第9話:開戦
――装備の再確認を行う。
弾薬、武器、防弾チョッキ……いずれも不備はなし。完璧に近しい状態で、アキラは再びあの町へと足を運んだ。
――鉱山都市ファルマンデ。
かつてこの町には、鉱山で人稼ぎしようする者達で多く賑わっていた。豊富に採掘される鉱石は武器に、家に、いろんな物に変えられて人々の生活を支えてきたが、それも昔の話。異形共の侵略によって、今や死の町で寂しく残されている。
……人の気配は言うまでもなく皆無。
静寂に支配されている町並みは、一度訪れたことがあるにも関わらず、得体の知れない不気味さを与えてきた。その中にこうして身を投じるだけだが、彼の足取りは立ち止まることなく前へ進んでいく。
「カルナーザ、既に聞いているだろうがもう一度確認しておきたい。俺達の目的はこの町の奪還と鉱山までのルートを確保すること、そしてここを占拠している大将を討つ……間違いないな?」
「そのとおりです。昨晩、私はお父様の命令で殲滅対象の監視をしていました。潜伏先は把握しています――こちらです」
――薄暗い路地裏を進む。
太陽はまだ高くあるというのに、建物が密集している所為で殆どその恩恵を受けられていない。だからこそ、潜入するにはもってこいとも言える。
彼のセオリーで行けば、日が高い内に攻めるのは本来であれば自殺行為だ。敵は当然警戒しているだろうし、日が高くある内は見つかりやすい。
故に攻めるべきは夜の方が効率がいい――いつも通りであればだが。
銃……この世界において最強に位置する武器はあれど、それ以外においてはまだまだ未発達すぎる。夜に忍び込むのであれば暗視ゴーグルなどが必須となってくるが、生憎とこの世界の文明レベルではまだ開発に至っていない。
昨晩は月明かりがあったからこそ、まだ行動に支障は出なかったが、真の深淵ではそうはいくまい。
相手の装備の質を見やれば、まだまだ負けている。
ネタは提供しておいた。今後必ず必要になることを見越して彼は自分がいた世界の装備をパラケラススに要望した。その発想はなかった、と子供のようにはしゃいでいる姿を思い出してしまって、無意識に頬の筋肉が釣り上がる。
あれは見ていてかわいらしい、なんてものではない。ただただ鬱陶しさだけがあった。
それはさておき。
カルナーザが待て、とハンドサインを送ってきた。
距離にしてわずか二メートル。すぐ目の前を敵が横切っていった。犬型ではない、完全なる人型のそれは映画で見るような異形そのもの。手にしている装備品も、断然あちらの方が上回っている。
「――もう大丈夫です」
「了解した」
見張りが去ったのを確認して前進する。
ちょうど身を潜めるのに適した岩に回り込むと、アキラはそこから周囲の状況を確かめた。
「……案の定ってところだな。かなり警備が厳しい。あの建物……なのか? 繭のような物の奥にここを支配しているボスがいるのか?」
「恐らくは。何度か調査していて、このルートが敵本陣を叩くのに一番適していると思いました。敵の兵力はおよそ三十前後……昨晩あなたと二人である程度は倒しましたが、補充されている可能性も十分に考えられます。そして内一体は強大な火力を有しています」
「上出来だよ。さてと、問題はここからどうするかだな――お前の装備は?」
「私のはこのグラディウス……アモルディアと副兵装のテウムです。そしてナイフが一本、後はこの爆弾が三つ」
「…………」
相手にしてみれば、たった三十程度で一国と争えるだけの自信があるのだろう。銃という文明を築き上げた彼らではあるが、まだまだ差は埋まらない。
それを二人でどうにかしろ、とさも平然と吐き捨てたパラケラススの神経を疑うが、雇われの身である彼は従うしかない。
――打開策があるとすれば、
「……こいつがカギとなる、か」
誰一人扱えなかった圧倒的破壊力を持つ銃に視線を落とす。装弾数の少なさと、リロードの手間がデメリットではあるものの、最大の戦力であることはまず間違いない。
よしっ、と呟いた時、彼の脳裏では瞬時に作戦が組み立てられた。この作戦はセオリーを大きく逸脱している。
理に適っていない、適っていないが、アキラだからこそ可能とも言うべき外法でもあった。
「……作戦会議だカルナーザ」
「了解しました」
「今回の作戦なんだが――」
――作戦を伝え終えた後のカルナーザは、
「――正気ですか?」
表情は変わっていないのに、その言葉には確かに感情が込められていた。
「そうでなきゃ、こんなことは言ったりしない」
「進言します。はっきり言って自殺行為です」
「普通に考えればな」
アキラの作戦が、どうもこの少女は不服であるらしい。しかしこれが最適であると彼は考えているので、どれだけ異が唱えられようとも曲げることはない。
作戦は、至ってシンプルなものだった。
アキラが敵陣へと切り込み、カルナーザが援護する。
自殺行為なのは明白だった。
こんなものは作戦でもなんでもない、ただの自殺行為でしかない。
日本にはかつて特攻隊が存在していた、彼らは自らの命を犠牲にして敵を殲滅せんとしたという。実際のところ、失われたのは尊き若い命ばかりだった。
それと同じことを、アキラは今からやろうとしている。敵の戦力は数も武力もあちらに軍配が上がっている、これを下げさせるには二人では到底不可能である。つまり、ここでアキラが命を投げ打ったとしても戦局を覆すことはできないのだ。
しかし。
「――わかりました。その役目、この私が引き受けます」
少女は攻撃的な意志を主張した。
「……どうしてそうなるんだ?」
「私は人形です。与えられた命令を忠実に遂行し、そして完遂させる。それが私にこのグラディウス……アモルディアを渡された戦銃姫の使命ですから」
「……お前、さっき自分が俺に対して言った言葉を憶えているか?」
「え?」
「俺の指揮下に入る……お前はそう言ったな。だったら現時点でお前は俺の命令に従う義務がある」
「ですが……」
「二度は言わないからよく聞け――お前は俺の援護に徹すること、そして……生き残ることだ」
「生き残る……?」
「そうだ。さっきから聞いていたらお前はどうも自分の命を軽んじすぎている――生きている内は不幸な目にも遭うし幸福なことも起こる。それは生きているすべてに与えられた特権であり責務だ。俺達のような奴にもそれがある。だから軽んずるな、自分が生きてよかったと思えるその時がくるまで生き続けろ」
「…………」
「……今のは俺の師匠を受け売りだ――とにかくだ、俺の命令には従ってもらう。いいな?」
「――了解しました」
「よし」
若干不服そうな声色だったが、従うのであれば問題はない。アキラはカルナーザの頭をくしゃりと撫でると早速、
「さてと……仕事の時間だ」
戦いの匂いを纏わせて戦場へと降り立った。