いつか、何処かで…。
シャーロット・オブシディアン。それが私の名前です。
レモンイエローのストレートヘアーとアーモンド型の琥珀色の瞳、小ぶりな胸と括れた腰、身長は168㎝。父は公爵、母は公爵夫人。私には兄と弟、妹が二人居ます。家族仲は王族に継いで国で二位の位置にいる公爵家にしてはとても仲の良い家族、兄弟仲、夫婦仲だと思います。
…そうそう、そんな公爵家の長女である私には生まれついての許嫁…、婚約者が居ます。
彼の名前は──、ここで言うのは伏せておきましょうか。
もう関係のない事柄、ですから。
…………。
時に話は変わりますが、私の生きていた王国…、〝世界〟は所謂剣や魔法のファンタジー世界、とでも呼べば良いのでしょうか?
そのような世界ですから魔物も盗賊も山賊もひとたび街道を外れると鴨にされる…そんな危険と命の価値が紙切れのように軽い綺麗で残酷な世界…です。
なまじ魔法があるから医学は進んでいない世界。…ああ、でも。
私が確かに生きていた世界です。あの時、私は…確かに“ちゃんと”生きていたのですよ。
大切な家族と大好きなあの人と生きた“シャーロット”の時間が。
『…シャーロット!君との婚約を破棄する!!君はここに清楚可憐で正に淑女の中の淑女たるアリシア・ベーロック男爵令嬢を苛めたな!見損なったぞ!』
『…──』
…瞼を閉じればあの日の愛しい彼の顔が甦ってきますね。ああ、愛しい…あの人の──
『…分かりましたわ、婚約破棄、承りました。』
『…ッ!?ロットお姉様ッ!良いのですか、これで…ッ!?本当に…』
『…ッ、シア。良いのです、だって私は──』
『!?何の話をしているんだ…ッ!』
戸惑う婚約者のひどく困惑した顔が…、今も胸に残っています。
ああ。もっと私に“時間”があれば。
男爵令嬢…、彼女“シア”は私にとっては親友です。それこそ本当の姉妹のように仲良くさせていただいておりました。
彼女の父であるベーロック男爵家とオブシディアン公爵家は寄親と寄子の関係。領地も近く(と言っても200㎞は離れていますが)シアは良く使い魔である白竜のピナちゃんに乗って私のいる公爵領まで毎日のように来てくれてました。ふふ、お転婆ですよね?
…婚約者である彼は13歳以降は一度も逢いに来てくれなくなったと言うのに。
私とシアが初めて知り合ったのは6歳の時。公爵領の領主邸に白昼堂々と白竜で庭に横付けする大胆不敵な女の子…正に私にとってシアは“嵐のような”女の子でした。
…私の方が数ヵ月先に生まれただけで“お姉様”と言って慕ってくれる今のシアと、あの当時のシア。
どちらもシアであり、私にとって或いはシアにとっては大したことではない、些末な事でした。
『…だって私は、そんなに永くは生きられないのですから。私は私と居て心残りになるぐらいなら嫌われるぐらいがちょうど良いのよ。シア…ふふ、貴女が知り合った男の子が──としても私は応援するわ、と言うか散々相談にも乗っていたでしょう?』
『…~~ッ!?そ、そうですけど…でもっ!』
『シア。──をよろしくね?…私は──とは共に生きることは出来ない。…明日を生きれるかどうかも分からないこんな半端な女は──の妨げにしかならないわ。シアが──を幸せにしてね?』
『…ッ、お姉様…ッ!私…私は…ッ!?』
今にも両目から雫が落ちてきそうな瑠璃色の綺麗な瞳の女の子が私へと言い募ります。──はただならぬ気配に自身の主張を続ける雰囲気でもなくなった。
…魔力心臓内血管狭窄。
私の世界では誰もが魔法を使う際にはこの“魔臓”から魔力を引き出して大気に漂う魔素と魔力反応を起こして使用します。
〝魔臓〟とはそのまま魔力を宿した臓器。
それは人によっては心臓と同化していたり、心臓の上に出来ていたり、肺の隣にあったり…或いは宝石獣のように額に宿していたり…と個人によってだいぶ変わります。
…そして、私はこの「魔臓」が心臓と同化する形で存在しました。
それ自体はごく稀ですが、1000人に1人の割合で居るのでそこまで珍しくもない…そう、思っていた。
ですが、いつかから魔臓と同化していた筈の心臓が魔臓と完全に分離する形で再形成し始めたのです。
…当然元から一つだった心臓の場所。そこに魔臓と心臓、二つの臓器は無理です。おまけにその心臓のほうは気管狭窄を起こしていた…。
ね?理不尽でしょう?
あの世界は回復魔法はあっても“医療”と言う面ではまだまだ発展途上の世界でした。
薬師も居るにはいるのですが、あの時の“私”に必要なのは“手術”ないし、移植手術…でしょうか。
まあ、どちらもない世界でそれは無理でしたけど。
王立学園の卒業記念パーティーの最中に倒れた私は…最後に私の親友に最愛の人を託す言葉を掛けて以降昏睡状態で以来ずっと目が覚める事は二度となかった。
……。
「…殿下、あなたが言った苛め行為の何れも我が娘は関われない。今娘は昏睡状態だ。もう二度と目覚める事はないと治癒術師は匙を投げた。…娘の“遺言”通り我が娘と殿下の婚約は“破棄”致しましょう。ですが、もう二度と我が公爵家の敷居を跨がないで頂きたい!」
「…ッ!?公爵…お、私は…」
「貴方がしようとした告発は証拠も証言も曖昧な冤罪だ。私含め公爵家は貴方の支持を降りる。娘は反対するだろうが、何多少娘に嫌われようとも構うものか。」
「殿下、私は本日限り貴方の護衛を下ります。この事は事前に我が父から陛下に嘆願しており陛下も納得しております。…さようなら」
「…ヘンドリック!?な、なんで…ッ!」
「…あの子は、我が愛しの妹、シアはそんなにも気に食わない存在でしたか?根も葉もない噂に塗れた冤罪を描けるほど…?」
「…ッ、ちが…違うんだ…!」
「…さようなら、殿下」
……。
…ああ、これは私が倒れた後の話?
これは……女神様の最期の慈悲、なのかしらね…。
…第二王子だったエド様──エドアルド第二王子様──は金髪碧眼の美しい男の子で……。12歳までは頻繁に交流を重ねていた私と殿下は従兄弟同士の関係でした。
とても難しい病気を抱えていた私を婚約者に持つエド様は世界一不幸な男の子。…生まれついてからの両親の口約束が発端の許嫁関係。小さな頃は可もなく不可もなく普通に仲良くしていただいていたのよ?…今となってはそれはもう遠い過去の話です。
13歳から本格的な王子教育と領主教育で疎遠となっていった…だけどその時にはもうエド様は・・・シアに出会っていた、のね。
あの子は何だか放っとけないと言うか、小さな身体でピョコピョコ野山を駆け回る野うさぎのような愛らしさがある子だから。
自由で何者にも縛られず、思うがままに生きる太陽のような眩しい女の子だから、だから──エド様は当然のようにシアと出会って恋をした。
エド様との交流は短いようで年月だけは長い私とシアとでは負けないつもりで居たのに…。ああ、大好きな気持ちこそ大好きな人には伝わらない、いえ、何をどうやって伝えてもあの人の心に届きはしない。
“届きはしない”と──そう、私が勝手に「諦めた」から。
私の「恋」は終わりを遂げたのだろう。私の生命の灯火と一緒に…。
─────
───
─
「───はっ!…えっ!?こ、ここは………ぇ?」
鏡に写る自身の姿…それは黒髪黒目の5歳児。水色の半袖ワンピース姿の驚愕に見開かれた瞳、小さな手足…姿見の前呆然と佇む幼児は──今世の“私”。
「…ぁ、」
…そうか。私は──もう、シャーロットじゃないのですね。
ああ、嗚呼、アア──ッ!!
病気の一つもない健康そのもの。
驚愕の表情から段々と爛々と輝き出す黒曜石の瞳。
喜色満面に頬が綻んで私は“私”を咲った。
そして、今度こそ“諦めた”あの人の隣を…、シアとの再会を。
「…待っていて。エド様…私は今世は“諦め”ませんから!」
決意を宿した黒目は鏡の中の誰かに向けて誓いを立てた。
今度こそはこの燻る想いを諦めないのだと。
今度こそは親友に許嫁を譲るなんてつまらない事は二度としないのだと…そう誓った。
「エド先生!私とランチに行きましょう!ね、ね、ねぇったら!」
「うげッ!や、やめろ…寄るな…ッ!?シャーロット…じゃない、有川…ッ!!」
黒髪ツインテールの10歳の可憐な少女が追いかけ回しているのは自身の通う5年5組の担任だ。因みに年齢は25歳。…はい、事案である☆
心底嫌そうな顔をして掴まれた腕を振り解こうとしているが、
「…ッ!?!?お、おま…っ!力を、込め、る、な…ッ!?」
「やーだ~!エド先生が私の求婚を受けるか「はい」か“yes”かって言ってくれない限りこの手は離しませんよ!♡」
「んな゛…ッ!?実質一択しかねぇのは選択肢とは言わねぇ~~ッ!!」
…茶髪短髪に染めた切れ長の黒目、173㎝と高身長な青年の腕を尋常成らざる力で拘束したまま少女──有川真依10歳はニコニコと楽しそうに今日も今日とて愛しの彼、江戸川蓮夜25歳にアタックを試みていた。
…周囲はその光景を微笑ましく見守るだけで誰も止めたり反論したりはしない、どころか最近は有川に協力する始末。江戸川先生の苦悩の日々は続くばかりである。
ガラッ。
「ちょっと…!お姉様に近付かないで下さる…ッ!?」
腰に手を当てぷりぷりと身も蓋もない事実無根な冤罪で怒る同じく江戸川の悩みの種のもう片方、
「…あ、おはよう~!シア…じゃなかった、いのり。」
「…~~~ッ!!///はいっ、おはようございます♡お姉様ぁ…♡」
「離れろ!おいっ!」
有川いのり、10歳は今世では真依の双子の妹として生まれた。…但し、その髪色と瞳の色は父に似たいのり(シア)と髪の色も瞳の色も母親似の真依。
二人はとても仲の良い双子姉妹として知られていた。
「事案ですわ!ふけつですわ!離れてくださいましっ!?」
「うるせぇっ!!」
「…や、です!絶対に、この手は…離しません…ッ!!」
「お姉様ぁ~ッ?!いやぁあ゛~~っ!そんなばっちいオジサンからは手を一刻も早く手を…手を離すのですわッ!!お姉様の白魚のような手が汚れてしまいますわ!」
双子は今日も姦しい…それも江戸川を間に挟んで、だ。
ぎゃいぎゃい騒がしい双子…哀れ、江戸川先生!w
「…~~~ッ!!ホームルームの時間だ…離れろ!有川…ッ!!」
「…ッ!?エド様…そう、ですね…ごめんなさい…」
しゅんと俯い足元にポタポタと滴る透明な雫が…
「…ッ!?あ、有川…?そ、その…、」
「いえ、良いのです。私の方が強引だったのですもの。…済みません、先生。席に戻ります」
「…ッ!?お、お姉様…!?どうして…その男の一挙手一投足でそんな簡単にご気分を一喜一憂されるのですか…ッ?!どうして…どうしてお姉様は…ッ!!」
「シア」
「…ッ!!」
「席に戻るわ、ね?」
「…は、い…」
しずしずと席に戻る…双子姉妹の席は姉(真依)が一番左側奥、妹が右側後ろから二番目の席だ。
涙をグイッと手の甲で拭って真依はただ静かに前を見据えていた。
前世含めて恋愛初心者の真依にとっては何処までが良くて“何処まで”がダメなのか何もかもが初めてで分からないのだ。
前世は「恋」の前に「婚約者」だった。
それは始まる前に終わったも等しい…、いや、そもそもが幼馴染みであったエドアルドとシャーロット。“恋愛”と言う言葉には必ず二人で行うものであって一人手前勝手に希えば叶うと言うほど単純なものではない。
…だから、シャーロットの“想い”は独り歩きの一方通行だ。
独り善がりの「想い」の昇華は本来なら誰かしらに相談したり、宥められたりして少しずつ改善し、少しずつ関係を進めるもの。…だが、難病を抱え友人は従兄弟であるエドアルドしか居なかった公爵家令嬢であるシャーロットにはそれは難しい事だった。
過去から何も変わっていない、まっさら純白の乙女。
シャーロットに“恋愛”は難しいのかもしれない。
…対するエドアルドはどうか?
前世ではあまり気軽に逢いに行けない婚約者、シャーロット。
アリシアと浮気をしたが、婚約者の容態を少しも気に掛けて居なかったのか?…それは誰にも分からない。今となっては全て“過去の話”だ。
シーンと静まり返った教室で江戸川はホームルームの開始と進行をはじめる…左側奥の席には敢えて見ないようにして。
……。
「…見つけましたよ、我が天使!♡」
「…?誰よ、~~~ッ?!!?」
その日、一人留守番していた真依。(いのりは習い事のスイミングスクールに行った。母の運転で1時間は帰って来ない所にスイミングスクールがあるため)
不用意に鳴ったチャイムに反応して開けた玄関先で中へと押し込まれてしまった。
ガチャリ。
後ろ手に鍵が下ろされる音が自棄に大きく聞こえた。
ハアハアと息遣いの荒い男…、白髪混じりの50歳過ぎの痩せ型の小柄な男、だが10歳の真依にとっては大きく見えた。
「へへっ、ああ…理想通りだ…♪僕の天使♡真依ちゃん。初めまして。おじさんはねぇ~これから真依ちゃんを娶る君の王子様だよ~?♡」
「…~~ッ!?ひっ、ぃ…ぃゃぁあ~~ッ?!たす、たすけ…、~~~ッ!?!?」
まさぐられた身体の不快感、好きではない、誰かも分からない乱入者の手で触れられるのは前世含め今世も乙女には抵抗なんて出来ない。
(たすけ…助けて…ッ!エド様…江戸川先生…!!)
固まる身体、覆い被さってくる男の息遣いがますます荒々しいものになった…。
頬を濡らす涙すらも男の行動の妨げにはならず──
バンッ!!
「…前…ッ!?退け…ッ!!」
バシッ、ガッ、ゴッ、ドガッバキッ!!
「…せ、んせ…ぇ…ッ」
瞼を閉じた真依の目元からは涙が後から止めどなく溢れて止まらなくなった。
乱された衣服もそのままに小さく震えるしかない真依は年相応に“乙女”であるのだ。
「…最近この辺に不審者がいると学校でも保護者会でも問題になっていたんだ。俺はその見回りの手配で忙しかったんだよ。悪い。お前に冷たく接するつもりはなかったんだよ…だから、泣き止め」
「…ぅ、ぅぅっ!…ひっくっ、ぅ…うぇええんん~~っ!!」
適当にガムテープで縛って転がしている“不審者”。
情けない鳴き声を上げて泣きじゃくる幼児…うん、“幼児”だ。
これが自身の前世の婚約者だと、そして今世では少し気になる異性とは…自分の目は耄碌したのではないか。
……。




