勉強と思惑と
「とりあえず本でも読もうかな。」
大量に並べられた本を見ていく。
この国の歴史書から数学、商業学、剣術書から魔法書までいろいろ取り揃えられていた。
「まずはこの国の歴史書から読んでいこう。」
小さい辺境にある村だったのでこの国の歴史についてはほとんど知らない。
漠然と初代勇者が魔王を倒してその後にこの国を作ったとしか知らない。
「初代勇者ヒノかぁ。」
普通なら勇者を下げる内容を書くような書物なんて無いと思うけどこの本には詳しく描かれていた。
最初の頃は一般兵にすら勝つことが出来なかったと。
「ここまで赤裸々に書いた著者は誰だろう?」
ふと気になり最後のページを開く。
『ナナシ・エチゴヤ』
ナナシ・エチゴヤ?
これを書いたのはエチゴヤ一族の誰かってことか。
さて、続きをと思い本を開こうとしたら部屋がノックされた。
「どうぞー。」
部屋に入ってきたのは案内してくれた執事さんだった。
「早速勉学とは……お邪魔でしたかな?」
「いえ、大丈夫ですよ?何かありましたか?」
「夕食の準備が出来たのでどうぞこちらへ。」
驚いて窓側を振り向くと外は暗くなっていた。
「全く気が付きませんでした。」
「それはそれは。だいぶ集中していらしたのですね。」
集中していたのもあるんだけど部屋が暗くなる前に照明がさり気なく点灯していて部屋が明るいままだったから全く気が付かなかった。
食堂に案内されてこちらですと用意された椅子に座る。
席に座っているのは俺とミレーヌさんだけ。
少し遅れてサイさんが部屋に入ってきた。
「遅くなったかな?どうやら父上は一週間程こっちには戻れないらしい。私達と会った後に商業ギルドに呼ばれてそのままシーカリオンに向かったらしいよ。」
「まぁ。」
「エチゴヤ商会の代表ともなると大変なのですね……」
イヤイヤとサイさんは首を振る。
「普段は絶対にこんなこと無いんだけどね。どうやらシーカリオンの神殿直々のお呼びで断れなかったらしい。おかげで父上の仕事が私に回ってきて仕事に溺れそうだよ。」
サイさんだって今日やっと王都に着いたばっかりなのにね……
そして夕食をご馳走になる。
出て来たのはサラダや味噌汁。ステーキにパンだった。
味噌汁は本当に美味しい。
「ラグナ君は勇者食が好きなんだね。この前の鍋もそうだし味噌汁も美味しそうに食べるね。」
「勇者食ですか?」
「初代勇者様の故郷の料理を再現したものを勇者食って言うんだよ。」
「そうなんですか。とりあえずこのお味噌汁は本当に美味しいです。なんだか飲んでいて落ち着きます。」
「勇者様と一緒だね、勇者様も味噌汁が大好きで飲んだ後落ち着けるって言っていたらしいよ?」
そりゃ日本人だもん。
味噌汁は落ち着けるよね。
ご飯を食べた後は紅茶を貰いながら寛ぐ。
「ラグナ君は明日の予定とか決まってるのかな?」
「出来れば明日は入学試験の手続きをしようと思っています。」
「そうか。そうしたら学園まではセバスに案内してもらうといい。大丈夫か?」
セバス?
案内してくれた執事さんが一歩前に出て来た。
「承りました。では明日、朝食後に早速行くとしましょう。」
「それではお兄様。私も着いていって良いでしょうか?」
「ミレーヌも行くのかい?別に構わないけどラグナ君には迷惑をかけちゃ駄目だよ?」
「迷惑なんてかけませんわ、もぅ。」
どうやら明日はセバスさんとミレーヌさんと一緒に行くことが決まったらしい。
食後はシャワーを浴びて着替えた後に就寝。
自分が思っていたよりも疲れていたのかベッドに転がると直ぐに就寝してしまった。
その頃サイはセバスと話し合いをしていた。
「どうだい、貴方からみてラグナ君は?」
「そうですねぇ。まだまだ出会ってそれ程時間が経っていないのでハッキリともうすことが出来ませんが……一言だけは言えるかと。」
「何かな?」
「あの方は本当に9歳なのでしょうか?お嬢様も世間一般の子供と比べると、落ち着いており頭が回ると思っておりましたが……とても同じ歳とは思えませんな。」
サイはセバスからの評価を聞くと笑い出す。
「確かに。彼はとても9歳とは思えないよね。話をしていると僕と大して変わらない感じがするから。それに彼は頭だけでは無いよ。あの歳でワイルドボアの討伐もしているし、僕と一緒にナルタまで連行された時も一切弱音を言うことなく付いて来たくらいだ。僕だって顔に出ないように心掛けた積もりだけどなかなか厳しかったよ。」
「なんと!9歳にして魔物の討伐ですか。頭の回転が良く武力にも心得があり精神面でも鍛えられていると。本当に何者ですか?」
「やっぱりそう思うよね。彼の情報としては、僕が取り引きしているこの国一番の危険地区『魔の森』と面している辺境の村出身ってこと。後は商業の神殿からは使徒として扱われている位かな。これは内緒で頼むよ。」
「更に使徒様であると……内密の件は了解しました。それにしても旦那様も若様もずいぶんと気に入っていらっしゃる様子。今後どうなさるおつもりで?」
サイは考え込むものの答えはわからない。
「今後については本当に未定だよ。全ては父上次第さ。僕としては彼を取り込みたいとは思うけどね。」
「左様で御座いますか。とりあえず私はもう少し様子を見たいと思います。話は変わりますが若様、自分の呼び方が私から僕に戻っていますよ?」
「仕方ないじゃないか。貴方と話しているとつい昔のように戻ってしまうのだから。私のことはいい、明日の件よろしく頼むよ。」
「承知しました。では夜も遅いので失礼します。」
執事のセバスは一礼すると部屋から退出する。
『とりあえず旦那様の代わりに彼のことを観察すると致しますか。』
セバスは自分の部屋に戻り明日に備える。
まずは明日。
彼ともう少し会話をしてみようと考えながら眠りにつくのであった。




