弛んだ空気にお説教
今日はお昼更新です。
「……すまなかった」
ラグナの前で、一同は深く頭を下げた。
「ウィリアム」
「なん……」
言葉を返す間もなく、ラグナの右手がウィリアムの頬を打った。
パチンッ!
乾いた音が草原に響く。
「ラグナ君⁉」
セシルが驚いて止めに入ろうとしたが、ラグナは構わず一歩前に出る。
「今回、誰も死ななかったのは、ただ運が良かっただけだ。たまたま相手がスライムだったから、誰の命も失わなかった。だが……ウィリアム、君の役目は何?みんなを纏めるのは君の役目だよね?」
ラグナの声には怒りよりも痛みが滲んでいた。
「君が率先して浮かれてどうする?自分の命だけならまだしも、みんなを危険に晒したんだ。……もし、あのとき誰かが死んでいたら、君はどう責任を取るつもりだったんだ?」
「……っ」
ウィリアムは唇を噛み締めて目を伏せる。
「今、この中の誰かが……シャールでも、テオでも、ミレーヌでも、ルーでも、セシルでも……。誰かが命を落としていたとしたら、君は後悔しない自信があるか?」
沈黙。
ウィリアムの拳が震えていた。
「……今回は、たまたま俺がいたからフォローできた。でも、この先ずっと一緒にいられるとは限らない。もし次も同じことをしたら、本当に取り返しがつかないことになる。俺は、友達にそんな後悔をしてほしくないんだ」
「……あぁ……本当に、すまなかった……」
ウィリアムは悔しさに顔を歪め、目元に涙を浮かべて謝罪した。
ラグナはしばしその姿を見つめ、静かにうなずいた。
「わかったなら、それでいい。……正直、誰か一人でも自分から気づいて注意してくれることを期待していた。でも、誰一人としてそれを口にしなかった」
彼の視線は、今度はウィリアム以外の仲間たちに向けられる。
「もう、ここは街の外なんだよ。戦場なんだ。甘えも、油断も、命を失うきっかけになる。それを忘れないでくれ。俺も……君たちと別れたあと、何度も死にかけた。何度も、何人もの死体を見てきた。命は……本当に、簡単に失われるんだ」
その言葉に、テオとルーが小さく肩を落とす。
「うん。ラグナ君の言う通りだよ……正直、スライムだからって、油断してた。簡単に倒せると思ってた」
「ウチも……冷静になれへんかった。浮かれてたわ。ごめんなさい……」
一人また一人と項垂れていく仲間たち。ミレーヌも、小さく唇を噛み締めていた。
みんなが油断していた。
みんなが浮かれていた。
魔物と対峙できることへの興奮が、彼らの判断を鈍らせていた。
スライムを簡単に倒せる存在として見下していた。
けれど、現実は違った。
「……次からは、気をつける。本当にすまなかった……」
再び頭を下げ、目を真っ赤にしたウィリアムに、ラグナは柔らかな笑みを見せる。
「後悔するような行動だけはしないようにね。……よし、それじゃあ次はスライムの魔石を拾おう」
ようやく険しい空気が緩み、皆の肩が少しだけほぐれた。
「ところで……どこに魔石があるんだ?」
シャールの素朴な疑問に、
「あっ……」
とラグナが固まった。
辺りには、戦いの名残として潰れたり、裂かれたりしたスライムの死骸が点在している。草の上、土の上、木陰の下……。
スライムの魔石は核となる部分にある。
つまりは死骸を解体しなければいけないのだが……
「……どうやって魔石を取ればいいんだ?」
「そもそも、解体用のナイフなんて準備してなかった!」
「うち、何も考えずに装備しか見てへんかった……」
「えっと……収納用の袋とかも……」
ポツリ、ポツリと失念が露わになっていく。
そして、ラグナが頭を抱える。
「……俺が先に全部言っておくべきだった……」
誰かが武器を持っていれば十分、などと考えていた訳ではない。
装備選びにばかり集中し、回収のことまで誰一人考えていなかったのだ。
「……仕方ない」
そう言ってラグナは、近くに転がるスライムの死骸に手をかざした。
すると
「……えっ?」
バシュンッ、と音を立てて死骸が跡形もなく消え去る。
「「はぁっ!?」」
理解不能な現象に、一同は揃って驚愕の声を上げた。
「……いま、消えたよな?」
「何も触れてないのに……!」
「あの、それって……もしかして」
ルーが手を上げて恐る恐る質問する。
「収納のスキルちゃうん……?」
「うん。そうだよ」
さらりと答えるラグナ。
「……嘘だろ……」
「さすがラグナ様というか……やっぱり勇者なんじゃ……」
「収納スキルって……まさか初代勇者と同じ……?」
仲間たちがざわつく中、ラグナは涼しい顔で手を振る。
「ともかく、魔物が集まってくる前に早く回収しないと。死体が腐敗し出すと匂いも出てくるし、面倒になるよ」
あまりにも事務的な口調に、皆のツッコミは喉元で止まる。
「……えーっと、ここにひとつ」
「そっちは終わった?次はこっち来て!」
ラグナが初代勇者と同じスキルを持っていることが判明し動揺が広がりながらも、回収作業は進んでいく。
収納されたスライムは次々と姿を消していくが、それでもなお死骸は無数に点在していた。
「……ねぇ?ちょっと聞きたいんだけどさ」
疑問に耐えられなくなったテオが声を上げる。
「なに?」
「その収納って、どれくらい入るの?」
「さあ?自分でもよく分からない。前に試しに馬車ごと収納してみたけど、普通に入ったし」
「馬車ごと!?」
「そう。ちなみに生きている生物は収納出来なかったから大丈夫だよ」
「どういう意味の大丈夫……」
あまりの規格外っぷりに、誰もが呆れと驚きの混じった視線をラグナに向けた。
そんな視線を、彼はあくまで平然と受け止めながらスライムの回収を続けていた。
「はぁ……やっぱりラグナくんは相変わらずラグナくんなんやなぁ……」
そう、ルーがぼそりと呟いた呟きは誰も否定することが無かった。
今回も読んでいただき本当にありがとうございます。
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