二日酔いの彼女は放っておいて話し合い。
翌朝。
ギルドの食堂に集まった俺たちだったが、フィオナの姿はどこにもなかった。
「……あれ? フィオナは?」
周囲を見回したラグナの問いに、ミレーヌがに答える。
「フィオナ先生は体調が悪いから、今日はパスっと言っていましたわ。お部屋で休んでいらっしゃいます」
「まったく、お酒なんて飲むからそうなるんだよ……」
ラグナが呆れ気味にため息をついたそのとき、二階から誰かが降りてくる足音が聞こえた。
「なんだ、あいつ二日酔いか?」
イアンだった。いつもの軽口を交えながら階段を下りてきた。
「あれ? 学園長、ここに泊まってたんですか?」
「んなわけあるか。イシュバルと話があったんだよ。それより、もう学園長じゃねぇからな。イアンでいいぞ」
そう言って豪快に笑うイアンだったが、俺たちにとってはその言葉が少しばかり複雑に響いた。
「で、今日は何をするつもりだ?」
「とりあえず、どんなクエストがあるのか覗いてみようかと思ってました。正直、冒険者の仕事って何があるのか、全然知らないんで」
「なるほどな。確かに最初は、冒険者そのものに慣れる時間が必要だろうな」
そう言うと、イアンは俺たちを昨日と同じ部屋に案内した。
「本当は昨日のうちに、お互いの情報を交換したかったんだけどな……あんな流れになるとは思わなかったぞ。まぁ、いい。あのあとエチゴヤの代表と会って、お前たちのことは大体把握できた」
そして、イアンの視線が俺に向く。
「問題はお前だ。話せる範囲でいい。どうやってあの状況から生き延びた?」
処刑されたはずの俺が、なぜこうして生きているのか。それを知る者はごくわずかしかいない。
「正直に言うと……水の女神様の加護があったんです。水の中でも呼吸ができた。ただ、実際に落とされるまでは、そのことを完全に忘れてましたけど」
俺が苦笑いを浮かべると、イアンは真剣な面持ちでうなずいた。
「加護か……それが命を救ったってわけだな。あとで、女神様に感謝の祈りでも捧げに行くか」
「魔物に襲われなかった件については、理由は分かりません。おそらく、女神様の何らかの力が働いたんじゃないかと……」
俺はその後、商業の女神の神殿の力を借りてヒノハバラから脱出し、シーカリオンに向かったことも伝えた。
「ちなみに、俺が無事だったことについては……商業の神殿だけじゃなく、フィオナ先生とブリットさんも知ってましたよ?」
「な、なんだと!?」
イアンが驚きの声を上げる。
だが、それ以上に驚いたのはミレーヌだった。
「……お父様は、知っていたのですね?」
顔を伏せたまま小刻みに震えているミレーヌ。そして、それを見ていたシャールとテオも、まるで同調するように顔色を青ざめさせ、無意識のうちに互いの手を握りしめていた。
「フィオナも……か。ってことは、あいつは学園の関係者にすら誰にも言ってなかったんだな」
「ええ。多分、俺たちのために黙っていたんだと思います」
震える声でそう答えたのはウィリアムだった。
「俺たちがラグナが生きてるって知ってたら……どこかで油断してたかもしれない。『きっと大丈夫』だなんて気を抜いて、どこかで俺たちが集まって話し合っていたかもしれない……でも、もし悪意を持っていた人間が近くに潜んでいたら……守護の神殿がどう動いていたか……」
ウィリアムの言葉に、誰もが重い沈黙を共有した。
子供たちに危険が及ぶ可能性を考慮し、フィオナは全てを一人で抱えていたのだ。
「……俺には伝えてもよかったんじゃないか?」
イアンがそうぼやくが、
「学園長は……あっ、いや、イアンさんは、権力者に近い立場だったからじゃないですか?」
セシルの的確すぎる突っ込みに、イアンは「ぐっ」と声を詰まらせた。
「まぁ……あいつが警戒するのも無理はないか。それで、お前はこの国に来てからどうしてたんだ? ずっと神殿に匿われてたのか?」
この質問には、どう答えるべきか迷った。
彼女の存在が絡んでしまう。彼女が未だに大人しくしているってことは、そのことを話すべきじゃない。
「シーカリオンに着いてからは、この国のためにいろいろ手伝っていました。詳しいことは神殿に関係するので……すみません、言えません」
「……なるほどな」
会話の一区切りがついたところで、セシルが口を開く。
「それで、イアンさんはこれからどうするんですか? このまま、この国で活動を?」
「いや、俺は他の国を見て回るつもりだ。ヒノハバラみたいに、急におかしくなり始めてる国があるかもしれんからな。まずは……ミラージュに行ってみる予定だ」
ミラージュ。その名を聞いた瞬間、ラグナの中に緊張が走る。
自分が知っているミラージュの兵士たちの変異。
そしてセシルに伝えなければならない、あの件が、頭に浮かんでいたのだった。
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