連続する緊急事態。
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『はろ~は~』
いつも通りの気の抜けた声が部屋に響いた瞬間、少し脱力感に襲われた。
嫌な予感は、これだったのかもしれない。
「なんでわざわざ、こんな部屋に呼んで……?」
ラグナは警戒心を隠しきれないまま、リオに話しかける。
もう面倒ごとの予感しかしない。
『いや~、ちょっとねぇ。ラグナ君には別件でお話があるんだ。緊急で、しかもできれば今すぐ動き出してほしいレベルで』
「……別件?」
『そうそう。それもかなりヤバめのやつ。君のお友達のイルマちゃんなんだけどさ……今、めっちゃピンチ』
「……え?」
一瞬、ラグナの脳がその言葉を処理するのを拒んだ。
まるで時間が止まったかのように、頭が真っ白になる。
「イルマが……ピンチって……どういうこと?」
『うん。実はね、商業学園の課外授業の一環で、街への物資輸送に出ていたらしいんだよ。もともと魔物の目撃情報もほとんどなくて、安全なルートってことで学園側も安心してたみたいなんだけど……』
ラグナはリオの言葉に耳を傾けながら、内心で呼吸を整える。
「もしかして……想定外な事が起きたと……つまり魔物の襲撃に遭ったってこと?」
『うん。かなり突然だったみたい。今はこの国の騎士学園の一部生徒や、随伴の教師、それから雇われた冒険者たちが対応してるけど、苦戦してる様子だよ』
事態は深刻だった。リオはさらに説明を続ける。
『近くにね、長年放棄されていた簡易砦があったの。今はそこに避難して、魔道具を使ってなんとか凌いでるみたい。たまたま、私が開発していた通信用の魔道具の運用テストをやっててさ。それで現場からの緊急メッセージが届いたってわけ』
リオがこの国で進めていた魔道具の開発。その一つが、遠方との通話を可能にする通信魔道具だった。
長い時を掛けて開発していたものだが、ようやく試作段階に入ったところだった。
『……とはいえ、まだ試作機でね。会話をリアルタイムに続けるなんて到底無理。送れるのは短文の一方通行の音声メッセージだけ。それにこちらからのメッセージを聞くことも出来ないんだよ』
「魔道具の仕様は今どうでもいいよ!……それより、もう誰か助けに行ってるの?」
ラグナは少し声を荒げて問うた。
その言葉にリオの声色が変わる。
『……ミオンちゃんが必死に騎士団の派遣を調整してる。でもね、現実は厳しい』
リオの声に、さすがのラグナも言葉を詰まらせた。
『騎士団は、冒険者ギルドと合同で、別件の魔物討伐任務にすでに動員されてるんだ。それだけじゃなくて、王都周辺でも魔物の異常発生が多発してる。だからそっちの対応にも追われてて、今は人手が……正直カツカツ』
いつも冗談ばかり言っているリオの声が、今はかすかに震えていた。
それは、状況の深刻さだけではなく、自分の力が及ばないことへの苛立ちと悔しさが滲んでいた。
『学園側も緊急連絡を受けて、今ようやく人員をかき集め始めたところ。冒険者ギルドにも話は通るはずだけど……時間が、圧倒的に足りない』
「……時間がないってことか」
ラグナは唇を噛み、拳を握った。
脳裏に浮かんだのは、イルマの笑顔。
アオバ村で過ごした日常。
そして家業を継ぐために一人他国で勉学に励んでいた彼女。
スタンピードによって知らぬ間に家族を失い孤独になったこと。
そして……
『ラグナ君を助ける商人になる』そう約束してくれた、あの誓いの言葉。
彼女を……イルマを失う訳にはいかない。
「……場所は? イルマたちは今、どこにいる?」
『ちょうどカーリントーへ向かう街道の中間地点。ラグナ君、カーリントーって街は覚えてる?』
「あの……かりんとうの?あのふざけた名前の街?」
『ふざけてないよ~。私の大好きなかりんとうが名物になって観光地化しただけ。正しい由来だよ』
そのどうでもいいやり取りさえも、今は煩わしく感じた。
「で、そこに向かって物資を運んでいたってこと?」
『そう。街道周辺の小さな村々だと魔物の襲撃に備える事なんて出来ないから、窮屈にはなるけど分散して一時的に統合することになってさ。その関連で王都から分散させる予定の街へと物資の輸送をすることになったんだ。商業学園はそれに便乗して、キャラバンを組んでの大規模輸送訓練を実施。さらに護衛訓練の名目で、この国の騎士学園の生徒たちも同行していたみたいなんだけどさ』
「だったら護衛もある程度はいるって事なんじゃ……?」
『君が言おうとしているのは不可能さぁ。ラグナくん、キミの同級生達を基準に考えちゃダメだよ。あんなレベルの子供たちが他にいる訳ないじゃない。断言するよ、君たちの同級生は私が永き時にわたって見てきた子供達の中でもぶっちぎってトップなんだよ?』
リオは、静かに、しかし確信を込めて言った。
『そんな能力を持つ子たちですら、初クエストで失敗したんだよ?普通の騎士候補生の学生ごときじゃ、話にならないよ。敵がただの獣だったらともかく、今回は魔物。それも、いきなりの実戦ときた。訓練ばかりしてきた人間が急に戦場に出ても力を出し切れないってのは体験したばかりでしょ?』
言葉を失った。
現実を突きつけられ、ラグナは深く息を吐く。
「……イルマたちが今いる位置まで、こっちから行くのにかかる時間は?」
『騎士団でも、冒険者でも、全力で行っても……最短で1週間』
「一週間ももたない……か」
防衛の拠点があるとはいえ、補給も支援もないままでは限界がある。
そこでラグナは思い出した。
自分が託した魔道具。
「預けていた、ホバーシューズとダッシュメイルはどうなってる!?」
あの魔道具さえあれば……
『なんとか魔道具を修理しようと試みてはいるんだけどさぁ。そもそもぶっ壊れる寸前のものを直すのは大変なんだよ。正直な所、一から作り直した方が速いとは思うけどね。しかもあれ、彼の作品でしょ?魔道具の回路から何からオリジナルだから私の頭脳をもってしても悪いんだけど未だに解析している最中。回路までバッキバキで粉砕寸前だよ?メンテもしないでどんだけ無茶させたと思ってるんだよ。だから使うのは無理かな』
賢者リオにそう言わせるほど、彼が作った魔道具は特殊なものだった。
「くっ……」
リオの嘆きにも似た愚痴が、冗談ではない現実として胸に重く響いた。
彼が残した、唯一無二の魔道具。
それが、今この瞬間、最も必要な時に使えない。
「くそっ……! イルマを、助けなきゃならないのに……」
ラグナの両拳が、膝の上で強く握られた。
焦りと無力感が渦巻く中、それでも彼の目には、確かな決意が灯り始めていた。
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