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心なき人形達は銃を手に、そして恋を知る  作者: 龍威ユウ
第一章:現代の神隠し
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第3話:パラレルワールド

 アキラ――彼を呼ぶその声を聞いたのは、実に久しい。

 十数年前、借金のカタに実の両親に売られてしまった少年。殺人はもちろん、銃さえも無縁であった小さな子供が出会ったのは、何でも屋を営む女。単なる偶然か、あるいは運命だったのか、斯くして出会ってしまった二人が紡いだ記憶(ものがたり)が、彼の目の前で鮮明に再生されていく。

 これは、夢だ。とても懐かしくて、悲しい夢。

 数年という月日を経て、何故今になって彼女の夢を見ているのか。アキラはわからない、わからないが、これが夢であるとわかったのなら、彼は目覚めなくてはいけない。


 じゃあな、とアキラは女に言った。

 女も、うん……またね、と小さく手を振り返した。


 後ろ髪が引かれる気持ちを理性で押し殺して、アキラは歩き出す。

 進むべき道など最初からどこにもない。あるのは広大な真っ白な砂漠のみ。地平線が見えるこの無機質な世界のどこを目覚めばよいのか、皆目見当もつかない。

 けれども、多分これでいいのだとアキラは思った。終わりがあるのかどうかさえもわからない白い砂漠を、前へ、前へと足を進める――


「…………」


 ――目を開けると、上質な天鵞絨(びろうど)の布地を敷き詰めたかのような夜空が広がっていた。


 そこに散りばめられた星々は美しく煌めいていて、一際目立って輝く満月は、冷たくも神々しい。まるで宝石箱の中を覗いているような、そんな気持ちを見る者に感動を与えるほどきれいな夜空だった。


「――で、ここはどこだ?」


 夜空の美しさとは裏腹に、彼が現在進行形で横たわっている場所はお世辞にも美しいとは言えない。

 荒らされた家具、剥き出しになった鉄骨、隙間風を絶え間なく取り込む大きな穴……人が住んでいる気配がないことから、彼がここを廃墟と察するのにそう時間はかからなかった。

 問題は、どうしてそんな場所にいるのか。

 ……一応、前後の記憶は保有してある。【夢幻の如き遊戯場】――あそこで何かが自身の身に起きた。詳細までは現段階では到達できそうにもないが、大まかな原因がわかっているだけでも、これは彼にとって大きな優位性(アドバンテージ)になる。

 やるべきことは決まった。ならばまずは、この鬱蒼とした廃墟から早急に立ち去るべきであろう。

 人が住むには適していないし、離れてから随分と時が経過しているのは周囲の状況から簡単に読み取れる。

 もっとも、長期で住む場合だったら、の話だが。

 誰かがつい最近までここを利用していた形跡があった。敵か、味方か、判断するにはあまりにも材料が少なすぎるが、信頼しないに越したことはない。

 アキラの手持ちは愛用のP228が二丁――裏業界では有名なガンスミスによるカスタムモデル。後は携帯電話、財布、偽装パスポートなどなど。幸いにも貴重品の類は無事だったことに、安堵の息をもらす。

 愛銃を手に、アキラはその場から離れた。

 ここがどこかを把握するべく外へと出る。


「――」


 ――冬のように冷たい一陣の風が吹き抜けるそこは、正しくゴーストタウンと呼ぶに相応しかった。


 核戦争後を彷彿とさせる惨状に彼が唖然とするのも無理はない。人の気配は当然ながら皆無で、とてもではないが生きている方が天文学的な確率に等しい。


「――ゾンビでも出てきそうな気配だな」


 かつて、何気なしに見た映画とあまりにも同じような光景だったから、ついそんなことを思ってしまう。もっとも、その物語の主人公はゾンビに喰われて死を迎えるという、なんとも後味の悪い結末だった。


(俺は……絶対に死なない)


 主人公は最後の最後で、躊躇った。ゾンビと化した恋人にトリガーを引けなかった、その甘さがあの最期(エンディング)をもたらした。

 創作(フィクション)なのだから――確かに、そう言われてしまっては彼も反論する余地はない。

 しかし、ここは現実世界だ。頭や心臓を撃たれたら本当に死ぬ。

 絶対に生き延びてやる。その意思を胸に、アキラは不気味なほど静寂に包まれているゴーストタウンを歩いた。


 ――自分の足音だけが、町に奏でられる。


 これまでに建物を除いてみたが、案の定生きている人間には遭遇することは叶わなかった。

 あるのは、物言わなくなった白骨死体のみ。

 彼らの死体を調べていて、いくつかの有益な情報が手に入った。それらが未だに信じられなくて、まだ夢を見ているのではないかと疑っている自分がいる。


「……ここはどこなんだ?」


 日本でもなければ他国でもない――いや、そもそも地球という惑星でさえもなかった。これに驚かない方がどうかしている、そういう意味では彼の反応は極めて正常と言えよう。

 世界地図を思わしきそれには、彼が知る国が一つとして存在していなかった。正確には、酷似こそしているものの、名前も位置も、何もかもが異なっていたのだ。

 かつて、こんな記事を読んだことがある。

 時は1954年、羽田空港に一人の白人男性がやってきた。ビジネス目的でやってきたというその男は存在しない国のパスポートを所持していたり、証言があまりにも支離滅裂で、一先ずホテルに宿泊させたところ翌朝には姿を消していたという。

 パラレルワールド……似て異なる世界からやってきたのではないか、と噂されているその男と同じように、自分はパラレルワールドへ迷い込んだのではないか?

 だとすると、辻褄があう。認めることは不本意ではあるが、わかっているだけの情報から考察しても、アキラはこの仮説が間違っていないという自信があった。


「そんな馬鹿な……こんなこと、ありえるのか」


 乾いた笑いが自然ともれてしまう。

 理解はできても、まだこの現実を彼は受け入れられずにいた。


「……どうするかな」


 元の世界へ帰る、当面はこれを念頭に動くこととなる。だが、絶対というわけでもなかった。元の世界に執着するだけの未練がない彼には、もう一つの選択肢がここで浮上する。

 ……その答えを選ぶには、まだまだ早計だが。


「さてと……」


 結局夕食を食べれなかったアキラの腹の虫は、それはもうご立腹だった。一先ず散策している間に、いくつか食べられそうな物を見つけた。保存状態もよく、量もある。味の方は……下の上、といったところ。背に腹は代えられない。


「ふぅ……」


 ようやく胃が満たされた彼は一息ついた。


 ――タイミングを見計らったかの如く、けたたましい咆哮が静寂を斬り裂いた。


 咄嗟に身を潜めて、アキラは外の様子を窺う。


「今のはなんだったんだ……⁉」


 明らかに人間のものでもなければ、獣の類でもなかった。聞いたことさえない咆哮は、耳にしただけで不快感をもたらす。

 正体がわからない、が人の話が通じるような相手でないことは明白だ。既に安全装置(セーフティ)は解除してある。交戦するか否かは現場の状況次第だが、先手は打たせない。

 程なくして、声の主がその姿を彼の元に晒した。


「なっ……」


 アキラは開いた口が塞がらなかった。もう何度目の驚愕になるのかさえもわからない。

 かつては数多の人が行き交っていたであろう大通りを、我が物顔で歩いているそれは、彼の知識にあるどの動物にも該当されない。

 強いて、何かに無理矢理例えるのだとすれば、犬……が妥当だろう。もっとも犬には角も生えていなければ、銃火器の類で武装されてもいないが。

 本物の怪物が、目の前にいる。

 あれは手を出すべきではない。アキラは、怪物が通りすぎるのを待った。敵の戦力が未知数である上に、怪物と戦ったことなど一度としてない。こんなにも予想ができない相手に安易に手を出すのは得策ではない。

 弾薬も命も、無限ではないのだから。

 距離にしておよそ6メートル弱。どちらにとっても、この距離は間合いだ。確実に眉間に当てられるが、彼は手を出さない。息を潜め、ただやり過ごせることを切に祈る。

 怪物がとうとう、アキラがいる場所を通過した。


(いいぞ、そのまま立ち去れ!)


 彼の念が通じたか否かはさておき。怪物はそのまま素通りしていく。戦わずに済んでよかった、安堵の息をもらしてしまった――一陣の風が吹いた。


 ――犬の嗅覚は人間よりも遥かに優れていて、その感度は数千倍から一億とも言われている。


 風向きは順風、即ちアキラの臭いは自然と怪物の元へと運ばれる。

 怪物がぐるりと顔を動かした。血のように赤々と輝く眼と、黒光りする銃口が向けられる先には、彼がいる。


(気付かれた!)


 咄嗟に飛び出した。わずかに遅れて、けたたましい銃声が何度もゴーストタウンに反響する。彼がつい一秒前までいた場所に無数の銃痕が刻まれる。後少しでも反応が遅れていればどうなっていたか――少なくとも、ハチの巣は免れなかったろう。


「くそっ……!」


 二つの銃口を標的に合わせて、トリガーを素早く退く。あれにたかが9mmパラベラム弾が通用するか否かは、とりあえず後回しにして、彼はありったけの弾薬を注ぎ込む気概で怪物に挑んだ。

 絶え間なく銃声が静寂を切り裂き、マズルフラッシュが闇を照らし出す。


 ――全弾命中。すべて頭部を捉えている。


 怪物は彼が思っていたよりも呆気なくその場で崩れ落ちた。

 一先ず難は去った。周囲の警戒を怠ることなく、アキラはその怪物へとゆっくりと歩を進める。


「なんなんだ、こいつは……」


 改めて見ても、それは怪物と呼ぶ以外に相応しい言葉が見つからない。漫画で、機械と組み合わせた兵器が搭乗していたが、この怪物は正しくそれに酷似している。

 銃も見たことのない代物だった。どのメーカーでもない、どんな素材、技術を用いられているかさえも彼の知識では解析できなかった。

 すべてが謎であるこの怪物を前に、アキラはどうすることもできず、ただ困惑したまま佇むことしかできなかった。


「……ッ!」


 すぐそこまで迫って来ていた新たな脅威に、アキラは顔を強張らせた。

 怪物は一匹ではなかった。どうやら今倒したのは偵察を担っていたらしい。生きている人間か隠れていないか、この怪物は死してその任を遂行していたのだ。

 同型が四方から姿を現す。数も多い、一体多数――いくら数多くの修羅場を潜り抜けてきたとは言え、これほどの危機的状況は彼も未知の領域に等しい。


(これは、さすがに無理だな……)


 状況があまりにも悪すぎる。勝てる見込みがある戦い方をしろ、と言われたが、かつて師と仰いだ者から教えられたのはあくまで対人用のもの。怪物相手にどう立ち回ればよいとは、一度も習っていない。

 つまりは、詰み。アキラという男の人生は、このパラレルワールドにて終わりを迎える。


「だが、ただでは死なん!」


 一匹でも多く道連れにする。アキラはP228を構えた。


 ――銃声が鳴り響いた。怪物が装備しているものではない。


「その人は殺させません……!」


 一人の少女が建物の屋上より姿を現した。

 三つ編みにした栗色の長髪を揺らし、アサルトライフルで怪物を一掃する少女の乱入によって、戦況に大きな混乱が生じた。

 彼にとってこの混乱は好機である。少なくとも彼女が敵に回る心配は今はしなくてもよい、ならば協力することこそ、この場ではもっとも正しい選択である。

 黒鉄の二重奏(デュエット)が戦場を彩る。

 観客は二人の演奏者に断末魔という最高のエールを送り、場をより一層盛り上げる。

 演奏時間はたった十秒程度。銃声が止み、大地は空薬莢と肉塊と血によって彩られた頃――すべてが終わった。


「――――」


 また生き残れるとは思ってもいなかった。

 彼女が何者であるかは、この際どうでもよかった。あの場に現れてくれなければ、今頃肉塊になっていたのは間違いなく己だった。

 礼の一つでもしなければ罰が当たる。彼が謝礼を述べようと彼女の方を見やると――その顔はたちまちしかめられた。


「――えぇ、民間人と思わしき人を発見しました。はい、彼の加勢も合って無事に……わかりました、すぐに帰還します――すいません、今から私と一緒に同行してもらえませんか?」

「……して」

「え?」

「どうしてお前がっ……!」


 少女が酷く狼狽する。無理もない、助けたばかりの相手からよもや銃口を向けられるとは、この娘も思ってもいなかったろう。恩を仇で返す――そのようにしか周囲からは受け取れない状況でも、彼には彼女を警戒する理由ができてしまった。

 一度見たモノは忘れない、ましてやつい最近の記憶(もの)であれば猶更のこと。先程は戦闘でこの娘に気を掛けていられなかったが、今は違う。

 忘れるはずがない。


「答えろ! お前は……いや、お前達は何者だ⁉ ここはどこだ、俺はどうしてこんな場所にいるんだ⁉」


 アキラの目の前にいるのは、あの【夢幻の如き遊戯場】の展示室にて飾られていた――【鋼鉄の銃戦姫(ヴァルキュリア)】の主人公(ビスクドール)だったのだから。

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