努力を続けた結果だよ
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通常なら数人しか訓練していない、広く静かな訓練所に、どっと冒険者たちがなだれ込んできた。
的当て訓練をしていた魔道具使いの冒険者がその光景に戸惑い、訓練を中断する。ざわつく空気を制し、フィオナが前に出た。
「まずは的当てからだな。ちょうどいい。お前たちがどれだけ成長したか、ラグナに見せつけてやれ」
彼女の言葉に、子供たちは「はい!」と力強く返事をする。
杖を持つこともなく、まっすぐ前に手を突き出すと、一斉に魔力を練り始めた。
「いけ!」
フィオナの号令とともに、無詠唱の魔法が次々と炸裂する。
火球、水球、土槍、色とりどりの魔法が訓練用の的を粉砕し、貫通し、爆発を起こす。
しかも、それが一発だけではない。
次から次へと無詠唱の魔法が連射され、轟音が訓練所に鳴り響いた。
唖然とした表情のまま、言葉を失う冒険者たち。その中には、ギルド長のイシュバルも含まれていた。
「すげぇだろ、うちの生徒たちは」
満足げにイシュバルの肩をバンバンと叩くイアンの笑顔が、静けさの中に響く。
「……これほどとは……」
まだ現実感をつかめない様子で、イシュバルは呟いた。
対照的に、ラグナは目を輝かせていた。
無詠唱で、しかも杖も使わず魔法を安定して放つ同級生たちの姿に、ただ驚くだけでなく、努力の重みを感じ取っていた。
彼らはラグナと別れたあとも手を抜かずにここまで修練を積んできたのだ。
その時。
「次は私か……。おい、どうせどこかで見てるんだろ? 訓練所の魔法障壁の強度、上げておけよ」
フィオナが、訓練所の天井へ向かって呼びかけた。
「え~、面倒くさいんですけど~。むしろ、今のままでもお前程度の魔法なら問題ナッシングだよ~☆」
軽い調子の謎の声が返ってくる。挑発されたフィオナの目が据わる。
「……ほう? 上等だ、テメェ。訓練所ごとぶっ壊してやらぁぁぁ!」
両手に魔力を込めると、フィオナの赤い髪が揺れ、まるで風に逆立つように立ち上がる。赤い魔力が、可視化されるほどに凝縮されていく。
「た、退避ッ! 急げッ!」
イシュバルの叫びに、冒険者たちは慌てて一斉に避難を始めた。
子供たちは一塊となり、手際よく魔法障壁を張って防御態勢に入る。
イアンはイシュバルの前に立ち、障壁を展開。
ラグナも自身の魔法障壁を展開しつつ、目の前の光景に息を呑んだ。
フィオナの魔力の濃さ、熱量、精度。どれを取っても、かつての彼女を上回っていた。
フィオナは両手に集めた魔力を左右に振り分けると、それぞれの手から魔力の塊を的に向かって放つ。
赤い魔力は一直線に飛び、着弾と同時に圧縮。そして、爆ぜた。
轟音とともに爆炎が訓練所中に広がり、空気を振るわせる。
肌を焼くような熱波が走り抜け、冒険者たちは慌てて距離を取ってさらに避難した。
そんな圧倒的な魔法を、フィオナは二連発で放ってのけた。
“爆炎の魔女”という異名に、何の誇張もないことが、その瞬間誰の目にも明らかだった。
「はーっはっは! どうだ! これが私の魔法だ!」
爆煙の中から現れたフィオナが、勝ち誇ったように高笑いする。
その姿に、ラグナが思わず呟いた。
「……すげぇ……」
小さな一言だったが、その言葉にフィオナの表情がふっと和らぎ、照れたように笑みを浮かべた。
それは、彼女の長い苦悩と試行錯誤の果てに辿り着いた成果だった。
爆炎魔法書をラグナに譲渡して以降、フィオナは威力と精度の低下に悩み続けていた。
授業後の自主練が終わっても、一人訓練所に残り、魔法を打ち続けた。
展開速度はかつて軍に所属していた現役時代よりも向上していたが、威力だけはどうしても戻らなかった。
ある一定の魔力量を超えると急激に不安定になり、ついには数年ぶりに“魔法の暴発”すら経験してしまった。
それでも、諦めなかった。
暴発して、ボロボロになりながら帰ってくる彼女を、同級生たちは心配していた。
だがフィオナは「大丈夫だ。問題ない」と、誰にも悩みを打ち明けず、訓練を続けていた。
そんなある日。
彼女は、ラグナの元専属メイドであるミーシャが料理をしている姿を目にする。
ミーシャは両手で野菜を投げ上げ、空中で器用に包丁を操って綺麗にカットしていく。
無駄のない動きと集中力。
それを見て、フィオナはひらめいた。
「……その手が、あったか!」
両手に魔力を一塊にしたまま込めるから不安定になるのだ。ならば、不安定になる前に分けてしまえばいい。
一発の威力は多少落ちるだろう。だが、両手でそれぞれ魔法を展開できるなら、連射性と制御性が手に入る。
元より爆炎魔法は威力が高すぎて扱いが難しい。ならば、扱いやすさと安定性を取るのも一つの手だとそう考えた。
彼女はその日から、片手ごとの爆炎魔法制御の訓練を始めた。
魔法書のサポートがないぶん困難ではあったが、小さくした魔力塊ははるかに安定しており、扱いやすかった。
投げた時の速度も上がり、結果として命中率の向上にもつながった。
さらに無駄な魔力消費の節約など、多くの副次的メリットも生まれた。
「一発の威力が落ちたなら、手数で補えばいい」
なんともフィオナらしい、脳筋気質な発想だったが、それが結果を生んだ。
そして今日、努力の果てにその魔法は完成したのだ。
今回も読んでいただき本当にありがとうございます。
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