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第11話:赤く染まろうとも少女は銃を取る

 ――辺りに硝煙と血の香りが漂う。


 不快感極まりないこの空間において動く者は、たったの二名のみ。


「……嫌な臭いだな」


 彼らの血も赤いというのに、臭いにおいては格段に異なる。鼻呼吸をすれば強い吐き気に見舞われるほど強烈な激臭に、今後はガスマスクを所持していくことを一人静かに、彼は決意した。

 その中でも特に信じられないのは、


「――はい、お父様。鉱山都市ファルマンデの奪還および敵勢力の殲滅を無事終わりました。すぐに人員の派遣をお願いします」

「……お前、この臭い平気なのか?」

「臭いですか?」

「あぁ……ここまできついのは、シュールストレミングを間近で書いた時以来だぞ」

「はい、特には問題ありません」

「マジかよ……」


 やはり感情一つ表そうとしないカルナーザに、アキラは驚愕に目を見開いた。

 それはさておき。


「――カルナーザ、援護助かったよ。完璧だった」

「私は当然のことをしたまでです。別にお礼を言われるようなことでは――」

「人の称賛や行為は、素直に受け取っておけ――これからも恐らく、一緒に仕事をすることになっていくだろう。その時は、またよろしく頼む」

「あ……」


 それをしたのは、なんとなく、なんて実に曖昧(あいまい)すぎる理由からだった。自分よりも年下で子供だから、彼はついやってしまったのかもしれないとふと思う。

 指の間をさらりと流れていく髪の触感が、なんとも心地良い。よく手入れされていることが(うかが)えるし、いつまで触っていても飽きがやってこない。


 アキラがカルナーザの頭を撫でていると、


「あの……もういいですか?」

「ん? あぁ、悪かったな」


 本人に咎められて手を離した時、少女の頬がほんのりと赤らんでいた。

 程なくして武装した兵士達が駆けつけてきた。

 やってきた者達の反応は、実に様々だった。驚愕する者、嘔吐する者、感嘆の息をもらしている者……。勝手にざわめいている彼らをアキラがぼんやりと眺めていると、


「す、すごい……さすが異世界からの救世主だ!」


 その兵士はとても人懐っこく、子犬のような印象があった。

 騒めきを破ったこの兵士の一言に、次々と兵士達の間で称賛の声が飛び交い始める。


「これなら俺達勝てる……勝てるぞ!」

「このまま奴らを根絶やしにしてやろうぜ!」

「救世主様がいれば怖い物なんてナシだぜ!」

「……少し待ってくれ。こいつは俺一人だけの成果じゃない」


 ……救世主などと大それたほど人間できていない、それは本人が一番よくわかっている。

 真の救世主ならば、銃など使わずに事態の収拾しているだろう。その救世主が過去に幾多の人命を奪ってきたとあっては、他の救世主に申し訳がない。

 アキラは救世主などではない――このことは後にファラス王から皆に伝えてもらうよう要望するとして、彼は何よりも兵士達にある認識の誤りを正さなくてはならなかった。


「まずお前達は勘違いをしているようだが、こいつらをやったのは俺だけの力じゃない。カルナーザの援護があってこそ成功したといっても過言じゃない」

「え?」

「で、でもこいつは人形なんですよ⁉ 戦うのが当然だし、死んだとしても――」

「……俺のことはいい、俺は依頼を受けているから仕事を遂行しているだけにすぎないからな。そこにはお前達のように愛国心や、正義感なんてものは一切ない。仕事に見合うだけの待遇と報酬さえあれば俺はどんな仕事でもやる……それだけだ」

「…………」

「だがあいつは……カルナーザは違う。あいつは自らの意志でこの国のために戦っている。本当に労うべきは彼女だ、俺じゃない」


 真実を告げた彼は、静かにその場を後にした。

 兵士達がどんな顔をしているか、そこに興味はない。背中に今も絶えず突き刺さっている視線からは、あいつは何を言っているんだ? とでも言いた気な、怪訝な視線ばかりだった。


(俺はそんなにも間違ったことを言ったのか?)


 わざわざ兵士達に問い質す気は、アキラもない。面倒であるし、知りたくもなかった。

 ……間違ったことは何一つ言っていない。

 カルナーザの功績は、一緒に一仕事を終えたアキラが一番よくわかっていた。

 彼女のサポートは完璧だった。

 寸分の狂いなく敵を射殺する腕前はむろん、敵の意識を上手くかく乱させる動き――どれを取っても完璧で、だからこそこの奪還戦が無事に完遂できたとアキラは思っていた。

 自分一人だけではまず不可能だった。だからこそ、カルナーザをまるで相手にせず蔑ろにしているような兵士達の態度が、彼は気に入らなかった。

 ましてや、一人の少女を人形などと表現したあの兵士には特にいい印象を持たない。


「――あいつは、人形なんかじゃなかった」


 表情がなければ、それは人間ではないのか?

 ロボットのようにしかないあの娘には確かに感情があった。それはたった一瞬のこと。それでもカルナーザはアキラにはじめて、自らに感情があることを教えてくれた。


「人形だったら、笑うこともないんだからな……」


 誰に言うわけでもなく、アキラは静かにそう呟いた。


「――、アキラさん!」


 突然、横から強い衝撃が加わった。

 あまりにも予想外な相手からだったので、彼は対応できずに地面をスライドする形で吹き飛ばされる。まさか味方であるはずのカルナーザが、その華奢で細腕からとは信じられないほどの力で突き飛ばされるとは……。

 アキラは、どうして彼女がそのような暴挙へと出たのか、この時はまだ理解できなかった。静寂を切り裂く一発の銃声によって、ようやく彼は敵襲を受けていると気付いたのである。

 ……まだ、生き残りがいたらしい。

 クソが、と己へと向けて呪うように叱責したアキラはすぐにP228をホルスターから抜いた。

 けたたましい銃声が辺りに反響する。

 音が鳴り止んだ後にアキラは銃口を向ける――が、ぐらり、と標的の方が先に崩れ落ちた。彼はまだトリガーを一度たりとも引いていない。つまり仕留めたのは必然的に一人に絞られる。


「ご無事ですかアキラさん」

「カルナーザ……すまない――」


 助かった、と紡がれるはずだった言葉は、アキラの口から出ることはなかった。彼の目には赤い液体に染められていく地面が映っている。その先を辿ってくと、出所が視界に飛び込んできた。

 カルナーザの左腕が、肘から先がなかった。


「カルナーザ! お前……その腕は……?」


 ――人間が奇異を感じるものは、“あるはずのものがない”、“ないはずのものがある”ことだという。


 カルナーザには、ないはずのものがあった。驚愕を隠し切れないアキラの目には、それがありありと映し出されていた。

 切断面から血を流すは幾多にも絡み合うチューブ、黒光りする人工的な骨格……彼女が人間でないと知らしめるには十分すぎる証拠だった。


「カルナーザ、お前は……いったい」

「――、私は戦銃姫(ヴァルキュリア)……お父様の手によって生み出された、人型決戦兵器(アサルトドール)ですから」


 表情を変えることなく、そうカルナーザは言った。 

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