そして全ては動き出す
「あっ、サイさんお疲れ様です。お帰りなさい。」
午後も訓練所で身体を動かしていたラグナはサイが帰宅したことに気がつくと挨拶に向かった。
「ただいま。訓練所で訓練していたのかな?」
「はい。なんとなく今日は身体を動かしたくて。」
「そっか。あまり無理はしちゃ駄目だからね?」
「はい、ここまでして頂き本当にありがとうございます。」
「ラグナ君は気にしなくていいんだよ。私はお礼のつもりだからね。あっ、そうだ。ちょっと数日間外出を控えて貰えるかな?ゴタゴタがありそうだからね。ミレーヌにも後で伝えるけどさ。」
つまりは外出すると危ないってこと?
エチゴヤ商会がゴタゴタするってかなりの大事だけど大丈夫かな。
やっぱり商売も狩人と同じで戦いなんだな。
勝った、負けた。
騙した、騙された。
そっか……
王都と言えばイルマの家族もここで商売をしていたんだよな。
騙されて店を失ってうちの村に流れ着いたんだっけ。
「サイさんも気をつけてくださいね?」
「あぁ、ありがとう。それじゃあ私は先に屋敷に入るよ。ラグナ君もキリがいい所で終わりにするんだよ。」
「わかりました。」
サイはラグナと別れて屋敷へと入る。
「若様お帰りなさいませ。」
屋敷に入るとすぐにセバスが声を掛けてきた。
「セバス。明日から屋敷の警備を厳重にしておいてくれ。ミレーヌは今どこに?」
「了解しました。お嬢さまはお部屋にてお勉強中です。」
「そうか。後で私の元に来るように伝えておいてくれ。」
セバスは使用人の1人にミレーヌへの伝言を伝えるとサイの後ろを着いていく。
そしてサイの執務室へと入るとお茶の準備を始めた。
「とりあえず今日は何か報告はあるかな?」
サイはセバスからの報告を聞く。
「ラグナ様は朝から今日1日中訓練所で訓練をしておりました。」
「屋敷に入る前に見かけたよ。朝からずっとか。凄い体力だな。」
「いえ、体力だけではありません。」
そしてセバスは朝の出来事を報告する。
リビオと2人で早朝から訓練していたこと。
そして身体をほぐしマラソンを行うとリビオは息を切らしているのにラグナは平気そうだったこと。
さらに打ち合い稽古を行うとリビオが力負けしそうになったことを報告した。
「たとえあの村出身だとしても、まだ9歳だろ?そんなことあり得るのか……?」
「まだ可能性の話ではありますが……ラグナ様には何か加護のようなものを女神様より授かっている可能性があります。」
加護か……
サイは過去の歴史において女神様より加護を授かった人間達がいたことを思い出す。
「確かに歴史上の人物にも何人か加護を授かった人々はいたね。そうか、ラグナ君はマリオン様の使徒だったか。使命を受けた時に何かしらの加護を授かった可能性があるのか……」
事情を正確に把握していないサイはマリオンから加護を授かったと思い込んでいる。
しかし正確にはサリオラと契約した時の加護が身体能力を強化しており、少しずつ馴染んできたので年齢不相応の身体能力になってきているだけだった。
マリオンからの加護はまだ付与されたばかり。
どの様な能力なのかは未だ未知数だった。
セバスからの報告は終了し次はサイが報告することに。
「若様の方は如何でしたでしょうか?屋敷の警備を厳重にするなどと。なにやら物騒なことが起こるとでも?」
最初の予定ではエチゴヤ一族が預かっている客人に対して学園で働く子息が金銭の要求と暴力行為を働いたと非難声明を行う予定だった。
それに伴いエチゴヤ商会と協力関係の商家を巻き込んで食料品や生活必需品以外の物流の停止の報復を行う。
解除の条件として領民に対する重税の停止と関税を他領と同等にするように要求するはずだった。
屋敷の警備を厳重にしなければならないほど追い詰める予定では無かったはず。
「それが神殿にてマリオン様から御神託があってね……そうも言ってられなくなったんだよ。」
サイはセバスに神託の内容を教える。
「……まさかその様なことになるとは。女神様からの神罰にて処罰された者は歴史上把握されているだけでも何人かいらっしゃいますが……マリオン様自らが神託にてここまでの処罰を行うのは歴史上初めてでは無いでしょうか?」
「もしかしたら……マリオン様にとってラグナ君とはそれほど大事な人間ってことなんだろうか?」
コンコン。
「入りなさい。」
「失礼します。お呼びでしょうか、お兄さま。」
「勉強中にすまないね、ミレーヌ。一応ラグナ君にも伝えたんだけどね、明日から数日間外出は控えるように。これは絶対厳守だよ。」
それを聞いて驚くミレーヌ。
兄が自分に対して行動を制限したことなど一度も無かったからだ。
「……理由をお聞きしても?」
サイは今日の出来事をミレーヌにも説明した。
「マリオン様ですか……わかりました。この事はラグナ君は?」
サイは首を振る。
「ラグナ君には出来る限り気がつかれないように行動して欲しい。」
「そうですね。ラグナ君には気がつかれないように動きますわ。また悲しい顔をされるのは嫌ですもの。」
こうしてラグナの知らぬ間に事態は進んでいくのであった。
次の日。
各地の商業ギルドでは混乱が始まっていた。
ギルドの営業開始と共に発表された数々の内容。
ドゥメルク侯爵領・ファイヨル伯爵領・ピエトリ男爵領・デコス男爵領からの神殿の撤退及び国内全ての新規特許申請業務の一時停止。
理由としては上記4家が女神マリオン様に対する侮辱を行ったこと。
マリオン様に選ばれた使徒様が子息達から暴力行為を受けたこと。
そしてその子息達が魔法学園に入学希望の平民から自分達の立場を利用して金銭の要求、暴力行為をはたらいていたことに対して女神様が大変悲しんでおられたこと。
女神マリオン様からの御神託によりこの様な事態になったことが商業ギルドと商業ギルド神殿にて張り出されていた。
特に混乱したのが新規特許業務の申請。
新たに特許を申請出来ないことは公表された通りだったが、商人達が現在公表されている特許のレシピなどを扱った商品の販売の『新規申請』すらも出来なかった。
これには神殿側も慌てていた。
新規特許業務の一時停止だけだと思っていたら新規申請すらも出来なくなっていた。
祭壇に書類を捧げても何の反応もない。
神殿は慌てて追加で発表する。
新規特許業務の申請及び特許使用に関する新規申請の停止。
商業ギルドでは大混乱が引き起こっていた。
特にひどいのが上記4家の領地にある商業ギルド。
すでに本日付けで神殿は撤退。
つまり特許に関することが一切出来ない。
しかもその理由が自分達の領地を治める領主とその子息が関係していた。
「これはマズいことになった……」
この発表を知った行商人や仕入れに来ていた商人など身軽に動ける商人達は領地からの即日撤退を行った。
これが更に混乱を引き起こす。
領地に仕入れにくる商人が来ない。
品物が入荷されない。
この事はすぐに住民達にも広がった。
そして起こる商品の値上げ。
食料品の買い占め。
ただでさえ重税に苦しんでいた住民達に絶望が広がった。
商業ギルド・商業ギルド神殿で発表された内容の公表と同時に4家の領主達にも通達された。
「そんな……勘当したじゃないか!うちはもう関係ないだろう!」
デコス男爵はただ喚き叫ぶことしか出来なかった。
「あいつのせいで!あいつのせいでいつもいつも!もっとはやく勘当しておくべきだったのだ!甘やかしてきた結果がこれだ!どうするのだ!」
ピエトリ男爵はいつも息子を庇い甘やかしてきた婦人に当たり散らしていた。
「すぐに屋敷の警備を厳重にしろ。民衆の取り締まりも強化だ。買い占めが起こる前にうちで買い占めるんだ!刃向かう人間はすぐに捕まえろ!」
ファイヨル伯爵は屋敷の警備を厳重にした後買い占めを行い、反発する住民に対して弾圧を開始した。
「女神め。面倒なことをしよって。おい、我が軍を屋敷の警備及び領地の巡回を行わせろ。後はヤツを呼べ。消すべき人間がいる。」
ドゥメルク侯爵は軍隊による弾圧となにやら怪しい動きをし始めた。
そして王宮にも混乱は広がっていた。
神殿からの突然の通達。
それに伴い業務に支障が出ていると商業ギルドからの苦情。
さらに王宮には普段政治には一切口を出さないエチゴヤからも苦情の申し出があった。
エチゴヤの一族として女神様を侮辱した件と使徒に対する暴力行為を上記4家に対して非難する。
ましてや自分の地位を利用して平民の、しかも夢のある子供達に対する行動は決して許すことは出来ない。
さらに侯爵家と伯爵家が賄賂をエチゴヤ商会に対して請求していたことの公表と王宮に苦情の申し立て。
上記4家との取引を停止すると王宮に申し出があった。
すぐさま王宮では会議が開かれることになった。
今回も読んでいただき本当にありがとうございます。
少しでも気に入って頂きましたらブックマークの登録や、
☆☆☆☆☆にて評価して頂けるとうれしいです。




