緊急クエスト!無力さと共に
王都マリンルーの冒険者ギルドに戻った一行はすぐに森での異変を職員に伝えると、すぐにギルド長の部屋へと案内された。
部屋の中には、沈痛な空気が漂っている。
窓から差し込む夕陽が、重苦しい空気をさらに赤く染めていた。
ギルド長イシュバルは重々しい表情で顎に手を当て、報告を受けた内容を繰り返すように呟く。
「……ワーウルフが、森の奥地ではなく、浅い場所に現れたと。しかも、ふだんなら生息している魔物や動物がほぼすべて消えていたか……」
ヴァーマスは、表情一つ変えず淡々と頷いた。
「はい。森に入った途端、違和感を覚えました。まるで、何かに怯えて一斉に逃げ出したかのように。気配が一切ないんです。鳥も鳴かず、不気味なほど静かすぎて……異様でした」
「それに食い荒らされた死骸も痕跡すらもなかったんです」
ウィリアムが真剣な表情で言葉を継ぐ。
だが、イシュバルは不快感を隠しきれないように顔をしかめ荒々しく頭を掻いた。
「言い方は悪いが……ワーウルフだろ?確かに厄介な魔物だが、奴らごときで森の生き物が一斉に消えるなんて、そんなバカな話が……」
苛立ちと不安が入り混じるイシュバルの声には、いつもの自信はなかった。
「でも、本当に、俺たちが行った場所には、生き物の気配が何一つなかったんです」
と、ウィリアムが静かに断言する。自分たちの報告が信じてもらえないことへの悔しさと焦りが滲んでいた。
「わりぃ。別にお前らを疑ってるわけじゃねぇんだ……っくそ!」
イシュバルは再び頭をガリガリと掻き、椅子の背にもたれながら大きくため息をつく。
「もしかして、他にも異変が……?」
ヴァーマスの問いかけに、イシュバルは苦い表情で頷いた。
「あぁ。お前らが大量のスライムに遭遇した、あの草原地帯だがな……」
しばし言葉を選ぶように間を置いた後、イシュバルは重々しく言葉を続けた。
「どうやら、あの時倒したスライムの群れは、全体の一部に過ぎなかったらしい。偵察に行かせた奴の報告によれば、確認されただけでも軽く三百体はいるそうだ」
「あんな所に三百体も……⁉」
テオが驚愕し、思わず声を上げる。
「それだけじゃねぇ。奴ら、ポーションの原料として使われる薬草の群生地に向かってゆっくりと移動してるらしい。既に近くの群生地はきれいさっぱり食われたらしいからな」
「えぇ!? それって、薬草が全部食べられちゃうやつやん!?」
目を丸くするルーの言葉に、ギルド長はうなずき、すぐさま命令を下した。
「今すぐ討伐部隊を編成しなきゃならん。スライムの問題だけじゃねぇ、ゴブリンの報告も増えてきてる。……仕方ねぇ。おぃ!すぐに騎士団に連絡を取れ!」
「はっ!」
ギルド職員が駆け足で部屋を飛び出していく。
「……これは、大変なことになりましたね」
ミレーヌが冷静な口調で呟いた。
だが、その瞳は明らかに緊張をしていた。
「ヴァーマス、いったん教官役は中止だ。お前も作戦に回ってくれ!」
「了解!」
ヴァーマスは即座に立ち上がり、ギルド長に頷いた。
間もなくして、ギルド全体が騒然とした雰囲気に包まれる。
ギルド内に緊急事態を告げる鐘の音が鳴り響いた瞬間、まるで時間が止まったかのように、ガヤガヤと騒いでいた冒険者達が静かに耳を澄ませた。
直後、制服を着たギルド職員がカウンター奥から飛び出し、声を張り上げる。
「緊急クエスト発令! ランクC以上の冒険者は、ただちにギルドホールへ集合せよ!詳しい詳細は追って伝える!」
その声がギルド中にこだますると、冒険者たちは色めき立ち、ざわめきが広がった。
「緊急クエスト……?」
「またかよ、最近多すぎねぇか?」
「Cランク以上限定ってことは、よほどのヤバさか……」
「まさか、魔物の氾濫でも起きてんのか?」
それぞれが不安と警戒を胸に、足早にギルドホールへと向かっていく。
そんな中、フィオナが鋭く声を発した。
「ラグナ」
呼ばれたラグナは、迷いなく頷く。
「うん」
だが……
ウィリアムは、その場に立ち尽くしていた。
悔しそうに拳を握りしめ、唇を噛み締めている。
「俺たちは……俺たちでは……」
苦しげに呟いたその言葉は、まるで自分の無力さを呪うようだった。
だが、すぐに顔を上げ、仲間たちに向けて言い切った。
「……俺たちは、ここで待機する。今の俺たちにできることは限られてる。だが、何かあった時、手伝えるように備えておく。それが今の役目だ」
その言葉に、セシルとテオ、ルー、シャールたちも静かに頷く。
ギルドホールに入ると、すでに十数人の冒険者が集まり始めていた。
壁際にはギルド職員たちが整列し、中央にはギルド長・イシュバルが立ちはだかっている。
「静まれ!」
イシュバルの重厚な声がホールに響き、ざわめきはぴたりと止まる。
「これより緊急クエストの概要を伝える! 現時点で確認された情報は次の通り!」
職員から受け取った資料を手に、イシュバルは続けた。
「街の北西、草原地帯にて、スライムが大量発生している! 数は少なくとも二百体以上! 奴らは今、薬草の群生地へと移動中だ!」
再び冒険者たちの間に緊張が走る。
「それだけじゃねぇ! 森の方ではワーウルフの目撃情報も寄せられた!しかも、森の生態系に異常がみられる!魔物も動物も、ワーウルフ以外ことごとく姿を消してやがる!」
ざわざわと不穏な声があちこちで上がる。
「この状況……ワーウルフ単体の問題ではない。何かしらの上位存在が潜んでいる可能性がある!」
イシュバルの言葉に、場の空気が一変した。
「よって、本日正午より、ギルドと騎士団による合同作戦を開始する!希望者は速やかに各職員の指示に従い、班分けを受けろ!」
ラグナとフィオナはすぐに手続きを終え、割り振りを待っていた。
やがて、職員が次々と冒険者を班に振り分けていく。
先にフィオナの名前が呼ばれ、彼女はそちらの班へと向かう。
だが、ラグナの名前が呼ばれることはなかった。
「あの、俺は……」
不安げに職員へ声をかけたラグナに、職員は無言で手を差し伸べ、やや強引に手を引いた。
「君はこちらへ」
そう言って、ラグナをホールの隅にある小さな会議室へと連れていく。
「おい、ラグナは……!」
フィオナが声をかけようとするも、その前に別の職員が声を張る。
「ヴァーマスさん! こちらの班の指示、お願いします!」
「了解!」
ヴァーマスが力強く返答し、フィオナの視界を塞ぐように進み出た。
結局、ラグナの姿は見えなくなってしまった。
静かな会議室に一人、取り残されたラグナ。
「俺だけ、なぜ別に?」
眉をひそめる彼の疑問に、案内した職員は申し訳なさそうに頭を下げる。
「……詳しいことは、私も知らされておりません。ただ、上からの指示に従っただけです。では、失礼します」
そう言い残し、職員はドアを閉めて出て行った。
ぽつんと一人残されたラグナの中で、不安と予感が静かに蠢いていた。
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