第14話:ゲートキーパー
生い茂る緑は、戦いを忘れさせてくれる。
それほどこの森には穏やかな空気が流れていた。
硝煙がない、銃声もしない。さらさらと流れる小川のせせらぎ、鳥達の囀りが自然の協奏曲となって、この森へと訪れた者に癒しを与える。
……それもすぐに終わってしまった。
かつてはここも、楽園の一部であっただろう。草木は五本たりとも生えておらず、大地はどこまでも荒れ果てている。所々に残されたクレーターは、恐らくは敵からの爆撃を受けたのだろうと察した彼は、ぽつんと寂しく残された建造物に目をやった。
原型が残されている……それは奇跡に等しい。
そして地下へと続いている階段こそが、少年から聞いた修練場に違いない。P288と松明を手に、アキラは慎重に石段を下りていく。
――かつん、かつん、かつん
彼是、どれほど時間が経過しただろうか。
彼の体感時間では十分ほど。これが真であれば、未だ出口が見えてこない長さにアキラはげんなりとした表情を浮かべた。
松明という小さな灯りだけでは、奥の闇は払えない。
かと言ってフラッシュライトのような装備品はまだ開発段階であるらしいので、現状これが最大の照明なのだ。ないものを強請ったところで始まらない。我慢して、アキラは奥へととただ無心に足を進めていく。
(本当に子供がいるのか?)
そんな疑問がふと、アキラの脳裏によぎった。
地下へと一直線に伸びている階段は長い上に暗い。出口にたどり着けないから、いつしかこの階段は無限に続いているのではないか、一度入れば最後……二度と出られないのではないか、という恐怖心が心に芽生えてくる。
……これさえも、修練の一つなのかもしれない。
恐怖心に打ち勝てず途中で引き返そうものなら、その者は騎士としての称号を返上するべきだ。いざ戦いの際に敵前逃亡をされては勝率はもちろん、味方の指揮にも多大な悪影響を及ぼすのは容易に想像できる。
なればこそ、子供がたった一人で進んでいったことがアキラは信じられなかった。
ともあれ、アキラは進んでいくしかない。
――深淵を抜けた先には絶景が出迎えてくれた。
「――――」
開いた口が塞がらない。目は驚愕で見開いたまま。
ようやく見えた光を通れば、まずは巨大な空洞がアキラを驚かせた。人の手が一切施されていない、自然の力だけでできあがった巨大な地下空洞、その広さは東京ドーム数個分に値する。
陽光が差し込まないはずの地下を真昼のように明るくしているのは、至る所にびっしりと生えている苔が原因だった。ほのかで優しい輝きは、闇と勇敢に戦った者の心に安らぎをもたらしてくれる。
そして何よりも彼の目を惹かせたのは、すっぽりと収まるようにして設けられた巨大な城であろう。もう何年、何十年と……誰の目にも触れられず、忘れ去られてしまった古城こそが、件の修練場と見て違いない。
「――、本当にファンタジー世界に来ているんだな俺は……」
アキラは修練場へと向かって足を進める。
修練場へ行くためには、唯一の手段である長い石橋を渡るしかない。
……相当な高さがある。
下を覗けばごうごうと地下水脈が流れている。そこまでの距離はおよそ百メートル前後。ビル三十階建て分に相当する高さからもしも落ちれば、即死は免れない。
子供が落ちてないことを祈りつつ、更に進んでいく。
橋の中心部に差し掛かろうとした、その時。
「――、ッ!」
標的を視界へと納めたアキラはP228を構える。
しばらく様子を窺っていたが、対象に動く気配が見られない。恐る恐る近寄ってみてはじめて、自分の誤認であると彼は気付いた。
円形状かつ異様なほど広く設けられた中心に、一体の銅像が祭られていた。ただ、そのデザインがあまりにも禍々しかったから、アキラはモンスターだと思ってしまったのである。
……これも、修練の一つなのかもしれない。
さながら門番として鎮座しているのは、戦車に乗った一人の騎士だった。彼が携えている手綱の先、二体の獣また異形であった。剣山のように鋭い体毛に覆われている四足歩行の怪物は、今にも生命の息吹を感じそうだ。
「……この修練場のシンボルか? だとしたらもっといいデザインがあっただろうに」
騎士像を横切る。
――そこにあってはならないものを見つけてしまった。
「ッ‼」
アキラは騎士像から大きく飛び退くと、P228を再び構えた。銅像なのだから動くはずがない……普通に考えれば正しくそのとおりだ。反論する余地も、しようとする気さえも起こらないほどの愚問だ。
……ただの石像であったのなら、の話だが。
既にここにも魔の手が迫っていた。だが、ここには彼らからの侵攻を良しとしない者がいた。彼らはその存在に気付かなかった。
銅像が突然襲ってきたのだ。さぞかし彼らも驚愕したに違いない。 アキラがそれに気付けたのは、奇跡的にスファギヴォロスの死体があったからだった。
横一文字に切り裂かれた傷は、紛れもなく騎士が手にした長剣によるもの。よくよく見やれば、切先が赤黒く汚れている。
「ゴーレム……!」
アキラの声に呼応するかのように、無機質だった騎士像に生命が宿り始める。獣達が吐息をもらし、悪臭が鼻腔をつんと刺激したと同時に、
「■■■■■■――!!」
騎士もまた獣に劣らずの咆哮を上げて、手綱を打った。