ぐぁぱぁぁぁぁぁぁぁ!
「くっ……!」
ラグナの拳はぎゅっと握り締められ、爪が掌の肉を深く食い破っていた。
赤黒く染まった掌からは、静かに血が滲み出している。
「……俺が助けに行く」
その声は震えていなかった。
怒りでも恐怖でもない。
確固たる決意のこもった言葉だった。
『そっか……でも、本当にいいの?』
リオの声には明確な迷いが混じっていた。
いつもの軽妙な口調は消え、緊迫と不安がわずかに響く。
『間に合うかもしれない……ラグナなら、可能性はゼロじゃない』
しかし同時に、
『でもね、ラグナ君……』
彼女は続けた。
『君が本気で動いたら、確実に周囲の目を引く。これは目立つなんてもんじゃない。君の力は一般人の枠を超えている。知らない人に見られれば、ただの少年じゃなくなってしまうよ』
部屋の空気が一瞬、重く沈む。
「……イルマの命を救えるなら、構わない」
ラグナは目を逸らすことなくリオに答えた。
その瞳には強い覚悟が宿っている。
「イルマの命と比べたら、そんな問題は些細なことだ」
その言葉に、リオは言葉を失った。
ただ小さく、
『ごめんね……僕は、肝心なときに、いつも何もできない』
リオのつぶやきは、自分への情けなさと無力感が入り混じっていた。
「そんなことないよ」
ラグナはそっと彼女に伝える。
「……リオが頑張ってることは、俺はちゃんと知ってる。だからもう十分なんだ」
立ち上がったラグナは、ゆっくりと扉へ向かう。
手で取っ手を掴み、勢いよく開け放つ。
その瞬間、怒声が廊下に響き渡った。
「なんだと!? クソっ!」
ギルド長イシュバルの怒声だった。
険しい顔で、血管が浮き上がったその男は衝撃的な知らせを受けて吠えていた。
だが、ラグナはそんな事も気にせずに立ち止まる気はなかった。
「おい、お前!……どこに行く!」
叫び声は続くが、ラグナは一瞥もくれず、前へと駆け出した。
建物の壁を蹴って跳ね上がり、素早く屋根へ飛び乗る。
人の目を避けるように、高所を伝いながら城門へ向かって跳び続ける。
辿り着いたのは王都マリンルーの城門前。
そこには騎士団と思われる集団が待ち受けていた。
「はぁ……はぁ……」
ラグナの息は荒く、しかし焦りがその心を支配している。
「行くぞ!」
足元に魔力を集中させる。
激しく砂埃が舞い上がり、騎士団の兵士たちは咄嗟に身を固めた。
「な、何者だ!?」
少年の姿が、砂煙の中に浮かび上がる。
彼は屈むと、その勢いを利用し、まるで翼を得たかのように高く跳躍した。
「飛んだ!?」
兵士たちの間にざわめきが起こる。
「夢じゃねぇよな……?」
「隊長、あれは……!」
動揺する声をよそに、ラグナは城壁の上に軽やかに降り立った。
彼の視線は遠く、霞んだ地平線を見据えている。
「絶対に間に合わせてみせる」
イルマたちが守る簡易砦までは、ざっと150から200キロメートルの距離。
もし、あの魔道具が使えれば数時間で着けただろう。
だが、現状は違う。
無いものは無いのだ。
ラグナは城壁の縁から大きく踏み出し、身体強化の魔法を己の肉体に纏う。
強化された脚力を活かし、城壁から街道へと飛び降りる。
地面に着いた瞬間、身体への衝撃は皆無だった。
勢いそのままに、ラグナは疾風のごとく駆け出す。
幾時間も走り続ける。
汗が額から滴り落ち、筋肉は悲鳴を上げる。
だが、止まることは許されない。
それどころか、道中の魔物たちも容赦しない。
「邪魔だ!」
突如として、勢いよく飛び出してきたホーンラビットがラグナに襲いかかる。
ラグナは反射的にガストーチソードを発動させる。
閃光の一閃で魔物の胴体を断ち切った。
しかし、それは序章に過ぎなかった。
「ピギュゥゥゥゥ!」
草むらの奥から新たなホーンラビットが飛び出し、ラグナに向けて飛びかかろうとした瞬間、
「なっ……!」
ホーンラビットの足元から凶悪な顎が襲い掛かる。
ジタバタと暴れるホーンラビットを咥えたまま姿を現したのは巨大なアリ型の魔物。
凶悪な顎はジタバタと暴れていたホーンラビットを一瞬にして嚙み砕くと真っ二つに引きちぎられた死体が地面へと落ちる。
「キチキチキチ……!」
その声は耳障りな機械的な音を含み、まるで合唱のように響いた。
ラグナは即座に鑑定の神眼を発動させると、その正体を知る。
[ゴーレムアント]
土と岩で構成されたアリ型のゴーレム。
防御力は極めて高く、一体一体の体力も尋常ではない。
群れで行動し、数で圧倒してくる。
つまりワラワラよ。
「群れか……」
相変わらずふざけた説明にいらっとしながらもラグナは視線を巡らせる。
周囲を取り囲むのは、数十匹ものゴーレムアントの大群だった。
「面倒だ……!」
舌打ちをしてから、ラグナは呪文を唱え始める。
燃やせ、燃やせ、燃やし尽くせ!エクスプロージョン!!
轟音とともに、大地が爆ぜる。
土煙が舞い上がり、視界は遮られた。
だが、その煙の中から、ボロボロの体を引きずりながらもゴーレムアントが立ち上がった。
「くそっ……硬すぎる……!」
幾度も切り裂き、叩き割っても、次々と新たな個体が襲い掛かってくる。
「数が多すぎる……!」
ラグナは身体に蓄積する疲労を感じながらも、振り払うように剣を振るう。
ゴーレムアントは次々と土の中から這い出してくる。
数を数える余裕など、もはや無い。
魔力を温存したいところだが、もはやその余裕も失われつつある。
「くっ……!」
一匹を斬り伏せた瞬間、跳ね上がった砂がラグナの目を襲う。
「ぐっ……見えない!」
慌てて目を手で覆うと、隙を突いてゴーレムアントが襲いかかってきた。
絶体絶命。
牙が迫る。
だが、その刹那、
「グァパァァァァァ!!!!!」
突如、どこかで聞いた事があるような鳴き声が。
するとその何かはラグナの横を猛スピードで駆け抜け、襲い掛かる魔物を蹴り飛ばした。
ラグナは目を細め、土煙の中に見える巨大な影を見つめたのだった。
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