第10話:gun parade
――愛用しているP228を両の手に握り締める。
コンパクトでありながらも装弾数が多いP228は信頼性の高さからFBIやDEA、警察などの法執行機関で多数採用されている。彼がこの銃を手にしたのは、最初に支給されたのがそうだったことと、何より自分の恩師がくれたものだから、他の銃にはない愛着心があった。
……トリガーを引く。
見張りをしていた人型スファギヴォロスの頭が吹き飛んだ。異形であれど頭部を潰されては絶命は免れない、改めて銃で倒せることに彼は安堵して、敵の前にその姿を披露した。
次々と敵が現れる。
今のは奇襲だったから成功はしたが、今度はそうはいくまい。敵が侵入しているとわかったのなら、標的を見定めた瞬間に彼らのトリガーは引かれるだろう。そこには躊躇いも慈悲もない。
……マニュアルに則るのであれば、当たらない位置からこちらの攻撃を当てる。
周囲に身を潜められるだけの遮蔽物はなし。無防備を曝け出しているアキラにはこの後、無数の弾薬の雨が降り注がれよう。
……けたたましい銃声が空に昇っていく。
「――、やれやれ」
鉛色の雨が降頻る中を、アキラは進んだ。表情を崩すことなく、どこまでも冷静かつ冷徹に、悪鬼共の奇叫を自らの銃声で黙らせていく。
「Ad! Nan ahne,gninon aio‼」
醜悪な顔にはっきりと焦燥感が滲み出る。彼らは今、自身が撃った銃弾が避けられている……フィクションではよくありがちな光景を目の当たりにしている。
超人ならばいざしらず、ここで二挺拳銃で次々と同胞を屠っているのは歴とした、ただの人間である。
あってはならない事態を巻き起こしている彼は、何も銃弾を見切っているのではない。結果としては確かにそのようになっているが、アキラは殺気を瞬時に読み取って、どの順番、誰が撃ってくるかを予測しているだけにすぎなかった。
攻撃的になると人は赤くなる――むろん、本当に赤くなるわけではない。全身より発せられる気が五感すべてを通してみると、そのように彼には映って視えるのだ。
――世の中には、マニュアルに則らない人間がいる。
映画の世界に憧れて真似をするような輩は、単なる愚か者としか言いようがない。線上に置いて必要なのは地道な鍛錬と経験、この二つが合わさってこそ初めて生き延びられる可能性を手に入れられるのだ。
……俗に言う天才は、この常識に縛られない。彼らは戦場という限定された条件下でのみ、その恐るべき才能を発揮する。敵にしてみれば、さぞ脅威でしかなく対峙したら最大の不幸となろう。
……相手よりも早くトリガーを引く。途切れることのない銃声とマルズフラッシュは、およそハンドガンとは思えぬほどの連射速度を誇る。
並大抵の銃であれば、こうはならない。アキラの連射に耐え切れず先に崩壊してしまうからだ。事実、彼はこれまでに数多くの銃を壊しては交換してきている。
精密射撃と連射速度……ガンスミスが手を施したからこそ、彼はこの二つの技術を完全なるものとした。
「――、敵も本気になってきたな」
拠点から敵がわらわらと飛び出してくる。その光景はさながら蜘蛛の子だ。彼らはここにきてようやく焦燥感と危機感を憶えたのである。そうなると次に来る攻撃が先程よりもより苛烈になるのは容易に想像でき、
「――、ちっ!」
それは嵐となってアキラに襲い掛かった。
リロードのために身を潜めた廃墟を破壊せんとする勢いで集中砲火を浴びせられた。
反撃をさせる気は更々ないらしく、かと言ってこのまま立てこもっていても建物の崩壊は免れない。どちらを選んでも、アキラに待っている結末は死以外ない。
……戦力が一人だけであったら、その結末はどう足掻いても覆せなかった。
「――援護射撃に入ります」
戦場に新たな銃声が奏でられる。
カルナーザの奇襲は敵の隊列に大きな乱れを生じさせるのに絶大な効果が発揮した。
集中砲火が止む、この機をアキラは見逃さない。
廃墟から飛び出して、トリガーを引き続ける。
前後による挟み撃ちが、敵を一掃していった。
……残す敵は一人。
「Aun nor inih suoyt a gne gnin ‼」
見上げるほどの巨体、異様に発達した筋肉は鎧のように分厚い。その強度は、9mmパラベラム弾を何発を肉の壁によって阻まれているのがいい証拠。
カルナーザのアサルトライフルで掠り傷がようやく傷付けられる程度。あれでは後何十、何百発撃ち込めばよいかわからない。
――両手に装着されたガトリングガンが唸りを上げた。先とは比べ物にならない物量が、すべてを破壊していく。
「――、こいつの出番だな」
ティフマトを抜くと、アキラは静かに構えた。
「こいつはさっきとは比べ物にならないぞ、化物」
雷鳴が轟く。壁さえも破壊するほどの威力だ、装甲並みの肉体であろうと例外にもれることはなかった。
トリガーを引き続ける。高速でシリンダーが回転、次装弾を次々と銃身まで運んでは撃鉄が忙しなく落とされる。
「――――、痛ッ……!」
弾倉にはまだ二発残されている。
……すべてを撃ち切れなかった。
腕が強烈に痺れ、骨がかつてないほどの軋みを上げると同時に、痛みがアキラにトリガーを引かせなかった。
三発……それがアキラの限界だった。
今後この痛みを警告として立ち回ればならない。
この怪物銃で十八番の連射を、アキラは固く禁じた。
――痛みが引いてきた。
腕にはまだわずかに痺れが残っているものの、次弾を撃てる状態には整った。
再び銃口を向ける――その間、彼は敵の反撃がやってこないのを疑問に思っていたが、その謎が解けると静かに硝煙が立ち上る銃口をふぅっ、と一息吐いた。新たにトリガーを引く必要は、もうない。
ここにあるのは物言わぬ死体のみ。
静寂が戦いの終わりを告げた。