慌てふためく子供達と
「うわっ! 気持ち悪いっ!」
「ぬ、ぬるぬるする……っ!」
シャールは顔面にべっとりと付着した透明な体液を慌てて手で拭うが、逆にそれは顔全体に広がっていくばかりだった。
粘着性のあるスライムの液体は簡単に取れるものではなく、触れれば触れるほど手のひらに広がり、鼻先や頬をベタつかせていく。
一方、隣のテオも同様だった。
頬に飛び散ったスライムの液体に指を添えると、そのぬめり気と鼻を刺すような腐敗臭に思わず顔をしかめる。
「……くっさ! これ、何の臭いだよ!」
「早く拭け! 服にも付いてるぞ!」
シャールが慌てて自身のローブをバタバタとはたくが、粘度の高い液体はむしろ広がり、腕や胴回りにまで汚れを増やしていく。
スライムの体液には若干の腐食性があるらしく、ジンジンとした刺激が肌の表面を蝕んでいくのを、二人とも感じ取っていた。
そんな中、異変に気づいたルーが、即座に杖を構えて詠唱を始めた。
「ウォーターボール!」
彼女が放った水の球が勢いよく空中を滑空し、二人の頭上からバシャリと落ちる。
冷たい水の奔流が、ぬめり気のある体液と悪臭を洗い流していった。
「ぷはっ……っ! 助かった……」
「ビショビショ……」
水を滴らせるシャールとテオの元へ、駆け寄ったのはウィリアムだった。
剣を構えたまま二人を一瞥すると、すぐさま視線を周囲へと巡らせる。
「大丈夫か、お前ら!?」
その声に応えるように、ラグナが鋭い声を上げた。
「……まだ来るよ! 全員、構えて!」
その瞬間、ミレーヌを含む全員の身体が緊張に包まれる。
さきほどまで浮かれていた空気が一変し、ピリピリとした空気が流れた。
ラグナの鋭い目が草むらの奥を捉えている。
「き、来るって……またスライム!?」
ミレーヌが戸惑いながらも杖を構え視線の先に目を凝らすと、ガサガサという音と共に草が不自然に揺れている。
ヌルリ。
粘液をまとった球体が次々と草陰から姿を現した。
「なんでこんなに湧いてくるんだよっ!」
シャールがぼやくが、すでに状況は待ったなしだ。
「全員、戦闘配置! シャール、ミレーヌさんは後方から魔法でけん制! ルーは後方の警戒を! ウィリアムとセシルは前に出て! テオは後衛の護衛!」
ラグナの怒号が全員の意識を覚醒させる。
「ウィリアム!スライム相手だって油断するな!セシル、隙を見て援護を!」
指示されたウィリアムはすぐさま剣を構え直し、敵との間合いを詰めた。
セシルもすぐ後ろからショートソードを構え、戦況を見極めながら援護の機会を伺う。
スライムは緩慢な動きで地を這っていたかと思えば、バネのように弾性を活かして飛びかかってくる。
その跳躍と挙動の読みにくさが、彼らにとっては想定外の脅威だった。
ウィリアムは剣を振るうが、飛びかかってくるスライムの動きに対応しきれず、空を斬る。
「くそっ、当たらない……!」
「落ち着いて! ちゃんと動きを見て、剣を振るタイミングを図って!」
ラグナが前へ出て、スライムの一体を切り裂きながら叫ぶ。
バシュッ!
見事に両断されたスライムの体液が宙に飛び散る。
「ちゃんと当てれば斬れる!訓練じゃないんだ、命がかかってる!」
ラグナの言葉に、ウィリアムもセシルも気を引き締める。
その頃、後方ではミレーヌとシャールがパニックのまま魔法を発動していた。
二人の前に発動した魔法の火の玉。
「ま、待ってっ!」
慌ててラグナが声をあげるのだが、二人が放った火球が草むらへと飛んでいきスライムに命中したと同時に……
ボウッ!
草が燃え上がる音と、立ち上る煙。
「ちょ、ちょっと! 二人ともなにしてるん!?草原で火はアカンって!?」
ルーが青ざめながら水魔法を発動させ、すぐさま煙があがる場所目掛けて発射する。
水魔法が幸いし、燃え広がる前に炎は鎮火される。
「魔法は土か風にして! 火は使わないで!」
「……ご、ごめんなさい!」
ラグナに叱責され、ミレーヌとシャールは青ざめながら頷く。
その直後、魔法士を護衛していたテオが濡れた土に足を滑らせて転倒した。
「う、うわっ! また濡れてたとこが……!」
バランスを崩し、背中から地面へと倒れ込むテオ。
それをチャンスだと判断したスライムは身体をバネの様にして跳ねて飛びかかる。
「やばっ……来る!?」
しかし慌てていた為、身体を起そうとした手を滑らせて避け切れない。
「テオ! 動かないで!」
ラグナの声と同時に、テオの前に淡い光が走る。
パーーン!
魔法障壁がスライムの衝撃を受け止め、そのままスライムは跳ね返された。
「ふぅ……ご、ごめん、ラグナ」
「気を抜かないで!まだ終わってない!」
ラグナが剣を構え直し、次の敵へと向き直る。
戦況はまだ続いていた。スライムたちは群れを成し、周囲を取り囲むように襲撃を続けている。
「ウィリアム! 踏ん張れ!」
「くっ……くそ、押されてきた!」
「私が援護するわ!」
セシルがすかさずウィリアムの脇に回り込み、スライムの進路を断つように剣を振るう。
「はぁっ!」
その鋭い一閃が、跳躍するスライムを一刀両断に切り裂いた。
ラグナも次々と迫るスライムを魔法障壁で受け流しながら切り裂き、そしてそのまま集団の中へ突っ込む。
バシュッ、ブシャァッ!
ラグナの剣が振るわれるたびに、スライムが弾けてその体液が飛び散る。
慌てふためく自分たちとは違い、次々とスライムを切り捨てていくラグナの動きに一瞬見惚れてしまう。
「気を抜かないで!まだ残ってるわよ!」
セシルの声に全員が我に返り、戦線を立て直す。
それぞれが位置に戻り、緊張を保ったまま武器を構える。
やっと落ち着きを取り戻した子供達は冷静に迫りくるスライムに対応していく。
スライムの数は、確かに徐々に減ってきている。
本来ならばスライム程度に苦戦する実力ではないのだ。
しばらくして戦いは終わりを迎えたのだが……。
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