訓練を願った先にたどり着いた境地
訓練場から次々と姿を現した冒険者たちは、まるで戦場から生還したかのような有様だった。
装備の一部は破損し、鎧には傷や泥が付着している。
顔には汗と土が混じり、肩で息をしながらよろよろと歩く者も多い。
しかし、その表情は一様ではなかった。
「うおおおおおっ!! フィオナの姉御の愛の特訓を、生き延びたぞおおおお!」
一人の男が両拳を天に突き上げて叫び、歓喜と興奮の入り混じった雄叫びを上げた。
血走った目には涙すら浮かび、だがその奥には確かな達成感が宿っていた。
その背後では、肩を震わせながらも微笑む者の姿もある。
まるで地獄のような訓練から解放された安堵と、限界を超えて得た自信が同居した、なんとも形容しがたい顔をしていた。
「……終わった……ようやく、終わった……」
別の男はその場にへたり込み、震える手で顔を覆う。
全身がガクガクと震え、息を吸うたびに肩が大きく上下している。
疲労と安堵が一気に押し寄せてきたのだろう。
「あは……あはは……あーはははははっ!」
狂ったように笑い続ける男の瞳は焦点が定まっていない。
その様子は、訓練によって精神的な何かが決壊してしまったかのようだった。
彼は、つい数日前にフィオナへ向かって、
『姉御ぉぉぉ!! ついていくぜぇぇぇ!!』
と叫んでいた張本人だ。
「あぁ……姉御の魔法……最高でした……」
虚空を見つめ、恍惚とした表情で呟く冒険者。
その足元では膝が小刻みに震え、もう自立するのもやっとといった様子だった。
そして、そんな彼らの後ろから、まるで涼風のように爽やかな表情で現れたのが、本日の教官役を務めたフィオナその人である。
「まったく情けない。お前たち、こんな程度の訓練でへばってどうする。私と共にいた連中を見てみろ」
そう言ってフィオナが顎で示すと、ボロボロの冒険者たちの視線が近くのテーブルでくつろいでいるラグナたちへと向けられた。
「あいつらは今日の訓練以上のメニューを、もっと幼い頃から何年も積んできた逸材だ」
その言葉に、冒険者たちから一斉にどよめきが上がった。
「嘘だろ……あの年齢で?」
「だからあんなに動きがキレてたのか……」
「納得だわ……」
信じられないという顔、納得の表情、驚きと尊敬。
さまざまな感情が交錯していた。
その中で、かつてラグナと模擬戦を行った冒険者ヴァーマスが、一歩前へ出て呟いた。
「あれ以上の訓練を何年間も……。そりゃ強いはずだわ」
ヴァーマスは、模擬戦でラグナの機敏な動きと高度な戦術に完敗していた。
そのときはただ「すごい」としか思えなかったが、今ではその実力の裏に積み重ねられた血と汗の時間があったと理解できる。
「……この訓練を続けた先に、あの強さが手に入るのか。やってやる、やってやるぞ!」
ヴァーマスが拳を握りしめ、強く意気込んだそのとき、
「おいおい、毎日お前らの相手をするつもりなんて、私にはないぞ?」
フィオナがあっさりと冷水を浴びせるように言い放った。
「「ええっ!?」」
訓練意欲をみなぎらせたばかりの冒険者たちから、驚きと困惑の声が一斉に上がる。
「当たり前だろう。私だって忙しいんだ。それに、あっちを見てみろ。お前たちが一日中訓練ばかりしてるせいで、今日の分のクエストが消化されずにどんどん溜まってるんだぞ」
フィオナが指差す先には、事務処理に追われて眉間にしわを寄せているギルド職員たちの姿があった。
彼らは全力で首を縦に振り、フィオナの言葉に全面的な賛同を示していた。
「それにな……お前ら、金のことはどうするつもりなんだ? 訓練ばかりして、クエストを受けなきゃ収入ゼロだろ?それにそのボロボロの装備で次からどうやって戦うつもりなんだよ?」
「「あっ……」」
冒険者たちは完全に忘れていた。
冒険者として生きるためには、訓練だけでなくクエストをこなして金を稼ぐこともまた不可欠なのだ。
「金がなけりゃ装備も買えねぇ。訓練もいいが、まずはしっかり仕事しろ! 今日はこれで解散!」
フィオナの厳しい言葉に、冒険者たちは肩を落として一斉に退散していく。
その姿を、ラグナたちは苦笑しながら見送っていた。
「はあ……流石先生やなぁ。容赦なくバッサリやね」
ルーがぽつりと呟く。
「まぁ、あの感じだと何人かは次から訓練に来なくなるだろうけどね」
テオが隣で苦笑しながら答えた。
そのとき、フィオナがどかっと空席に腰を下ろし、大きな声で叫んだ。
「とりあえずエール!」
「却下」
即座にラグナが反応し、手を挙げて店員に告げる。
「すみません! エールは中止で、果実水を一つ追加でお願いします!」
「……チッ、ちょっとくらい飲んだっていいだろ」
フィオナは渋々といった様子でラグナに睨みを送るが、彼の冷静な視線にじっと見返されると、諦めたように肩をすくめた。
「で、お前たちはどうだったんだ?この私を置いて、ついに冒険者デビューしたんだろ?」
フィオナがそう言うと、ラグナたちは一瞬、言葉に詰まった。
「……」
「ん? なんだその微妙な表情は? もしかして、うまくいかなかったか?」
「……まぁ」
ウィリアムが渋々と答える。
それを聞いたフィオナは、大声で笑い出した。
「ははっ、やっぱりな! そうだろうと思ったよ!」
「……なぜ、そう思ったんですか?」
セシルが恐る恐る問いかける。
フィオナは、にやりと笑って言った。
「この私ですら冒険者デビューだからと朝早く起きて、装備の点検、食料と水の確認、道具の整理、全部再確認していた。だが、お前たちはどうだった? 今朝もいつも通りのんびり朝飯を食べて、持ち物は訓練の時と変わらず。冒険者としての準備ゼロで挑んだのが、一目で分かったっての!」
「……」
「……」
一同は、フィオナの痛烈な指摘に、何も言い返せなかった。
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