その可能性。0ではない。
今週どこかで毎日更新が途切れるかもしれません……
『我が愛しき民に、恵みを』
心の底から凍えるような、底知れぬ声が響いた。
そしてその声とともに、飢えた兵士たちの前に現れたのは、黄金に輝く一杯のスープだった。
その不気味なほどに怪しいスープを、兵士たちはためらうことなく手に取り、口へと運ぶ。
まるで何かに取り憑かれたかのように。
スープを飲み干した瞬間、彼らはピタリとその場に動きを止めた。
そして、
「女神様に仇なす存在に神罰を!」
声を揃え、剣を構える兵士たち。
その異様な変貌は、ただの信仰心では説明がつかない。
目の奥に浮かぶのは、正義でも忠誠でもない。
何か、得体の知れないものに突き動かされているような狂気。
中には、自らの信仰を裏切る行為に手を染めていた者もいた。
その者たちは懺悔の言葉を口にしながら、自らの命を絶っていく。
そしてその亡骸は、まるで大地に飲み込まれるように、音もなく土へと吸い込まれていった。
「……その話、本当か?」
イアンが険しい表情で問いかける。
「……はい。俺は実際にこの目で、兵士たちが変わっていく様を見ました。あれは、普通じゃなかった」
空気が重く沈む。
そこにいた全員が、尋常ではない何かを感じ取っていた。
ラグナは続ける。
「……それと……たぶん俺は君の兄弟と会ったと思う」
「……え?」
セシルが息を呑む。その瞳が揺れる。
「何を……言ってるの……?」
「君の兄弟は、魔族に捕まって行方不明になっていたよね」
「……ええ。無事だったの? 兄たちは……!」
喜びと困惑が交錯するセシルの声。しかし、ラグナの表情がそれを打ち消す。
「……ミレーヌさん。エチゴヤの輸送隊が壊滅しかけた件、知ってますよね?」
「ええ。エイミーさんが護衛中に、正体不明の敵に襲われたと……」
「その襲撃者、セシルの兄だったと思う」
「な……!?」
「俺の顔を見るなり、怒り狂って襲いかかってきた。叫んでいた言葉はこうだ」
『ゆ、許サん!貴様だケは許さン!!オ前ノせいデ!!』
「あの時、彼の声には聞き覚えがあったんだ。まぎれもなく、君の兄の声だった」
信じられないという表情でセシルが首を振る。
「兄が……エチゴヤの輸送隊を襲った? そんな馬鹿な! 魔族に連れ去られたはず……! それに兄には、そんな力なんて……!」
「そうだな。最後に君の兄弟に会った時、そんな実力はなかった。けど……」
ラグナは苦しそうに言葉を選びながら、重い口を開いた。
「……セシル。会ったのは、君の兄だけじゃない。別の日に、弟の方にも会ってる」
「……なぜ……」
セシルの目からは血の気が引いていく。
本来なら喜ぶべきはずの生存という報せ。
だがラグナの表情が、それを祝福ではないと語っていた。
「私のことはいい。ラグナ、何があったのか教えて」
セシルが震える声でそう言った瞬間、ラグナは静かにうなずいた。
「わかった。俺が見たままを話す。セシル、君の兄弟たちは……人間の姿をしていなかったんだ」
その一言に、セシルの膝が崩れ落ちた。
「セシル!」
駆け寄るウィリアムが肩を支えるが、セシルの瞳は虚ろなまま。
「兄の方は、背中に羽を生やしていた。顔にはピエロのような仮面……いや、仮面じゃない。縫い付けられていたんだ。俺を見て怒り狂った彼は、その仮面を自力で剥ぎ取り……額には、宝石のような大きな石。左目は……他の生き物の目が移植されていたと思う。顔中、縫い目だらけだった」
誰も言葉を挟めなかった。
ラグナは続ける。
「弟の方は、背中から余分な腕が二本生えていた。計四本の腕で、魔法を立て続けに連射してきた」
彼が怒りに満ちた声で叫んでいたのを、ラグナははっきりと覚えている。
『お前ガァァ!!お前がァァ!!お前がァァァ!!お前のせいデェぇ!!兄貴と俺はァァ!!』
「だから、最初に出会ったのが兄で、次に出会ったのが弟だと思う」
セシルは何も言えなかった。
その場の空気が凍りつく。
「嘘……嘘よ……兄さんたちが……そんな……」
かすれる声で、セシルが呟く。
その姿に、誰も言葉をかけられなかった。
沈黙の中、イアンがラグナに問いかける。
「その額にあった宝石……まさか“魔石”じゃなかったか?」
「……魔石?」
ラグナは記憶を手繰る。だが……
「正直、綺麗な宝石だと思ったけど、それが魔石かは分からない。ただの宝石だと思っていたから……」
するとイアンが、重々しい口調で語り始めた。
「……昔、第2魔法師団の団長をしていた頃、こんな噂を聞いたことがある」
場の全員が息を呑む。
「第1魔法師団が、死刑囚を使って違法な人体実験をしている。研究内容は、魔石を人体に埋め込むというもの。魔石は魔力を蓄える性質がある。だから、それを体内に埋めれば、通常の限界を超えた魔力を引き出せるんじゃないか……と」
「っ……!」
セシルの体が震えた。
「つまり、私の兄たちは……!」
「まだ分からん。だが、もし仮に、額に埋まっていたのが魔石だとしたら……何者かが、魔族と通じていた可能性がある」
イアンは静かに言う。
「もちろん、たまたま似たような研究をしていた、というだけの可能性もある。俺自身、真偽までは確かめられなかった。あの頃の俺には敵が多すぎた。だが……」
重苦しい沈黙が再び、場を包む。
魔族と、ヒノハバラが繋がっている。
その“可能性”が、決してゼロではないという現実だけが、確かにその場にあった。
今回も読んでいただき本当にありがとうございます。
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