希望の光が放たれて
「それじゃあ行こう。私の背中に隠れていてくれ」
「はい……」
短い返事の中に、イルマの緊張が滲んでいた。
それでも彼女は歩みを止めなかった。
二人の騎士が盾を構え、剣を抜きながら階段を上がっていく。
『落ち着け、落ち着くんだ、私。大丈夫。大丈夫だ』
その背中に身を預け、彼女は必死に息を整える。
一方その頃、砦の外では冒険者たちが必死の抵抗を続けていた。
「投石急げ!どんどん石を集めろ!」
物見櫓の上から叫ぶ冒険者の声は、怒号と金属音の渦の中でかき消されそうになる。
矢や石がひっきりなしに飛び交い、櫓を打つ音が雨のように響いた。
だが櫓に立つ冒険者は怯むことなく、飛来する矢を剣で叩き落とし、小さなバックラーで石を弾き返していた。
「おらぁ!こっちに来い、クソどもがぁ!」
剣士が剣を振り回し、荒々しい怒声で敵を挑発する。
汗が額を伝い、剣を握る掌は痛みすら覚えるほどだ。
それでも叫ばずにはいられない。
恐怖を振り払うように、己を奮い立たせるように。
だがゴブリンの群れは際限なく押し寄せる。
斬り倒し、石をぶつけ、血を流させても、次から次へと新たな個体が現れる。
「ちっ……こりゃキチィな」
呻く剣士の背後で、弓使いが投石を続けながら口を開いた。
「石ならいくらでもあるんだがな! ほらよっ!」
高台から放たれた拳大の石が、ゴブリンの頭に直撃する。
鈍い音と共に緑色の体が崩れ落ち、血飛沫が地に散った。
「よっしゃ!」
「やるなぁ!」
「そら、もういっちょ!」
次々と石を投げ、仲間が倒れるたびに声を張り上げる。
だがそれはほんの一瞬の達成感に過ぎない。
周囲を埋め尽くすゴブリンの数は減ったようには見えなかった。
むしろ狂気じみた叫びと共に、さらに勢いを増して迫ってくる。
「終わりが見えねぇな」
剣士が呟き、弓使いも顔をしかめる。
「こりゃジリ貧だ。救援が来るまで耐えきれりゃいいが……」
「耐えられなきゃ、俺たちもここまでってことだ」
言葉は軽口に聞こえるが、その表情は真剣そのものだった
。冗談にすがらなければ、心が折れてしまう。
物見櫓の下では、騎士学園の生徒たちが怯え切って座り込み、盾を頭上に掲げて身をすくめていた。
恐怖に支配され、動くことすらできない。
砦の入口付近では矢と石が絶え間なく降り注ぎ、壁や地面を叩き砕く音が響いていた。
「怯んでるだけの奴らを守りながらの防衛戦はきついってぇの!」
苛立ちを隠さず剣士が吐き捨てる。
だが弓使いは歯を食いしばりながら答えた。
「あー……確かにな。でも放っておくわけにもいかねぇだろ」
「まぁ、そうなんだがな!」
言葉を交わしながらも手は止めない。
必死に石を投げ続ける。
そのとき、櫓の梯子を駆け上がってくる斥候の姿が視界に入った。
息を切らし、顔を真っ赤にしている。
「どうした!?」
剣士が叫ぶと、斥候は苦しい息の合間に報告を告げた。
「あの建物の屋上に……勇敢なお姫様を連れて上がるとよ!」
「はぁっ!? お姫様だぁ!?」
驚いた声をあげたのは弓使いだった。
「まぁ本物のお姫様ってわけじゃねぇらしいが……。それより問題は通信の魔道具だ。下で起動したが反応がなくてな。さらにここでも駄目らしい。だから……屋上まで持っていくしかねぇんだとよ!」
「屋上……? あんな狙い撃ちされる場所にか?」
剣士が顔をしかめ、吐き捨てる。
斥候も答えに詰まり、それでも最後には苦い顔で頷いた。
「……それしかないらしい」
短いやり取りの中で覚悟が決まる。
「……よし。なら俺たちも命を懸けるか」
剣士は剣を握り直し、ギラリとした視線を外へ投げた。
「おいゴブリンども! 俺はここだぞ!」
櫓の屋根の上に登り、全身で敵を挑発する。
「グギッ!」
「グギャア!」
甲高い声を上げ、ゴブリンの群れが一斉に反応した。
狙いを定め、石を投げつける。
だが剣士は石が迫る瞬間、屋根から飛び降りて櫓の骨組みに足を掛けた。
「ふん! どこ狙ってやがる!」
嘲笑うように叫び、さらに大声で騒ぎ立てる。
その声が敵の注意を引きつける一方、建物の屋上に現れた騎士たちにも矢と石が飛び始めていた。
「ちっ! あいつらに攻撃が!」
焦燥を押し殺しながら剣士は怒鳴った。
「お前ら! 石を投げろ! 奴らの視線を俺たちに向けるんだ!」
「了解!」
弓使いも盾を構え、斥候もバックラーを掲げながら必死に石を投げる。
敵の矢や石が雨のように降り注ぐ中、仲間を守ろうと命がけで声を張り上げ続けた。
「グギャッ! グギャギャ!」
ゴブリンたちの叫びが戦場に木霊する。
一方、屋上では、
「くそっ! 想像以上だ!」
盾を構える騎士が苦悶の声をあげる。
矢が盾を叩き、腕に痺れるような痛みが走る。
それでも一歩も退かない。背後には守るべき少女がいる。
「はぁ……はぁ……どうだ! いけそうか!?」
もう一人の騎士が声を張る。
その視線の先で、イルマが震える手で魔道具を操作していた。
彼女の手元で小さな液晶画面が淡く光り、文字が浮かび上がる。
[完了ボタンを押してください]
イルマは勇気を振り絞り、完了ボタンを強く押し込んだ。次の瞬間、画面に数字が現れる。
[5 4 3 2 1 0]
息が止まりそうなほどの緊張感。
心臓の鼓動が耳を打つ。
「グッ!? まだまだぁ!」
守る騎士の肩に矢が突き刺さった。
血が溢れ、苦痛に顔を歪めながらも、彼は歯を食いしばって盾を上げ続ける。
「早く!早く!早く!」
イルマの胸中で祈りが叫びとなる。
そして、ついに画面が切り替わった。
[発射]
次の瞬間、魔道具から迸る光が空を貫き、王都マリンルーの方向へと流星のように放たれた。
その光は籠城を続ける者達への希望の光だった。
今回も読んでいただき本当にありがとうございます。
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