美少女じゃなきゃ男子野球部と勘違いしてしまうほどの運動神経の持ち主は当然ながら俺の友人でした。
簡単日記
ラファの裸を見た制裁を受けました。
ラファとゲームをしました。
ドタバタな春休み初日が終了しました。
ラファがこの家にやって来てからもう四日が経っていた。こっちでの生活に慣れてきた……と言うよりも完全に順応している(昔から居たんじゃないかってくらい)それでも癖の強い喋り方は相変わらずのようで(どうやら本人的に気に入っているらしく変える気は無いらしい)最初の頃は従妹とは言え女子と同じ屋根の下で暮らすのはどうなんだろうと思っていたけど緊張したのは最初の夜ぐらいで『ラファちゃんと朝チュンしちゃった?』なんてことをニヤニヤと聞いてくる佳奈姐にはうんざりしつつも(勿論やましいことは何もない、そもそもそんな勇気もない)兎にも角にも上手くやっている。
そして今日は上市と約束した金曜日。
俺は豚バラの恩を返すために上市の手伝いをするべく春休みだというのに朝の7時に起きていた。眠い目を擦り欠伸をしながら身なりを整えてラファの部屋のドアをノックする。
「ラファ? 起きてるか?」
そう聞いたが返事は返ってこなかった。まぁ、一応言ってみただけだ。
この四日間でラファのことをそれなりに知ることが出来た。
その一つが朝の弱さだ、休みだからとはいえ、この四日間午後にならないと起きてこなかったし午後になって起きてきても眠そうに欠伸したりしていた。
ラファ曰く『わちにとって一日の始まりはP・MではなくA・Mなのじゃ』と昔の偉い誰かが言っていたような名言ぽいことをドヤ顔で言うぐらいだから、こんな時間に起きているはずもない。
俺はそう思いながらも奇跡と言うものが世の中にはある訳で一応用件を言ってみる。
「俺は今から出かけるから留守番頼むな、居間のテーブルに書置きがあるからちゃんと見とけよ」
奇跡は残念ながら起こらず当然のように返事は返ってこない。まるで最初からドアに話しかけているような虚しさを覚えながら少々投げやりに「行ってくるから」と言い残し家を出て鍵を閉める。
春とはいえまだ肌寒い朝空の元、上市に指定された場所に向かう。
昨日の夜、俺のスマホに上市からラインが届いていた。
書き出しに『豚バラの件だけど』と書かれていて内容に目を通すと、
『明日、午前7時半に校内ゴミ捨て場前に集合、当然制服だから、あと遅れたりしたら鉄拳制裁だから! あと、もし、このラインで起こしたりしていたら、その、悪かったわね』中々ラインではお目にかけない長文に絵文字どころかスタンプもない上市の性格が滲み出るラインだった、その通知が来た時間は午後9時半だったのを見て「こんな時間に寝てる高校生はいないだろ」と呟きながらツッコミスタンプを返したのだった。
俺はラインに書いてあった校内のゴミ捨て場に向かうために弐高の門をくぐりゴミ捨て場に向かうと10人ほどの弐高の生徒が清掃道具を持って俺の横を通り過ぎ校外に出て行く。俺は立ち止まりそれを目で追っていると後頭部の方から上市の声が聞こえてくる。
「遅い、遅い、遅い!」
俺はその声を聞いて振り返ると上市は右手に小さめのホウキを持ちながら、怒りの形相で俺に向かってきた。俺はそれに怯えながらも朝の挨拶を交わそうとしてみる。
「お、おはよう、上市」
「おはよう、――じゃないわよ! 他に何か言うことあるでしょ!?」
「えっと、いつもの『ちょっと、あたしが視界に入ったならそっちから挨拶してくるのが礼儀でしょ』って言わないのか?」
「言わないわよ! それよりも大事なことあるでしょ!?」
朝から元気だなぁ、何かいい事でもあったのかい? と聞きたくなるほど何故こんなにテンションが高いのか見当もつかない。
「あのねぇ、今何時か言ってみなさい!」
呆れながら肩を落とした上市は持っていたホウキのブラシのほうをまるでインタビューマイクのように向けてくる。
「えっと……、7時40分」
俺はスマホをポケットから取り出して時間を確認すると上市は怒りを堪えるように拳を握る。
「あたしが! 何時に! 来いって! メールしたか! 言ってみなさい!!」
「7時50分だろ?」
「えっ、ウソ、そんなはずは――」
俺の冗談に地団駄を踏んでいた上市の顔から怒りがスッと消え、少し頬を赤らめながら慌てて自分のスマホを取り出して送信したラインを確認し始める。
「……7時半って、ちゃんと書いてあるじゃない!」
もしかしたら乗り切れるかもしれないと駄目元で言ってはみたが、勿論すぐにバレてしまい上市の顔がまた怒りの形相に戻ってしまう。
「い、いや、冗談だよ、軽い冗談、ははっ」
上市に気圧されながら俺はなんとか穏便に済ませようと引きつった笑顔を見せるが、上市は持っているホウキを野球選手がバットを構えるように構え始める。
「冗談? そんなこと言ってる暇があるなら、少しは反省しなさぁぁぁい!」
俺の腹に向かって振り下ろされる魂のフルスイングは見事に俺の下腹部を捉えてくる。
「だはっ」
あまり綺麗で鋭いスイングを避けることは叶わず、降り抜かれたホウキに目を奪われながら俺は膝から崩れ落ちる。
その威力は非力なラファのそれとは別物で本当に同じ女子なのかと思わせる。
「(くっ、さすが中学まで男に混じって野球部に入っていただけのことはあるな)」
「ちょ――、軽い制裁のつもりだったんだけど、強すぎた?」
「強すぎだ! 内臓が場外ホームランになったらどうすんだ」
俺が腹を抱えているので少し心配そうな声の上市に心配するぐらいならもう少し手加減してくれよと思いつつも、俺の返しを聞いて安心したのか上市は得意げにホウキを肩に担ぎ直す。
「そうなったら、今度は内臓一掃スリーベースヒットでも打つからいいわよ」
上市は得意気な顔で軽く素振りしながらそう言うと俺は腹を押さえながらフラフラと立ちあがる。
「俺の大事な内臓を一掃するな」
「だって汚いじゃない、あたし美化委員だから掃除しないとね」
『上手いことを言ったつもりかと』言いたかった俺だが残念ながら校舎のチャイムに防がれる。
「えっ! もう、そんな時間!? 急がないと!」
上市はスマホで時間を確認するや否やすぐにゴミ捨て場の前に走って行ったので俺もそれに付いて行くと掃除用具が入ったカゴが置いてあった。
上市は持っていたホウキを置いて、代わりに火バサミとゴミ袋を二つずつ取ってゴミ袋と火バサミを一つずつ俺に渡してくる。
「作業の内容はあとで説明するから、急いで付いてきて」
慌ただしくも上市は校外に向かって走り出す。
俺はなんだかよく分からないまま、とにかく上市を追いかけるがとにかく足が速い、もう野球部を辞めて一年以上経つのにそこら辺の男子じゃ追いつけないほどの速さで走っていく、なんとか振り切られないように付いていくと近くの河川敷にたどり着いたところでようやく上市の足が止まる。
「さて、今日のあたしたちの仕事はこのあたり一帯の清掃だから」
なんて事の無い表情で息一つ乱れることなく、淡々とそう言ってくるが、こっちは息も絶え絶えなわけで、とりあえず膝に手を突いて息を整える。
「あんた、あれぐらいの距離でバテてんの? 怠け過ぎじゃない?」
「うっせ、こっちは元々持久走が苦手なんだよ」
なんて、なんともないやり取りだがこのやり取りもえらく久しぶりな気がする。まぁ、部活を辞めてから走る機会なんてほとんどなかったからな。
「ったく、早く息整えなさいよね」
どこか勝ち誇ったような呆れたような口調の上市はせっせと清掃活動を始めてしまう。
数分後、息を整えた俺は改めて中々に広い河川敷を見渡す。
まだ伸び散らかってない雑草とその間から顔を覗かせるポイ捨てられた物たちを見て気が滅入る。
「(掃除かぁ)」
まぁ、掃除をすることは分かっていた。
なにせ上市の入っている委員会は美化委員と言って主な活動は校内の清掃なんだが、月に一度地域の清掃にもボランティアと言う名目で参加していることは弐校の生徒なら大抵は知っている。俺もその大抵の中の一人で上市が清掃ボランティアに参加していることも知っていた。
汚れを見るや否や目つきを変え楽しそうにカビを擦るような掃除好きの三白眼でもない普通の俺にとってみれば、知っていたとは言え気が重くなるわけだ。
「ボランティアで清掃活動をするのは知ってたけど、この辺りってずいぶん大雑把だな?」
「まぁ、清掃活動なんて言ってるけど所詮はボランティアだからね、しっかりした取り決めはないのよ」
「そんなものなのか?」
「学生ボランティアなんて、そんなものでしょ?」
「『弐校の』が抜けてるぞ」
そう言うのも俺らが通っている弐紙高校、通称、弐校は一応進学校なのだが県内にある進学校の中では学力が最低ランクで部活にも特に力は入れておらず、上のランクの進学校にいけなかった落ちこぼれの生徒が集まってくることから弐校の生徒=出来損ないと見られることが多い。
それ自体は間違っていない、弐校に通っている生徒のほとんどはその評価は正しいと思うほどの劣等感は持っているだろう、当然俺もその内の一人だ。
だから他の高校生がやっているような高尚なボランティア活動と俺らの活動を一緒にしてはいけない。
「まぁ、それもあるわね」
まるで他人事のように上市はあっさりと認めると清掃活動に戻ってしまう。まぁ、こいつの場合は少し事情が違うからな。本来はもっと上のランクの高校だって行けたはずなのに家が近いからって理由で進学を決めたらしい。そうは言っても上市の家からは遠いとまでは言わないけどそれなりの距離があるんだけどなぁ。なんにせよ弐校の生徒は基本出来損ないだが上市のように例外もいるわけで、その上市からしてみれば弐校の評価なんて気にもならないんだろう。
「あのさぁ、見たところこの広い河川敷に俺ら二人しか見えないんだけど、まさか――」
「ち、違うわよ! 別にわざと誰もやりたがらない、この広い河川敷を担当に選んだわけじゃないから! 宏と二人きりとかそんなこと……」
上市が顔を赤くして焦ったような口調でそう弁明したがわざわざそんなことを弁明しなくたってわかっているわけで、俺が聞きたいのはそんなことではない。
「いや、俺が聞きたかったのはこの広い河川敷をたった二人で隅から隅まで清掃する気か、ってことだったんだけど?」
「……そうよね、宏にしては勘が鋭すぎるとは思ったけど、やっぱりそういうことか……心配しなくてもこの河川敷のゴミをすべて取り除くなんて言わないから、そのゴミ袋がいっぱいになったらそれで終わり」
上市は何故か安堵した表情になりつつも少し残念そうにため息を吐きながら何やら馬鹿にされているような呆れられているような感じで上市は自分の持っているゴミ袋を指差す。
「それじゃあ、さっさと終わらせるか」
「……そうねっ!」
俺は思っていたよりも早く終わりそうだと思いホッとしたが上市は何かふてくされているようにそう言い捨てると俺に背を向け川沿いのほうへ歩いて行ってしまう。
こう言う風に理不尽に機嫌が悪くなるのが上市の数少ない欠点だ。
上市との仲は中学一年の時からで、俺たちは同じ野球部に入っていた。最初に話をしたときは仲良くなれるようなタイプの人間じゃないと思っていたが今となっては親友と言うと少し大げさだが仲のいい友達だと俺は思っている。
そう思っているだけにさっきのような理不尽に機嫌が悪くなるのさえなければ可愛いし変に気を遣わなくていいし冗談だって言い合えるそれこそもっと違う関係になれるんじゃ……なんて思っていた時期も俺にはありました。あの性格上『その急に不機嫌になるのやめたら?』なんてことを言えば何倍返しされるかわかったものじゃないので、勇気のない俺はどんな人間にでも欠点の一つぐらいあっても仕方ないと最近は諦めている。
とりあえず機嫌が直るまでそっとしておこうと思いながらしばらく清掃活動に勤しんでいると2時間くらい経った頃、突然上市の悲鳴が聞こえてくる。あの勝ち気な上市が悲鳴を上げるなんて滅多にないので俺は驚いて作業を放り出し慌てて上市の元へ向かうのだった。
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