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心なき人形達は銃を手に、そして恋を知る  作者: 龍威ユウ
第一章:現代の神隠し
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第4話:人魔融和

 鬱蒼(うっそう)とした森を無事に通れたことは、運が良い――そう言った、カルナーザと自らを名乗った彼女に案内された場所は、アキラが思う安全地帯(セーフゾーン)とは大きくかけ離れていた。


 ――まるで中世の時代に迷い込んだような錯覚。


 二重の城壁に囲まれたそこは正しく城郭都市である。他国にもかつて活躍していた城が、そのまま観光客を呼び集める場所として大切に保管されている。ここもその内の一つなのだろう、が騎士が纏う甲冑に銃とは、あまりにもミスマッチではないだろうか、と彼は思わずにはいられなかった。


「おかえりなさいカルナーサ。そちらの方は?」

「任務遂行中に発見した民間人の方です。そして、とてつもなく強いです」

「なんと……まだ外に生き残っておられる方がいたなんて――よく無事だったな。ここまでくればもう大丈夫だ」

「今から国王様の所に彼を連れていきますので――私はこれで」

「…………」


 時代背景がまるで予測できない。

 銃という現文明において最強に位置する武器を手にしていながら、他は追い付いていない。そんな印象を、アキラはこの城郭都市に足を踏み入れた瞬間からずっと感じていた。


「カルナーサ、だったな?」

「はい。どうかしましたか?」

「ここはいったいどこなんだ? さっきの化物はなんだったんだ?」

「……お父様の言ったとおりですね」

「何?」

「ご安心ください。あなたが知りたい情報はすべてお父様がお話ししてくださいます」

「…………」


 少女はそれっきり、口を開こうとしなかった。

 いきなり銃口を向けられて警戒している、という訳ではないらしい。

 この娘からは感情が殆ど読み取れない。銃口を向けられた時でさえ、すぐに彼女は冷静さを取り戻していた。門番との会話も、今こうしている時でさえも、カルナーザは表情を変えようとしない。ただ、淡々と与えられた文章を朗読するかの如く。

 まるで機械だ。そんな印象をアキラは抱いた。


 ――まるでお正月とクリスマスが同時にやってきたかのような賑やかさだった。


 城内に案内されると、外にいた時にはなかった活気で満ち溢れている。パーティーでも開催されているのか、とそう無意識に訪ねてしまった彼には非はない。もっとも、その疑問について少女からの返答はなかったが。


「なっ……」


 驚くべき光景がそこにあった。思わず銃を抜きそうになった彼を、カルナーザが恐ろしい速さで制止させる。アキラの対象となろうとしていたその者は、きょとんと小首を傾げた後で、そのまま立ち去っていく。隣にいるのは、彼の友人なのだろうか。酒瓶を片手に陽気になって絡んでいた。

 彼らの背中を見えなくなるまで見送った後に、これにはさしものアキラも、尋ねないわけにはいかなかった。


「どうして城の中にさっきのような怪物がいるんだ⁉」

「ご安心ください。彼らモンスターは今では共にこの世界を生きんとする同士です」

「人間と怪物が共存しているだと……?」


 さも平然と答えたカルナーザ。アキラは困惑の感情(いろ)を顔に濃く浮かばせる。

 モンスターとは、人間によって倒されるべく想像された幻想種。その恐ろしく、強大な力を持つ邪悪とも呼ぶべき存在に人間が立ち向かう英雄譚こそ、読者が求めているものだろう。近年においては娯楽も目まぐるしい進化を遂げて、こと日本においては、俗に言う萌えキャラが多く生み出されては世に排出されていた。

 ここにいるモンスターは、彼が知る萌えキャラとは程遠い存在にある。

 実際はどうか。彼らは争わず、むしろ親しい隣人のような関係性を築いているではないか。彼が望む英雄譚はここでは望めそうにない。


「――どうぞ、こちらです」


 黄金と宝石で無駄に彩られた扉の前で、カルナーザが立ち止まる。


 ――扉に負けないほど、中は豪華絢爛(ごうかけんらん)の一言に尽きた。


 百人以上は収容できそうなほど広々しているのに、ぽつんと設けられた玉座が寂しさを演出している。座している彼もまた、その寂しさの一部である。

 黄金に輝く王冠から、彼がこの城の主とみて違いない。


「戻ったかカルナーザーーして、その者が?」

「はい。例の民間人です」

「そうか。ご苦労、下がってよいぞ――あぁ、パラケラススが探していた。すぐに工房へと行きなさい」

「お父様が? 了解しました――では、私はこれで失礼します」


 一礼して、カルナーザが去っていった。

 玉座の間に残されたアキラは、王と思わしき男を見やる。彼の出で立ちはそれこそ、実に古典的な王を演出している。


(生まれて初めて王冠とマントしている人間を見たな……)


 ある種、古代人と遭遇しているような心境である彼を他所に、王が静かに口を開いた。


「……まずは名乗らせてもらおう。ワシはこのオルトリンデ連合国の王――ファラスである。単刀直入に言わせてもらう……どうか貴殿の力を貸してはくれまいか?」

「何……?」

「貴殿は、あの怪物……スファギヴォロスを倒したという報告を受けておる。その力が我々には必要なのだよ……」

「……自分が何を言っているのか理解しての発言で?」


 そう、彼は尋ねずにはいられなかった。

 どこのぞ誰ともわからない相手を戦力とするほど、この国の状況は著しく悪いことが今の発言から読み取れてしまった。

 冗談ではない。それがアキラの回答だった。

 訳も分からぬまま戦いに巻き込まれ、国の生存を賭した戦いに駆り出させられようとしている。それを、わかりました、と易々と了承する人間は世の中には存在しない。

 見返り合ってこそ、人間と仕事は対等となれる。

 彼はまだ、アキラに見返りについて話していない。


「貴殿の言いたいことはわかる。しかし、今ここを落とされてしまっては他国……いや、全人類が死に瀕してしまう!」

「それは俺には何の関係もない話でしょう?」

「然り、確かに異なる世界からの来訪者である貴殿にしてみれば、迷惑極まりないことだろう」

「なっ……⁉」

 異世界からやってきた人間と、この男は一瞬にして見抜いた。何故見抜くことができたのか、と彼が尋ねるよりも早く、王の口からはそれに対する返答が出された。

「まずは我が国……いや、この世界の状況について説明するとしよう」

「…………」


 ゆっくりと玉座に腰を下ろしたファラス王が静かに語り始める。


「今から十数年以上も昔、その侵略者は突然天空(そら)より現れた。空を飛ぶ無数の円盤が地上へと降り立つと、奴らは……スファギヴォロスは次々と民草を侵虐殺していった。むろん、我々とて黙って見過ごすわけにはいかない、だが……」

「まったく歯が立たなかった、と……」


 無言の首肯で返す王。


「……恥ずかしい話だ。抵抗するために魔物達とも同盟を結び挑んだというのに、出るのは犠牲ばかり。かつては大陸一とまで謳われたオルトリンデも、今や壊滅状態にある」

「なるほど……」


 どうして人間の魔物が共存しているのか、その謎が解けた。本来であれば殺し合う関係にいるはずが、彼らの結束力を高めている。喜ばしいことなのかもしれない、だがその切っ掛けを作ったのが侵略者だとは皮肉なものだ。


(それにしても、まさか宇宙人が相手とはな……)


 別段、これは不思議な話ではない。

 彼がいる時代でもUFOを始めとする未確認飛行物体や、未確認生物――UMAの存在は各国で度々目撃されていた。

 今回は、それと同じことが起きているだけ。唯一の違いは、好戦的な種族にこの世界が目を付けられてしまったことだ。

 だが、わからない。彼らは何故、敗北したのか。

 この国……世界には魔法が実在する。

 魔法、その定義は人類が現代技術をもってしても実現できない事象。奇跡とも称される術が、そう呆気なく敗れるものなのだろうか? 彼はそれが信じられずにいた。


「我々には確かに魔法がある。だが近年においては、その魔法を扱える者が限りなく少なくなってきておる」

「それは何故?」

「詳しい理由まではわからぬ。だが、我の遥か先祖の時代には、それは偉大かつ強大な力を有した魔法使いがいたそうだ。大地を割り、稲妻を呼び、炎の嵐を発生させる……今はそれほどの強大な魔法を扱える者は一人もおらぬだよ」

「…………」

「だが! 我々とてただ黙ってやられているわけではない! 我々は魔法に代わる新たな力を手に入れたのだ」

「それが、銃……か」

「左様。奴らの武器を詳しく調べ、持てるすべての技術を総動員させてついに作り上げた、魔法に代わる究極の武器……それこそがグラディウス。我ら人類にとって新たな刃だ!」

「グラディウス……」

「……さて、先も言ったように貴殿にはどうかその力を貸してほしい。むろん、ただとは言わぬ。貴殿が望むのであれば、できる限りの支援もするし、事を成してくれた暁には追加で報酬も支払う」

「……どうして俺にそこまで? 確かに戦いの心得はそれなりにはある、が俺はあくまでもただの人間だ」


 だからこそ、彼は問わねばならなかった。

 この世界における知識はおろか、経験すらも皆無である人間のどこに、彼らの期待を集めるだけの魅力があるのか、アキラは自分ではわからなかった。


「我が国には古い伝承が残されているのだよ――天空より残虐なる支配者が下りたもう時、世界は炎によって地獄へと変ずる。されど遥か時空の彼方より、黒鉄の使者が地上を再び光へと導かん……と」

「それが、俺だと?」

「……おい」


 扉が開き、一人の兵士が入ってくる。

 その手には長方形の木箱が大事そうに抱えられていた。兵士は彼の前で跪くと、その蓋をぞっと外した。


「……これは?」


 何であるかは、わざわざ尋ねる必要はない。

 中にあったのは一丁の拳銃だ、回転式拳銃(リボルバー)……弾倉は五連式、50口径で形状的にはトーラス社のレイジングブルに近い。本家にはない彫刻(エングレーヴ)白金(プラチナ)の輝きが芸術品としての一面も醸し出している。


(まるで日本刀だな……)


 これが単なる豪勢な銃でないことは、彼も理解している。肝心なのは詳細だ。ただの拳銃であれば、厳重に施錠されていることもなのだから。


「それの名はティフレト――邪竜ティフレトの骨を用いて作られた剣をグラディウスとしたものだ。かつて剣であった頃は、そのあまりにも鋭い切れ味であるが故に一振りすれば、すべてを切り裂く真空刃を発生させたという」

「……そんなすごいものを、どうして俺に?」

「貴殿よ、そのグラディウスを撃ってみてはくれぬか?」

「えっ?」


 正直なところ、彼は一度撃ってみたいと思っていた。

 どこの世界にも存在しない、ファンタジー要素がふんだんに詰め込まれているこの銃の性能を試してみたくて仕方がなかった。

 こと大型口径には、彼の師も愛用し、それに影響を受けてアキラも使用している。既存の大型口径と比べて、この銃は如何なものか。ずしりと伝わる重さに、アキラは小さく不敵な笑みを浮かべた。

 ティフレトを構える。今回の標的として定めた燭台に向けて、ゆっくりと、静かにトリガーを引いた。


 ――それはさながら、雷鳴が轟いたかのよう。


 耳を(つんざ)く銃声が玉座の間に反響する。燭台は、どこにもない。先の一撃で跡形もなく吹き飛んでしまった。その後ろにある壁さえも破壊する、恐ろしい威力にはアキラは苦痛に歪めた表情をもって応えた。

 ……今までに感じたことのない衝撃だった。

 たったの一発で骨がぎしりと軋み、筋肉に酷い痺れが帯びた。S&WM500よりも遥かに超える衝撃を誇る火力だ、連発はまず不可能。できなくはないが、その時アキラは自らの腕が使い物をならなくなるのを覚悟せねばならない。

 また、しっかりと踏ん張らなければ吹っ飛びそうになった。

 文字通り化物銃を前に、


「……凄すぎるだろう」


 実に安直で語彙力のない言葉しか出てこなかった。


「やはりな」

「え?」

「そのグラディウスは今まで誰一人として扱えない代物だったのだ。破壊力は見ての通り、威力だけで言えばどのグラディスよりも群を抜いていよう――が、裏を返せば圧倒的な衝撃に耐え切れる人間がいないということでもある」

「……だろうな」

「今までそのグラディウスを扱った者は、たったの一発で腕の骨を粉砕し再起不能となった。貴殿はその化物を見事に操ってみせた、それこそが我々が貴殿に望みを託す理由に他らなないのだ」

「…………」

「改めて、貴殿に頼みたい。どうかその力、我々に貸してはくれまいか?」


 一呼吸の間を置いて、アキラは口を開く。


「――報酬は?」

「む?」

「俺は元の世界じゃフリーランスの何でも屋をやってるんだ、だから金とか物資とか、あらゆる面でサポートをしてくれるのなら、取引に応じる」


 この未知なる異世界で一人で生きていける、などと宣うほど彼は愚かな男ではない。物資の確保が確実に行えるのが現状ここだけであるのなら、なんとかして取り繕わなくてはいけない。

 その点に関しては、幸いにも依頼者から話を持ち掛けてくている。これに乗らない手はない。乗らなくては、きっと生きて元の世界に帰れない。アキラはそう判断した。


「そうか! 心から感謝する……異界の来訪者よ」

「……正当な報酬さえ支払ってくれるのならどんな仕事でも引き受ける。それが何でも屋だからな」

「今日はもう遅い。明日、また詳しく貴殿に情報を伝えるとしよう。誰か、この者を部屋まで案内してくれ」


 ――兵士に案内された部屋は、ある意味では予想通りだったと言える。


 ベッドと机が置かれているだけの、とても殺風景な一室。当然ながら冷暖房などの類は一切ない。まるで監獄のようだ、そんな感想を胸に彼はベッドへと身を投げる。

 見た目とは裏腹に軟からな感触だけが、せめてもの救いだった。


「疲れたな……」


 目を閉じれば急速に眠気が襲ってくる。

 今日だけで色々なことがありすぎた。脳は未だ混乱の中にいて、いつもの正常さを完璧に取り戻せていない。

 こんな時は、寝てしまうのに限る。朝日がくれば、幾分か脳も落ち着きを取り戻してると信じて、アキラはそのまま意識を手放した。

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