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光の雨がふる  作者: es
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01_異端審問

「メイフィリスの受難」から百年ほど前のお話になりますが、つながりはほとんどないので、単品で読めるかと思います。

 



 ────ほんの小さな子どもの頃から、エレノアの"予感"はよく当たった。だから、


 彼を見た瞬間の、荒れ狂う嵐のような胸騒ぎを、

 今までとは比較にならない、強烈なそれを、


 無視することなんて、出来る筈がなかったのだ。




 +++++




 広い議場の席は、すでに大半が埋まっていた。

 さざめく神官たちの間を縫って、エレノアは目立たぬように静かに隅の席に座る。


 議場に集まった神官たちは、顔を寄せあい、ひそひそと囁きあっている。だが、今のエレノアは、彼らの輪に入る気分にはなれなかった。


(こっそり抜け出して修練場に行こうかしら)


 つい、そんなことまで考えてしまう。

 本来、エレノアは人当たりのよい性格だが──この空気はどうも苦手だった。

 理由はわかっている。

 今から始まる「異端審問」とやらに、自分はまったくと言っていいほど興味を持てないでいるからだ。周りとの温度差に気後れを感じるのは、そのせいだろう。


 エレノアはそっと嘆息した。

 考え事でもして気を紛らわせよう。たとえば、神殿で教わった「世界の構造」の事とか。

 生まれが高貴な彼女が物憂げにしていると、大抵、周囲は放っておいてくれる。今はそれがありがたい。

 そうしてエレノアは、世界の構造に関する知識を頭の中でなぞっていった。




 ────世界の中心。そこは、"星海"、"地上"、"冥界"の三つの界に分かたれている。そのまわりを取り囲むのは、何もない"虚無"。

 世界の中心たる三つの"界"に住まうのは、

 "星海"に、善き神々。

 "地上"に、多様な生命。

 "冥界"に、恐るべき魔物。


 星神を主柱とする"星海"の神々は、"地上"のあまねく命を慈しみ、育む。

 一方、血や破壊を好む"冥界"の魔物たちは、天上の尊き神々を憎み、"地上"を足掛かりにして、"星海"を滅ぼさんと企んでいるという。


 神々のおわす"星海"と、魔物がひしめく"冥界"。その狭間に位置する"地上"は、豊かな生命と、さまざまな種族が住まう世界だ。

 知恵を持ち、言葉を話す種族も、片手の指に余るほど存在する。たとえば人族や獣人族。エルフ。竜人族など。


 言葉を話す"地上"の種族の多くは、神殿を通じて、"星海"の神々を信仰している。だが───"鬼人族"は、その立場を異にする。

 彼らはまつろわぬ民。

 鬼人は天に背く異端である、と神殿は主張しているのだ。


 鬼人族の外見的特徴は、牡羊のような黒い巻き角と、鮮やかな色の瞳だ。目の色は様々だが、総じて鮮やかで、瞳に星のような光が散っている。

 さらに非常に長命で、強い魔力を持つ。


 そんな彼らを、神殿が敵視するのは理由がある。

 鬼人族の祖先は、"悪鬼"と呼ばれる強大な魔物。それゆえ"邪悪なる者"と見なされ、神殿の討伐対象とされていた。


 ……冥界の王者、"悪鬼"にまつわるおそろしい話は幾らでもある。"悪鬼"が国を滅ぼした記録など、枚挙に暇がない。

 でも、はたして鬼人族は"悪鬼"と同じなのだろうか……エレノアは心の底で疑問に思っていた。


 彼らは元より数が少ない。

 その上、神殿の"鬼人狩り"のおかげですっかり姿を隠してしまった。

 エレノアも鬼人の本物を見たことがない。

 見たことのない者を、「邪悪だ」と人づてに聞いても、全く実感が沸かない。それが彼女の本音だった。


 エレノア自身は、どちらかといえば、そんな鬼人族とは真逆の立場にある。

 フォルターナ聖導王国の王家、それが彼女の生まれた家だ。フォルターナは大陸有数の古い王家。さらに、雨の女神の血を引くとされ、世間の崇敬の対象になっている。

 彼女の兄はフォルターナの現国王で、エレノアはその王妹にあたる。彼女は、誰よりも高貴な血筋の姫だ。


 ……しかし。

 ぶっちゃけて言うと、両親も兄も自分も、ごく普通の人間だ。血筋なんてある意味はったりに過ぎない、と彼女自身は考えている。


 物心ついた頃から、エレノアは勘が良かった。そのため、「王家の血が強く出ている」と称賛されたりもしたが、実際はそこまですごい力ではない。

 予知できなかったことの方がずっと多いのだ。


 性格も頭脳も要領も、飛び抜けて良いわけではない。興味のある分野なら高い集中力を発揮するが、ふだんは色々すっぽ抜けている。

 要するに、神の血を引くと言っても、家族も自分も「普通」の域を出ない。


 ただ、エレノアが「神官になりたい」と希望した時、両親も兄も反対しなかったので、それだけは良かったと思う。彼らは「エレノアがそういうなら何かあるんだろう」と言って、思うとおりにさせてくれたから。

 とはいえ、予知そのものに思い入れはない。


 そんな立場だからこそ────神殿の主張を疑ってしまうのだろう。

 悪鬼の血を引くからといって、鬼人族が本当に、神に仇なす存在なんだろうか、と。


 だが、疑問に思いはしても、口には出せなかった。言ったら最後、すぐさま反逆者に認定され、下手すれば追放どころか火刑になりかねない。

 今のエレノアは、正式には王女ではない。王族が神殿に入る際に、王家の籍を抜く決まりがあるからだ。

 神殿でのエレノアは、ただの「神官見習い」。要するに下っ端だ。神殿の方針に、口を挟める立場ではなかった。




 ……物思いから現実に戻る。

 エレノアは、半円の擂り鉢状になった議場をそっと見渡した。

 歴史を誇るフォルターナの大神殿にふさわしい、壮麗な議場が、今日は、奇妙な熱気に包まれていた。


(……よい雰囲気とは言いがたいですわね)


 元王女は眉をひそめた。

「異端審問」。それは、神々に背く"邪悪なる者"に裁きを与える場だ。

 本日の異端審問の対象は、鬼人の娘。神官たちの口から出てくるのも、"鬼人"がいかに邪悪か、という話ばかりだ。


(少し異様ですわ)


 わずかに胸騒ぎがした。無意識に胸に手を当てる。

 自身に流れる古き神の血が、何かを訴えかけている…………そんな気がしてならない。

 未知の感覚に戸惑っていたその時だった。



 ────議場の扉が、大きく開け放たれた。

 逆光の向こうに立つ、不釣り合いな大小の影。

 さざ波のようであった胸騒ぎが、次第に強くなっていく。


 これから………何かが起こる。

 それも、ものすごく良くない何かが。


 背中に冷や汗を感じながら、エレノアは己の感覚を研ぎ澄ませていた。


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