カナリアの聲
サラッとお読みください。※胸糞注意報
カナリア、大好きだった私の名前。今では聞きたくも無い名前。
私は美しい声を持ち産まれてきた。美しい両親はそんな私にカナリアと名付け、両親も周りも私の歌声を聞き入り褒めてくれた。私は美しい両親には似ず祖母譲りの茶色い髪に、緑色の瞳をした顔立ちも平凡な子だった。周りの令嬢や子息達は容姿を馬鹿にしてくるが、美しいと誰もが褒めてくれる声で私は大好きな歌を唄うと、皆んな聞き惚れて褒めてくれる。私の声は一番大事な宝物だった。
そんな私は第二王子殿下の婚約者に選ばれた。第二王子殿下のイワン様は陛下も手がつけられないほどの悪戯好きだった。私は婚約者だからとイワン様に城に来るように何度も呼ばれ、その度に容姿を馬鹿にされ、庭の池に落とされたり、大嫌いな虫を投げつけられ、足を引っ掛けられ転び、いつもボロボロだった。その度に陛下に謝られ、イワン様は幼くして皇后様を亡くし、皆が病弱な王太子殿下に構い、イワン様は寂しいのだと言われた。
そんなある日、私はまたイワン様に呼ばれ城へと向かい、護衛騎士に連れられ庭に通されると、イワン様が木の根元で座り込んで寝ていた。光に照らされた薄い金色の髪が揺れ、天使と見間違える程可愛らしい寝顔だった。
私は静かにイワン様の横に座ると、イワン様が小さな声で『お母様』と言ったのを私は聞いてしまった。私は複雑な気持ちを飲み込み、静かに、優しく包み込むように子守唄を歌う。私のお母様が私に歌ってくれるように。
するとイワン様の目から涙が流れ、ゆっくりと目を覚ます。隣で歌う私の声を暫くぼうっと聞いていたのだが、イワン様は立ち上がると同時に私を突き飛ばした。私はそのまま地面に突っ伏し土まみれになる。
「誰が俺の隣に座っていいと言った!!歌もだ!!お前の声は耳障りなんだよ!!」
そう言って、イワン様は走り去った。私はいつもの事だと思いながら護衛騎士の手を借りて立ち上がる。だが、私は声も歌も耳障りだと言われて凄く悲しい気持ちになっていた。城でいつものように汚れたドレスを脱ぎ、用意されていたドレスを着て伯爵家へと帰る。
それ以来、イワン様から城に呼び出される事が無くなった。私はイワン様に虐められる事がなくなって内心ホッとしていた。だが、呼ばれなくなり三ヶ月が経つとまたイワン様に城に来るように言われた。
また何かされるのではないかと怯えながら、庭のテラスに呼ばれた。テラスには甘いお菓子がたくさん並べられ、イワン様が笑いながら待っていた。だが、長年の経験で私には分かる。イワン様のこの笑い方は何か企んでいる時の顔だ。私は不審がりながら椅子に座る。
「カナリア、お前の為に用意したんだ。食べるよな?」
「……はい」
お菓子に手を伸ばし、何か入ってるのではないかと疑いながらお菓子を食べる。しかし、お菓子は甘く美味しい。私は緊張を解き、息を吐く。そしてイワン様は私に紅茶を出してきた。
「異国の珍しい葉で俺が淹れた紅茶だ。喉に良いらしい」
私はお菓子で緊張を解いていて、前に言った言葉への謝罪だと勝手に受け取り、紅茶を飲んだ。だが紅茶を飲んだ瞬間、喉が焼けるほどの痛みと、口から大量の血を吐く。息を吸うたび喉が焼け、息を吐けば血がドバドバと流れ出る。私は床に倒れ込み、のたうち回る。
イワン様は青ざめ私の名前を必死に呼び、医者を早くと叫んでいる。
「カナリア!!カナリア!!なんで!?なんで!?こんなになるなんて聞いていない!!カナリア!!」
「ぃだい゛……い゛だい゛……だずげ……で……」
「カナリア!!」
そこから私の記憶は無い。目が覚めたら、宝物の声がガラガラでしゃがれて醜く耳障りな声になり、二度と声は元に戻らない事実だけが私を打ちのめした。
それからの私は自室に閉じこもり、周りを拒絶した。陛下やイワン様からも何度も何度も謝罪をしたいと言われたが、両親も私も会う事を拒否した。イワン様との婚約者の座も返上し、私は暗い部屋で醜い声で鳴き続けた。
社交界へのデビュタント。私はそこでも周りの声に打ちのめされる。『醜い声のカナリア』……美しい声を失った私に周りは昔のように私を馬鹿にする。多くの人に嗤われ、私の声に顔を顰め耳を塞がれる。
イワン様はそんな私に近づいてくるが、私はお父様の所に逃げ、すぐに伯爵家へと帰る。それ以来私は声を出すのをやめた。日常生活を送る上で仕方なく出していた醜い声すらも私はやめたのだ。
両親は私の療養と名目し、領地にある屋敷で穏やかに過ごせるよう手配してくれた。社交界にも出なくて良いと言ってくれた。
私は昔から仕えてくれている使用人達と表面上は穏やかに過ごした。だが、夜になると私は小さな別邸へと向かい、小さな部屋で自分の耳を塞ぎ鳴き叫ぶ。醜い声のカナリア……どんなに鳴いても醜いままで、このまま檻の中で醜く死んでゆくのだ。
そんなある日、別邸へと向かう途中、庭に黒いローブを被った男が佇んでいた。賊かと思ったが私は何でもよかった。ここで殺されようが構わなったから。男はゆっくりと近づいてきて、私に小瓶を差し出してきた。
「……この薬は喉に良く効く」
私は目を見開き、小瓶を持った男の手を振り払う。私には分かる、この男が誰なのか。小瓶は地面に落ちて割れ、男は割れた小瓶の欠片を震える手で拾い集め袋に入れる。
「……すまない。俺は許されないことをした……君にずっと謝りたかった……君の声が聞きたい……」
私はその言葉に咄嗟に醜い声で狂ったように叫んでいた。
「だま゛れ゛!!!!お゛前が!!お゛前が!!わだじの声を奪っだお゛前が!!」
「……すまない」
「返ぜ!!返ぜ!!わだじの声をがえ゛せ!!」
男の……イワン様の胸ぐらを両手で掴み揺さぶる。ローブが破れ落ち、月明かりに照らされたイワン様は昔と変わらず綺麗な顔で、泣きそうな顔をしていた。
「お゛前に゛……泣ぐ権利なんでな゛い゛!!」
私は破れたローブと共に崩れ落ち、醜い声で鳴き叫びながら地面の土や石を掴みイワン様に投げつける。何度も、何度も。
私の叫び声に使用人達が集まり、暴れ叫ぶ私を止め、イワン様から引き離される。私が投げた石で頭から血を流すイワン様の顔を目に焼き付けながら、私は醜く叫び続けた。
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イワン様が私の元へ訪れた数日後、私の元へ両親と陛下が自らやって来た。そして病弱だった王太子殿下が亡くなった事を知る。だが第二王子であるイワン様は私の声を奪った日からずっと、王位継承権を放棄しようとしてるのを聞かされる。陛下は私へ頭を下げて、イワン様を説得してくれと言い放った。
私は流れ落ちる涙を無視し、歪んだ笑みを浮かべる。
「条件があ゛りま゛ず、……。私をま゛た……こんや゛ぐし゛ゃに据えでぐださい゛」
「カナリア嬢……いや……分かった……」
その言葉に仄暗い笑みで返して、自室へと戻る。そして私は狂ったように醜い声で大笑いし、護身用のナイフを何度もあの夜にイワン様が被っていた黒いローブに突き刺す。
私はカナリア。
醜い声で鳴くカナリアなのだ。
ならば、どこまでも醜く鳴いてやろうではないか。
私はズタズタになったローブを強く抱きしめた。
ありがとうございました!