シールド、展開!
お待たせしました。お待たせしすぎたかもしれません。
一階の騒ぎに気が付いた錬金術師が、慌てて二階から階段を駆け下りてきた。
その足取りには焦りがが入り混じっており、靴音が石造りの階段によく響いた。
砦全体に響いていたざわめきの中でも、その足音はやけに耳についた。
そして、目の前に広がる光景を目にした瞬間、眉をひそめる。
「……閉じこもっていたポンコツ共が、今度は何をしでかした?」
錬金術師が部屋に残っていた生徒達を追い出すと、そう問いかける。
「シールドの魔道具を奪おうとしやがった」
騎士の一人が淡々と告げる。
「二人だけで生き残ろうとでも考えたらしい」
その報告に、錬金術師は鼻を鳴らし、吐き捨てるように笑った。
「はっ……シールド一つで生き延びられると思ってるとはな。なんも現実が見えてねぇバカだな、こいつらは」
錬金術師は生徒が部屋に残っていないことを再確認すると、ゆっくりと腰のポーチを探り、小さな瓶を取り出した。
「そうだ、これでも使うか?」
透明な液体が瓶の中で鈍く光を反射し、そのラベルには「昏睡薬・強」と記されている。
「これは昏睡薬だ。本来は大型魔物を眠らせるために作った代物だ。大型の魔物単体相手なら使い道もあるが……こうもワラワラ群れられては役に立たん」
彼は瓶を軽く振ってみせ、液体が不気味に揺れるのを騎士に見せる。
「だが……人間相手なら別だ。こいつらに飲ませたらどうだ?三日は確実に目を覚まさない。場合によっては永久に眠り続ける。眠っている間は水を飲むこともできねぇ。……つまり、目が覚めなければ脱水で死ぬ」
吐き捨てるような言葉に、騎士たちは息を呑む。
それは、錬金術師が提案した内容が単なる処罰ではなく、排除であることを明確に突きつけていた。
騎士は腕を組み、無言で二人を見下ろす。
迷いがないわけではない。だが、決断を先延ばしにすればするほど状況は悪化する。
やがて、短く吐息を漏らした彼は即断した。
「……使え。この二人がここにいる限り、戦況は悪化する一方だ。緊急時に足を引っ張る存在など不要だ!」
その言葉は冷徹だったが、同時に仲間を守るための覚悟でもあった。
「了解」
錬金術師は即座に瓶の蓋を外すと、教員の顎を掴み上げ、無理やり口をこじ開けた。
液体は抵抗を許さず喉を流れ、数秒と経たぬうちに教員の瞼は重く垂れ下がる。
「ん、ぐっ……ごぼっ……」
呻き声も虚しく、彼の体は力を失い、深い眠りへと沈んだ。
続けざまに、気を失っていた商人へも同じ処置が施された。
すでに意識のない彼は、液体を流し込まれると僅かに喉が動いたきり、完全に眠り込む。
「……よし。これで余計な雑音は消えた」
錬金術師は無造作に瓶を仕舞い込む。
その仕草は、まるで作業を終えたかのように淡々としていた。
「こいつらに関してはこれで終わりだ。私たちは、ここからが勝負だ」
騎士の一人が剣を鞘に収め、もう一人がシールドの魔道具へと歩み寄る。
重厚な箱に刻まれた魔道文字が微かに輝き、その中に秘められた力の強大さを物語っていた。
「さて……どう使うか」
騎士の声には慎重さが滲む。
シールドは強力だが、一度起動すれば魔力が尽きるまで解除できない。
無駄に使えば、それこそ全員の命が危うくなる。
「砦の中央に設置するのがベストだろう」
「異論はない」
魔道具を抱えた騎士たちは、外の怒号と投石の音を背に砦の中央へと進む。
道中、石壁にぶつかる衝撃が響き、振動が足元を伝ってきた。
そのたびに、手伝いをしていた商業学園の生徒たちの顔から血の気が引いていく。
商業学園の生徒達の手によって起動準備が進められていく。
「これが起動出来れば……少なくとも明朝までは持つはずだ」
誰かが呟き、誰もがその言葉にすがるように頷く。
だが同時に、明朝までしか持たないという事実が胸を重くしていた。
外の様子は混乱を極めていた。
騎士学園の生徒は剣を構えるだけで精一杯。
矢を満足に避けることもできず、怯えた声を上げては冒険者に庇われている。
その姿は援護というよりも、足手まといそのものだった。
「外の連中は……もう少し役に立たねぇのか?」
苛立ち混じりの言葉が吐き出される。
「どうにも騎士としての自覚が足りん。ただのガキが武器を握っているだけだ」
重い沈黙が落ちる。誰も反論できなかった。
しかし、騎士の一人がふとイルマに目を留めた。
少女は震えながらも己の役割を果たし、援軍を呼ぶ魔道具を起動させた。
恐怖に押し潰されそうになりながらも、仲間のために立ち上がったその姿は、他の誰とも違っていた。
「……だが、あの子は違う」
「そうだ。あの子は責任を果たした。勇気を見せた」
短い言葉が、商業学園の生徒たちの胸に小さな火を灯す。
学園の仲間が通信の魔道具を起動するために命懸けで行動した。
自分達も出来る事をするべきだと。
戦う力だけが武器じゃない。
商人の見習いの自分たちが出来る戦いをしようと。
やがて魔道具は砦の中央に据え付けられ、騎士が深く息を吸い込みながら起動装置に手を伸ばす。
「起動……!」
魔石が強烈な光を放ち、青白い膜が砦全体を覆う。
瞬間、外から降り注いでいた矢も石も、すべて弾かれて鈍い音を響かせた。
「……よし。これでしばらくは持つ」
吐息が漏れ、誰もがわずかな安堵を覚える。
だが同時に、ここからが本当の正念場だと理解していた。
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