金の力でぶん殴る。
8日連続更新!
本当は2人の戦いまで持っていく予定だったのに……
訓練場の地下には、地上と同じような広々とした空間が広がっていた。
まるで闘技場のような円形の構造で、周囲には観客席まで設けられており、模擬戦闘を見学できるようになっている。
そこにはすでに、数十人に及ぶ冒険者たちが詰めかけていた。
先ほどまでフィオナに群がっていた冒険者だけでなく、噂を聞きつけた他の冒険者たちも、興味津々といった様子で続々と集まってきている。
「なあ、どっちが勝つかで賭けようぜ!」
誰かの一言で観客席がざわつき始めた。
賭博師気取りの冒険者たちが声を張り上げ、周囲の者たちも次第にそれに乗じて、やろうぜと騒ぎ始める。
「ヴァーマスの実力は俺たちがよく知ってる。あんなガキが勝てる訳ねぇよ!」
「だよな!さっきの速さだって、どうせ一発だけの使い捨て技だろ。魔力なんてもう残ってないはずだ」
「それに、魔法剣ってことはあいつはエーミルダの出身だろ?魔力量なんてたかが知れてる。お前の言う通り魔力なんて残ってねぇよな!」
賭けの対象となったのは、もちろんラグナとヴァーマス。
観客席ではあっという間に人だかりができ、誰が勝つかで大盛り上がりだった。
そして大半の冒険者たちは、実力派Bランク冒険者であるヴァーマスに迷わず賭けていた。
「はいは~い!お待たせしましたー!受付はこちらでーす!」
いつの間にか、冒険者ギルドの受付が賭けの取り仕切りを始めていた。
職員たちは慣れた様子で対応し、並んだ冒険者たちは小銭を差し出し、自分の選んだ掛札を手にしていく。
「なんや、やたら慣れとんな〜」
ルーが呆れ気味に呟くと、近くの冒険者が事情を説明してくれた。
「年に何度かこうやって模擬戦闘で決着つけてんだよ。冒険者同士の喧嘩なんて日常茶飯事だからな」
「で、賭けまでするんやね……」
「そうそう。昔は個人が勝手に賭けを取り仕切ってたんだけどな。ピンハネとか不正とか、酷いもんだったよ。挙げ句に、負けた腹いせで喧嘩が再燃するってのも珍しくなかった。だからギルドが公式に胴元として入るようになったんだ。今じゃフェアに運営されてるって評判さ」
その間にも受付カウンターの向こうでは、ギルドの職員たちが忙しなく賭けの受付を続けている。
「ヴァーマスと少年の対決、現在のオッズは8対1! ヴァーマスが圧倒的有利です!」
観客席からは「そりゃそうだ!」とばかりに歓声が沸き上がった。
「いやいや、あのガキに勝ち目なんてあるかよ!」
「俺は全財産かけてもいいね。あんなの一発芸だろ。なんたってヴァーマスはBランクだぞ?」
そんな喧騒の中、ミレーヌは貼り付けた笑顔のまま、同級生たちの元を静かに離れると、すっと受付の列へと並んだ。その姿に気づいた何人かの冒険者が軽口を叩こうと近づいたが、彼女が放つ異質な気配に押され、何も言えずに立ち去っていった。
そして、ついにミレーヌの番が来る。
「どちらに、いくらお掛けになりますか?」
受付の職員が尋ねると、ミレーヌはわずかに首をかしげた。
「……どちらに? ですか?」
その小さくも鋭さを孕んだ声に、周囲の空気がぴたりと静まり返る。
「私はラグナ様に。これでお願いしますわ」
そう言って、細い指先で差し出したのは金貨一枚。
大銅貨や銀貨一枚程度の掛け金が当たり前の中、金貨一枚という破格の賭け金に、場の空気は一変した。
受付職員の声が震える。
「……き、金貨一枚……本当に、よろしいのですか?」
「構いませんわ」
ミレーヌのその一言とともに、観客席からどよめきが沸き上がった。驚き、畏れ、そして欲望の入り混じったざわめきだった。
「おい、見たか!? 金貨一枚だぞ……あのガキに!」
「正気の沙汰じゃねえ……」
「でもあの女、どこか只者じゃねえ雰囲気だったな……」
ミレーヌが席へと戻ると、その行動をきっかけに、ヴァーマス側へ偏っていた賭け率がみるみる変動し始めた。
「更新! 現在、少年が12で優勢に!」
「嘘だろ!? 金貨一枚で流れがひっくり返ったのか!?」
「銀貨百枚分……当たり前だろ。つまりヴァーマスが勝ったら大儲けじゃねーか!」
冒険者たちは一斉に受付へと殺到した。銀貨を握りしめ、悲鳴をあげながら列に並ぶ。
「俺もヴァーマスに銀貨5枚!」
「俺は6枚!負けられっかよ!」
凄まじい熱気が観客席を包み込む中、職員の声が響き渡った。
「はい、賭け受付終了でーす!」
ミレーヌの賭けは、冒険者たちの心をかき乱す嵐を巻き起こした。
ラグナの低評価に納得がいかなかったミレーヌは金貨という硬貨で冒険者の心をぶん殴ったのだった。
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