第12話:造られし者
……薄暗い空間に機械の駆動音が虚しく響く。
培養液に満たされたポッドがいくつも並び、如何にも悪の科学者が非合法な実験を行っている……そんな雰囲気を匂わせている中を、彼はたった一つのポッドを眺めていた。
培養液の中で眠るカルナーザ。これが唯一の治療法なのだ、と言われたものだから、アキラは未だ信じ難く、理解が及ばない原理に一人頭を悩ませる。
されど、素人である自分がどうこう言える権限は皆無であるので、すべてパラケラススに委ねる他ない。
「…………」
鉱山都市を後からやってきた兵士に任せたアキラは、すぐにカルナーザを連れて城へと帰還した。
人間の治療であれば、彼もこの手の仕事を担っているのだ。それ相応の心得と技術はある。カルナーザには、その技術が一切通用しない。機械の肉体を持った人間の治療ができるはずもない。となれば、必然的に頼れるのは彼女の生みの親たる、パラケラススしかいなかった。
「……カルナーザ」
その呟きに、ポッドで眠る彼女が応えることはなかった。
……あの時こうしていれば。それは人間が持つ悪癖だ。
人間という生き物は、結果が出てはじめて事の重大さを理解する。そして意味もなく、Ifを考えて悔やむのだ。日本では後悔先に立たず、という諺として知られている。
……最後まで周囲を警戒していれば、カルナーザが犠牲になることはなかった。それは紛れもない事実であり、否定しようのない己の過失であるとアキラは受け入れる。
幸いにも犠牲者は出なかった――が、納得ができる結果とはお世辞にも言えない。
「すまない……俺の所為だ」
懺悔の言葉を、彼は眠る少女の前で捧げた。ここで口にしても、この言葉には何の価値もない。そうとアキラはわかってはいたが、どうしても言わずにはいられなかった。
「――、安心したまえ」
「ドクター……」
「幸い、負傷したのは腕だけだ。予備のパーツならいくらでもある」
「……ドクター、アンタに聞きたいことがある。カルナーザは……彼女が言っていた人型決戦兵器っていうのはなんなんだ?」
「ふむ……そうか、君はまだ知らないのか。いやいい、君は異世界の人間だ、知らなくて当然だ――いいだろう! この私が生み出した偉大なる発明について特別に、君に説明するとしよう!」
――科学者とは、どうも自分の研究を自慢できるとなると嬉しいらしい。
創作物では割かし、ありきたりな設定として描かれることがあるが、現実でもそうらしい。物を作っている者、すべてに共通しているかもしれない。そんなアキラの心情を知る由もないパラケラススは、意気揚々と語り始める。
「……切っ掛けはもちろん、あの侵略者共……スファギヴォロスが現れてからだった――」
――かつて栄えていた魔法は衰退してしまった。
年々増加する魔力減少……遥か古の時代、それこそ人魔聖戦が行われていた時代であれば、きっと侵略者にも負けなかっただろうと誰しもが口々にした。
圧倒的な力を、それよりも更に超える力が必要となる。人類は魔法にはその期待はもう寄せられなかった。
だが、完全に希望が廃れたわけではなかった。
偉大なる先人達が築き、未来へと沢山とした大いなる力。聖なるもの、魔なるもの……歴戦の勇者達と数多の伝説を築き上げてきた聖剣、魔剣こそが侵略者に対抗しうる唯一の武器なのだ。
「――、強力な力を有するかの剣であれば、あの侵略者にも対抗できる……君が持つティフマトが、それを見事に証明してくれた」
「……確かに、こいつの破壊力は凄まじかった。俺の世界にも破壊力を備えた銃はたくさんあるが、その中でもこいつは特に群を抜いていたよ」
「それを生きたまま扱えるのだから、君も相当だがな……」
「……だが、わからないな。聖剣や魔剣……実際には凄い力を宿してるんだろう? それをわざわざ銃に改良したのは何故だ?」
アキラは、ここがわからなかった。
――聖剣、魔剣……これらの存在は数多くの伝説を作り上げたと共に、今も尚人々の心に大きな影響を与えている。
わかりやすい例を挙げるなら創作物だ。伝説を題材とした創作は世に数多く排出されていて、アキラもそれを愛する一人でもあった。
先人が残したものを、銃へと改造してしまうのは些か不敬ではなかろうか? このアキラの疑問に対してパラケラススは、ふむ……、と顎をくしゃりと撫でる。
「君の言いたいことはわかる――まず単純に言うなれば、敵の飛び道具は極めて強力だ。近付く前に撃たれたでは話にならないのだよ」
「……確かにな。どんな武器だろうと、当たらなければ意味がない」
「そのとおり――話を戻そう。聖剣や魔剣は確かに強力な力を持っている、がここでもまた問題が起きた」
「問題?」
「聖剣や魔剣……その多くの仕手に選ばれたのは、先人の血統を引く者、つまりは一族ということになる。しかし彼らもまた時を重ね、代々と受け継がれていく度についには……誰一人満足に力を発揮してやれることができなくなってしまった」
「なるほど……」
魔法使いが質量共に低下していっているのであれば、別段これは不思議な現象ではない。血統であるという肩書きだけでは宝の持ち腐れもいいところ、真に扱えてこそはじめて意味を成す。
だから銃へと改良したのだろう。狙いを定め、トリガーを引く……少なくとも二回の工程だけで倒せるのであれば、まだ使い道もある。
納得したアキラだったが、一方でパラケラススは、やれやれ、と言うかのように肩を竦める。明らかに他者を見下すその挙措に、彼は苛立ちを表情にして示した。
「あぁ、すまない。おおよそ君が考えていることがわかるが、生憎とそれは外れだ――あぁ、君は異世界の人間だからね、わからなくても無理はない」
馬鹿にしたつもりはないよ、と付け加えるパラケラススだったが、まるで信用できなかった。蔑視を向けるアキラに一切気に留める様子もなく、パラケラススは言葉を続けた。
「正確に言うなれば、聖剣らの力を開放することならできなくもない」
「え?」
「そう、力をただ引き出すだけであれば可能なのだよ。ただし、一回限りとなってしまうがね」
「……命を犠牲にするってことか」
「そのとおり。人間の命を犠牲にしなくては使えない聖剣など、使い物にならないのも同じ。だから作ったのさ……力に耐えうるだけの存在を」
「……まさか⁉」
……すべてを察してしまえたのは、創作に関する知識があったからだろうか。
パラケラススの言葉の真意に気付いた時、アキラはポッドで眠るカルナーザに眼をやった。
「――、血族の末裔から採取した血液や体液、魔族が持つ生体兵器の技術、そして私が持つ錬金術、これらを複合させて人の姿をしつつ自律した思考を持ち、超人的な力を発揮する新たな人形……戦銃姫を完成させたのだよ!」
「…………」
「……おや、あんまり驚かないようだね」
「……似たようのは見たことがある」
創作の中だけでな、と付け加えるアキラはパラケラススを見ることはなかった。
人の手によって造られた存在。ただこの戦争を終結させるためだけに、戦うことを強いられたから感情を持たされなかった。
非人道的ではある、が合理的でもある。たった一つの目的を果たすのに感情は不必要な要素だ。自分が仮にやられたとしても、また次の戦銃姫が、グラディウスの適合者が引き継いでくれる。消耗品で代替が利く……それこそが彼女達であるのだから――と、非情に徹すれば何の感慨もなかっただろうが。
「……しかし、カルナーザはまだ生きていたか」
「……何?」
「カルナーザは確かにアモルティアの適合者だ。それはまず間違いではない、がその力を未だ発揮できずにいる……出来損ないもいいところだ。ただグラディスを使うだけならば、そこら辺の兵士だってできる。アモルティアの適性を持つ戦銃姫が一人しかいないから置いているものの――」
「――、それ以上喋るのはよしてもらおうか」
P228の銃口を向ける彼は、自身の出生とカルナーザとを重ね合わせていた。親に恵まれなかった、これが二人の共通点であるとわかったアキラは、パラケラススの言動が許せなかった。仮にも生みの親が娘に向けて発する言葉ではない。
「……落ち着きたまえよ。何をそんなに怒って――」
「カルナーザは落ちこぼれなんかじゃない。それは一緒に戦った俺が証言してやる。あいつが、カルナーザが例えアモルティアの力とやらを発揮できなかったとしても他でカバーすればいい」
「……随分とカルナーザに入れ込んでいるじゃないか」
「……とにかく、カルナーザの治療をちゃんとしてくれ。俺が言いたいのはそれだけだ」
銃口を外し、アキラは研究室を後にする。
騒ぎを聞きつけてやってきた戦銃姫は、親の危機に対しても然るべき感情を顔に出さない。正しく、人形と呼ぶに相応しい彼女達に彼は強い嫌悪感を憶えずにはいられなかった。