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光の雨がふる  作者: es
7/10

07_深夜密談

「お兄様、どうかお静かに」


 ふいに背後の暗闇から現れた妹は、美しい唇に人差し指をあてた。

 行方をくらませていた妹が、突然自分の寝室に現れた。カルスの心臓は、あやうく止まるところだった。


 ……数日前、カルスは妹と昼食をともにしている。

 あの時と全く変わらない、いつものエレノアが目の前にいる。心配のあまり、自分が作りだした幻影なのではないか……と疑ってしまうほどだ。

 生き生きとした瞳や、生真面目さと茶目っ気が同居した表情もそのままだ。ケガもなければ、顔色も良い。そんな妹を見て、カルスは深く胸を撫で下ろした。


 しかし……妹の後ろに立っている男が、何よりも問題だった。

 ────黒一色を纏った、緋色の瞳の鬼人。その特徴は神殿からの報告と一致する。大神殿に侵入し、妹が逃亡を助けたという鬼人で、間違いないだろう。

 男を最大限に警戒しながら、若き国王は眉間をぐっと寄せ、エレノアを見下ろした。


「お前、」


 無鉄砲なエレノアに、言いたいことは山ほどあった。昼の行動も許されぬ暴挙でしかない。なのに、


「……エレノア、無事でよかった」


 口をついて出たのは、深い安堵の滲んだ一言。ただそれだけだった。

 厳しい叱責を覚悟していた様子のエレノアも、一瞬泣きそうな顔になる。だが、感情を押し殺した元王女は、冷静に頭を下げた。


「ご心配をおかけして、本当に申し訳ありませんでした、お兄様」

「まったくだ」


 ため息混じりに同意した王は、「ところでお前は、どのようにしてここに来た?」と妹を問いただした。

 王城への侵入は、通常なら大騒ぎになる。魔術によるものでも、必ず感知されるはずだ。

 しかし、王の寝室周辺は静けさを保っている。誰にも気づかれずに、どうやって二人はここに辿りついたのだろうか。


 兄の疑問に、エレノアは「わが王家に伝わる、秘密の通路を使いましたの」と悪びれずに言い放った。


「お前……あの通路を、そいつに教えたというのか!?」


 しれっと答えた妹に、カルスは絶句する。

 妹は背後の鬼人とともに現れた。つまり、王の寝室に通じる通路を、素性のわからぬ者に知られた、ということになる。


 即刻この通路は塞がねば……

 兄王は、頭の中の箇条書きに書き加えた。


 現在進行形で頭痛の種を撒きちらす王妹は、頭を抱える兄を真剣に見上げ、改まった口調で切りだした。


「お兄様、細かいことにこだわっている場合ではありませんわ。今はこの国の……いえ、大陸の一大事。未曾有の危機が迫っているのです」

「……どういうことだ、エレノア、筋立てて説明してくれるのであろうな」

「いいえ……お兄様には申し訳ありませんが……全てをお伝えすることはできません。ですが、このまま何もしなければ、この一帯は確実に滅ぶ、と断言いたします。

 どうかわたくしを信じて、お力をお貸しくださいませ」


 「一帯が滅ぶ」と訴える妹の声音は、ひどく切迫していた。嘘や冗談でここに来たのではないのだろう。それはカルスも理解した。しかし、だからといって迂闊に信じて良いのだろうか。

 王は低く唸った。


「その危機とやらは……その男と関係があるのか」


 静かに佇む鬼人の男にちらりと目をやる。彼の問いかけに、妹姫は押し黙ったままである。だが否定もしない。

 つまり「是」ということだろう。


 黒づくめの鬼人は、一言も発する事なく、黙って兄妹の会話に耳を傾けている。

 それなりに鍛えられた体つきだが、本業は戦闘職ではなく、雰囲気からして魔術師だろう。大神殿の加護をこじ開け、転移魔術で侵入したという報告からも確実だろうが、それはさておき。

 一国の王として、自分はどう立ち回るべきなのだろうか。


「わたくし、お兄様に一生のお願いがあるのです」


 切羽詰まった妹の声で、カルスは思考を現実に戻した。


「……お前の"一生のお願い"は、これで何回目だ?」

「今それを言いますの?お兄様は根に持ちすぎですわ。……とにかく、今度こそ最後ですから、聞いてくださいませ」


 王妹はごく真剣な表情で続ける。


「どうか、神殿にいま一度、異端審問を開くよう働きかけていただけないでしょうか。そして、その場に必ず、王家に伝わる聖具、"雨の宝環"をお持ちくださいませ」

「"雨の宝環"……?」

「ええ。わたくしたちはその異端審問に参上し、ある事実を証明したいと考えておりますの」


 覚悟を決めた深い青玉の瞳を、真っ直ぐに兄王を向けて、エレノアはきっぱりと告げた。その眼差しには迷いはない。

 迸る水のような力強さと清冽さに、兄であるカルスさえ、この瞬間は圧倒されていた。




「…………承知した。お前の言う通りにすると約束しよう」


 暫く髪をかきむしって唸っていた若き王は、最終的に、妹の無謀とも言える提案を受け入れた。

 とたんに、エレノアは満面の笑みを浮かべ、子供のようにはしゃいで兄に抱きついた。


「ありがとうございます、お兄様……!一生恩に着ますわ!!」

「わかった、わかったから!」

「お兄様はやはり最高です!愛していますわ!」


 よっぽど嬉しかったのだろう。抱きついたついでに、エレノアはカルスの頬に親愛のキスを降らせる。


 ふと見ると、妹の肩越しに、呆れを含んだ冷やかな赤い瞳と目が合った。場違いな明るいノリについていけない、とばかりに鬼人は半目になっている。

 それを見て、王は瞬時に真顔になった。


 「いいから離れなさい」と王は妹を押し退けて、咳払いする。今さら王としての威厳などあったものではないが、取り繕っておかねば自分の心が持たない。


 それからエレノアと王は、打ち合わせを手短にすませた。


「それでは明日、よろしくお願いいたします。"雨の宝環"をお忘れになりませんよう。では、おやすみなさいませ、お兄様」

「おい、ちょっと待て、エレノア。お前はどこへ行くというのだ」


 話が終わると、妹姫は優雅に腰を折って暇を告げた。立ち去りかけた妹を慌てて引き留めれば、エレノアはきょとんとした顔で振り返った。


「え?……わたくし、鬼人族の人質ということになっておりますので、あちらに戻らねばならないのですわ」

「人質だと?大丈夫なのか……?」

「大丈夫ですわ。危害は加えないと約束していただいておりますので。では」


 エレノアは、カルスを安心させるようににこりと微笑んで、闇に溶けこむように秘密の通路に滑りこんだ。

 終始無言だった鬼人も、エレノアに続いて秘密の通路に消える。


 彼らを見送ったカルスは、暫くしてから、はぁ、と盛大にため息を溢した、

 妹の無茶な計画を知ったあとでは、不安しかない。それは大胆不敵というほかなく、本当に成功するかも怪しい。


 しかし「他に方法はない」と、あの勘の良い妹が主張するのだ。信じるしかないだろう。

 ……彼の知る限り、エレノアの「悪い予感」が外れたことはない。ただの一度も。その妹が「フォルターナは滅びるかもしれない」と言うのであれば、何もしなければこの国は本当に滅びるのだろう。


 エレノアに協力して、何もなければそれでいい。カルスは腹を括った。

 明日は忙しくなりそうだ。



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