えている。

 やがて聖騎士が罪状を読み終わり、一礼して下がった。


「……では、鬼人の男から罪状の認否を始める」


 老神官長の嗄れた声が、議場に響いたその時だった。


 バリバリと雷のような音が轟いて、突如、罪人が立つ壇の辺りに魔方陣が出現した。

 大神殿の強固な護り────加護を強引に引き裂いて、時空の狭間から現れたのは、異端審問の対象者。逃亡したはずのエレノアと、黒づくめの鬼人の男だった。

 議場は再び、大混乱に陥った。




 +++++




「さすがは我が兄ですわ。約束を果たしてくださってありがとうございます」

「……やっと来たか。遅いぞエレノア」

「申し訳ございません、お兄様」


 突然、鬼人とともに現れた元王女に、国王は苦笑しながら語りかける。騒然としていた傍聴席から、一斉に怒号が吹き上がった。


 聖騎士たちが剣に手をかけ、二人に詰め寄る。そんな彼らを「動くな!静かにしろ!」と鋭く一喝したのは、普段温和と評される国王だった。

 他者を圧する空気を放ち、議場を睥睨して、王は悠然と立ち上がった。


「フォルターナ聖導王国の第185代国王にして、雨の女神の末裔たる私が、この場を引き継ごう。

 今日の異端審問の責任は、すべて私が負う」


 力強く言いはなった国王カルスに、エレノアは優雅に腰を折った。その横に立つ鬼人の男は沈黙したまま、深紅の瞳で国王をじっと見ている。

 再び、国王カルスがよく通る声を上げた。


「これより、フォルターナ王家由来の聖具、"雨の宝環"によって、鬼人族は魔物ではない、という事実を証明する。ここにいる全員が証人であると心得よ!」


 若き王は、不思議な光を纏った首飾りを懐から取り出した。

 高く掲げられた透き通る水のような青の宝玉が、静かな神気を放ち、王の手のなかで輝く。




 ────遥か昔。

 神々が絶大なる力を誇っていた、神世の時代。ある人族の男が雨の女神と契りを交わして、一人の子を授かった。


 その子は地上に国を作り、"災禍"に乗じて押しよせた魔物を退け、民を善き方向に導いたという。

 それがフォルターナ聖導王家のはじまりだ。そのため、王家には、当時の様々な聖具が受け継がれている。


 その大半は、長い年月と共に力を失い、ただの宝石になった。だが、エレノアの腕輪やこの"雨の宝環"のように、今なお神の力を宿すものが残されている。


「……皆のもの、よく聞け。

 女神の血を引く我がフォルターナ王家には、神々由来の宝物が受け継がれている。我が祖先は、ここにある"雨の宝環"で、邪悪な冥界の魔物を滅ぼした」


 固唾を飲んで全員が見守る中、国王はいったん言葉を切った。議場を見渡し、言葉を続ける。


「……だが、この"雨の宝環"は、神の血を引く者にしか扱うことができない。今からこの聖具で、鬼人が邪悪な魔物ではなく、邪悪を倒す意思持つ者……そして、神の末裔であることを証明する」


 "雨の宝環"を掲げた手を下ろした国王は、妹の横に立つ鬼人に向き直った。


「そこなる鬼人よ。名は何という」

「……ルード。本名は、ルーディリアス・ヴィッセルハイデ」

「では、ルーディリアス。私は妹から、鬼人族が神の血を引くという伝承を聞いた。相違ないな?」


 この言葉に議場がいっそうざわつく。それに構わず、国王カルスは、緋色の瞳の鬼人に返事を促す。


「ルーディリアス、答えよ」

「…………ああ。俺たちの伝承では、そう伝わっている。虹の女神の娘と、地上に現れた鬼人が恋に落ち、結ばれて生まれた子が、鬼人族の始祖になったと。我々の祖先は、虹の女神によって、地上に生きることを許されたんだ」

「そうか」


 静かに答えた鬼人に頷いて、国王は足を踏み出す。その前に飛び出そうとした近衛騎士を目で制し、彼は鬼人の前で立ち止まった。


「その伝承が真実なら、鬼人であるそなたは、この"雨の宝環"を使いこなせるはずだ。

 今ここで、神の末裔であり、邪悪にあらざる者だと、自分自身を証明してみせよ」


 エレノアは固唾を飲んで、兄王と鬼人を見つめた。


 ここまでは順調だ。だが聖具の力が解放されなければ、ルードと自分は捕縛される。そして悪鬼が召還され、この一帯は滅びるだろう。

 エレノアはその破滅を回避するために、この瞬間に全てを賭けた。


 誰かがごくりと喉を鳴らす。若き国王は何事か囁いて、鬼人に首飾りを渡した。


「"清浄なる雨よ、邪悪なる者を打ち払い給え"」


 教えられた聖句を、ルードは正しく呟く。そして、宝石が輝きはじめ、まばゆい薄青の光が議場に降りそそいだ。


 成功だ。

 聖具はルードの血に反応した。つまり、鬼人族が神の血を引く事実を証明できたことになる。

 エレノアの胸に喜びがわき上がった。その直後。


《……ぐわぁぁあああっ!!!》


 地鳴りのような低い咆哮が響き渡った。背後を振り返ったエレノアは、その光景に目を疑う。


 腰を抜かした神官長が、ガクガクと震えながら、床を這うようにあとずさった。

 異様な光景に、全員が戦慄していた。

 神官長のそばに従っていた一人の聖騎士から、禍々しい長い影が伸びて、壁面に飾られたステンドグラスに黒々と投射されていたのだ。




 ────聖騎士から伸びる、不吉な闇色の影。それが徐々に実体を持ち、やがてひとりの男の姿に結実した。その背中で、烏のような漆黒の翼がバサリとはためく。


 この気配こそ、地上の生き物にあらざる者。この場の誰もが、本能的に理解した。白と黒のように明確な違和に、全身が総毛立つ。

 冥界より来たりし魔物は、邪悪な気配を撒き散らしながら、低く嗤った。



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