冒険者としての2歩目を進む前に
明日も18時に更新予定です。
ギルド内の会議に集まった一同。
その空間の中心に陣取るようにして座ったヴァーマスは、分厚い革製の鞄を机の上に置き、カチリと金属製の留め具を外した。
中から彼が取り出したのは、幾枚もの羊皮紙であった。
それぞれの紙には手書きで丁寧に書かれた文字がびっしりと並び、古びたインクの色と筆致からは、幾度も書き直された跡や修正の痕跡が読み取れた。
「よし、まずはこれを確認するところからだ」
そう言って、ヴァーマスは紙を机の上に広げ、冒険者として活動するために必要な基本道具のリストを皆に見せた。
《冒険者基本道具リスト》
・解体ナイフ(魔物の素材を確実に剥ぎ取るための専用工具)
・小袋(魔石の収納用)
・ロープ(多用途。足場確保、捕縛、荷運びなど)
・携帯ランタン/松明(夜間や洞窟探索用)
・非常用食糧(三日分。行動不能時の命綱)
・水筒/水袋/水分確保用の魔道具
・包帯/回復薬/(出来れば毒消しなども)
・着替え(特に下着や靴下は重要)
・小型テント/ポンチョ(野外宿営用)
・火種セット/簡易コンロ/火属性魔道具
「このリストを基にして、まずは各自の装備状況をチェックだ。足りないものがあるなら、今のうちに把握しておけ。現場で『しまった』では遅すぎるからな」
ヴァーマスの言葉には、実戦経験に裏打ちされた重みがあった。
「思ってたより多い……この食料って三日分も必要なん?」
ルーはリストを覗き込みながら、素直に驚いたように声を上げる。だがヴァーマスは即座に首を横に振った。
「三日分でも最低限だ。遭難、負傷、天候不良、敵襲。予定通りにいく保証なんてどこにもない。ちなみに非常食については、収納場所を2か所に分けるのが基本だ」
そう言いながら、彼は自身の腰に付けていたウェストバッグを外して皆に見せた。
擦れた革製のバッグには、用途ごとに小さなポケットが分かれ、巧みに道具が収められている。
「俺の場合は背嚢に二日分、腰のバッグに一日分入れてる。こっちのサイドポケットにはポーションが4本。水袋も装着してある」
ウィリアムが興味深そうに身を乗り出した。
「合理的ですね。もし背嚢を失っても……生き延びる最低限の物資が残るってことですか?」
「ああ、俺は過去に背嚢を壊されたこともあるし、奪われたこともある。逆にウェストバッグを破壊されたこともな。どちらも失った経験は少ないが、どちらかを失ったことは何度もある。特に人型の魔物は手癖が悪い。人族とほぼ同じような知性と行動パターンを持ってる奴もいてな……俺が戦闘で背嚢を下ろした直後に、横から素早く接近して奪って逃げた魔物もいたんだ」
「人型の魔物が……盗む?」
シャールが目を丸くする。
「そうだ。奴らは戦闘技術もあるが、狡猾さもある。中には人間から奪った魔道具を扱える個体もいるし、仲間同士で連携して奪い逃げることだってある。装備の分散は、そういう不測の事態に対する備えでもある」
その言葉に、全員が真剣な表情で頷いた。
冒険が命がけであることを改めて実感する。
「装備の配置に関しては、俺と同じである必要はない。各自の体格や役割、戦闘スタイルによって最適解は異なるからな。ただし、常に失っても生き延びられる状態は意識しろ。これは、俺からの忠告だ」
ヴァーマスの言葉は厳しかったが、そこには自身の経験からの警告だった。
「ちなみに出来れば予備の武器も分散して持っておくと良い。最低限小型のナイフとかがオススメだな。もし主武装が破損、または手放すことになった時、素手では何もできねぇぞ?」
ウィリアムたちは再び自分たちの装備を見直し、ヴァーマスの言葉を念頭に置いて配置や内容を修正し始めた。
「では次に魔道具についても話しておこう」
そう言いながら、ヴァーマスは羊皮紙の裏面をめくる。
「お前たち、ヒノハバラ出身だろ?なら当然、魔法の扱いには長けているだろう。この国では他国の人間に販売出来る魔道具のランクが基本的に決まっている。不正に転売されないようにも規制されているんだ。」
テオが疑問を口にする。
「どうしてそんな事を?」
ヴァーマスは苦笑しつつも答えた。
「そんなん当たり前じゃねぇか。俺たちはお前たちの国の人間よりも魔法をうまく使うことが出来ねぇ。その代わり魔道具に関してはお前たちよりも格段に上手く使えるし、開発能力も上だ。でもよ、万が一だ。万が一お前たちの国の魔法士で魔道具に関しても適応した人間が現れたらどうなる?今後も現れないという保証はあるのか?」
「それは……」
答えに詰まるテオに説明を続ける。
「今の時代はヒノハバラは攻撃魔法、シーカリオンは魔道具、アルテリオンは精霊魔法、ガッデスは鍛冶と肉体強化、エーミルダは剣技と闘技、ミラージュは回復魔法。こうして国ごとに強みが明確に分かれているだろ?」
「うん……」
「でもよ、初代勇者がいた時代にはそんな国ごとの特性なんて決まってなかった。そんな内容の文献を俺は読んだことがあるんだ。魔王を討伐し、平和が訪れた時代。初代勇者パーティーの一部が各地で国を興した。その後にこの様な特性の人間が産まれるようになったと書いてあったんだ」
「えっ!?」
ラグナ以外は驚いていた。
はるか昔はそんな枠組みがなかったなんて……
「そこでうちの国だ。魔道具だけは他国の特性よりも劣るんだよ。少なくとも他国の人間でも、ある程度は魔道具が使えちまうんだ。だから他国よりも万が一って存在に余計に注意しなきゃいけねぇ。なんせ過去にはそんな枠組みがなかったんだからな。俺達の国を守る意味でも規制は大事なんだ」
「……それってつまり、僕たちは魔道具を簡単には買えないってこと?」
「そういうこった」
とヴァーマスは軽く肩をすくめる。
「だが、あくまで攻撃などの魔道具に限った話だぞ。生活魔法程度の魔道具なら問題なく買えるし、ギルドの購買部でも基本的なものは入手できる。まずは必要最低限をしっかり揃えることが先決だな」
それを聞いて皆は安心した様子で、それぞれの持ち物をチェックし始めた。
その後、一同は準備を終えて再びギルドの掲示板へと戻ったのだが、フィオナの目的だったホーンラビットの討伐クエストはすでに他の冒険者によって持ち去られていた。
「……ない。私のホーンラビットが……」
まるで魂の抜けたような声で呟くフィオナ。
その後ろ姿には、彼女がいかに期待していたかが滲み出ている。
「あー……あれなら、別の冒険者パーティーが持って行きましたわ。すみません、フィオナ様」
受付のモニカが恐縮そうに頭を下げる。
「私の……肉がぁぁぁぁ……」
その場に崩れ落ちそうなフィオナを見て、一同は苦笑するほかなかった。
「じゃあ、今日はクエスト無しで魔物狩りにしないか?」
と提案したヴァーマスの案にラグナ達は同意した。
「どうせ狩るなら……美味い魔物だ。案内しろ、ヴァーマス!」
とフィオナが力強く宣言すると、
「は、はい!フィ、フィオナさんのご希望とあらば、俺のとっておきの狩場をご案内します!」
とヴァーマスは、どこか照れながらも気合いの入った声で答えたのだった。
今回も読んでいただき本当にありがとうございます。
少しでも気に入って頂きましたらブックマークの登録や☆☆☆☆☆にて高評価して頂けると焚き火の火を見ながら1人嬉し涙を流すかもしれません。




