従妹じゃなきゃ惚れてしまうほどの楽しかった日常とは残念ながら別れの時でした。
簡単日記
ラファのお母さんフルールさんが勝手にシャワーを浴びていました
フルールさんはラファを迎えにきたのでフランスに帰ることになりました
ラファは寂し気に帰る用意を始めました。
*マーク間は視点変更されていますのでご注意ください。
「……少し薬が強かったみたいねぇ、ヒッロはラファがフランスに帰るの、どう思いますか?」
悲し気にラファの背中を見送ったフルールさんは俺の顔を見ながらそんな質問を投げかけてくる。
「そりゃあ、寂しくなると思いますけど」
「呼び止めたりはしないのですか?」
「しないですよ、ラファが決めることですから、でも……」
「でも?」
「ラファはずっとこっちに居たいって言っていました。だから、もしまたこっちに来たいってラファが言ったときは、また協力してあげてくださいお願いします!」
ラファの事情もラファの家のことも俺は全然知らない、だから安易に呼び止めたりは出来ない。そんな俺がラファために出来る事なんてせいぜいこの軽い頭を下げることぐらいだろう。
「えぇ勿論、ワタシはラファの母親ですからね、ただ、もしそうなったらまたラファの面倒を見てもらうことになりますよ、大変じゃなかったですか?」
「――正直、少し大変でしたよ。突然現れていきなり泊めてくれって言われた時は困りましたし、着替えも持ってきてないし、ゲームに熱中してご飯食べないときもありましたし、夜更かしして朝起きて来ないなんて毎日でしたし」
「情けないですが簡単に想像できてしまいます、面倒をかけましたね、あとで叱っておきます」
「……それでもいつからか、それが当たり前になって来て、いつの間にかこんな日常もいいなって、だから面倒だとは思うだろうし今も思っているけど、俺はまたラファに来てほしいと思っています」
「ふふっ、聞いていたのとは随分と違うのですね」
「えっ?」
「ラファからのメッセージで『宏直は随分フヌケになった』って書いてありましたよ、それで少し楽しみにしていたんですよ」
「それはまた嫌な楽しみかたですね」
「でも、いい意味で期待を裏切ってくれたと思いますよ、それじゃあ、ワタシはラファの荷物をまとめるの手伝ってきますね」
「ラファの部屋わからないでしょ、案内しますよ」
「大丈夫でぇす、シャワーへ入る前にこの家が懐かしくて少し探検してたから、ラファの部屋も分かりますよ」
「また勝手に――(人の家に入って何を……、そう言えばどうやって家の中に入ったんだろう、さっきの口ぶりからすると父さんと事前に打ち合わせしていたみたいだから、予備の鍵の場所を教えてもらったってところか)」
「そうだ! ヒッロに1つアドバイスしてあげます」
人の家に勝手に入って探索していたフルールさんに呆れていると、居間を出る直前に何かを思い出したかのようにクルリと振り返る。
「アドバイス? 急ですね、なんですか?」
「Hな本をベッドの下に隠すのは、お決まりすぎると思いますよ?」
「よけいなお世話だよ! つーか、なんでそれを――」
「さっき探検した、って言ったでしょ?」
「人の部屋を探索するな!」
「ああ、それともう1つアドバイスがありました」
「まだ何か見つけたんですか?」
「見つけられると困る物でもまだあったんですかぁ?」
「なにもないですよ! それでなんなんですか?」
「――随分と低い位置にポスターを飾っているんですね、もっと高い位置に飾った方がいいと思いますよ」
まるで犯人を追い詰める探偵のような笑みを浮かべている様子からもポスターの裏まで見たに違いないな。
「……ほっといて下さい(あの笑顔からして、絶対に見つけられたな)」
「ふふっ、ヒッロは随分おもしろい子になったね」
「それは褒めているんですか、馬鹿にしているんですか?」
「ふふっ、ナイショ」
フルールさんは口に人差し指を当ててニコリと笑い居間を出て階段を上がって行ってしまう。
俺は一つ大きなため息を吐くとその場で座り込み、仰向けになる。
そうか、『もう』ラファは行っちゃうのか、ラファが来てから嵐のように毎日が過ぎたけど、俺の人生史上一番濃い春休みだったはずなのに『もう』なんて思ってしまう。
なんだかんだ言いつつも結局のところ、やっぱり俺の方がラファよりも心の準備が出来ていないというか、ラファが居なくなって元の日常に戻るというのが実感できないんだな、そんなことを考えながら呆けていると、しばらくしてラファたちが荷物をまとめて降りてきた。
「もう終わったんですか?」
「ええ、もう終わりましたよ、それじゃあワタシはタクシーを呼んでくるのでラファ、ヒッロに挨拶しておきなさい」
起き上がった俺に対してフルールさんはそう言うとラファを残して居間を出て行った。
「……突然来たのに泊めてくれたこと、感謝しておる」
「改めて言われるようなことじゃないよ、それよりすぐフランスに帰るのか?」
「……明日の午前11時の便で帰るのじゃ」
「それじゃあ明日までどうするんだ? もしよかったら家で――」
「いや、いいのじゃ、空港の近くにあるホテルをママンが予約しておるらしいからの、今日はそこに泊まる」
「……そうか、だったら明日、見送りに空港へ行くよ」
「ダメじゃ! 来るでない、お別れなんぞ……今の一度で十分じゃ」
辛そうな表情でそう頼まれた。そうだよな、俺がラファに居てほしいって想いよりもラファのほうがここに居たいって思っているんだよな。だったら辛いのは俺よりもラファのほうだよな。
「……わかった、ラファがそう言うなら、そうするよ」
「そうじゃ、師匠にもお別れを言わねばな、宏直よ、師匠の電話番号を教えてくれぬか? わちのスマホは壊れて使えぬ」
「それなら俺のスマホを使えよ」
俺は自分のスマホを取り出したが、ラファは首を横に振り受け取ろうとしない。
「師匠とはゆっくり話したいのじゃ、故にここでは掛けられぬ、番号さえ教えてくれれば、ママンのスマホを借りてかける、じゃから教えてくれぬか?」
「わかった、ちょっと待ってろ」
当然と言えば当然か、あんなに懐いていたもんな。色々話したいこともあるだろう。
俺は近くにあったメモ帳から紙を一枚取って、そこに佳奈姐の携帯番号を書いてラファに渡す。
「うむ、助かるのじゃ」
「ラファ、タクシーが来たから乗りますよ」
俺たちの話が一区切りするのを待っていてくれたように玄関のほうからフルールさんの声がする。
「わかったのじゃ、――それじゃあの宏直、この数日間楽しかったぞ」
フルールさんに返事をしたラファは、そんな何てこともない別れの言葉を残し居間から出て行ってしまう。
何か言わないといけない、もしかするともう会えないかもしれないんだから何か言わないと――そう思ったが結局なにも言えず、もうそこには居ないラファの背中に向けて無意識に伸ばした右手を虚しく下ろした。
*
日付が変わり時計の針は午前9時を過ぎていた。
ホテルの一室で射水ラファは別れの挨拶をするために蛍衣佳奈に電話を掛ける。
「もしもし、どちら様ですかー」
射水ラファは母親のスマホを使っているので蛍衣佳奈はそんな他人行儀な口調で電話に出る。
「あっ、師匠か? わちじゃ」
「え? わち? オレオレ詐欺ならぬ、わちわち詐欺が最近の流行りなのか~」
「詐欺ではないのじゃ! わちじゃ、射水ラファじゃ!」
「あはは、わかってるわかってるって、声を聞けばさすがにわかるよ。でも、新しいスマホを買うの早かったね~」
「違うぞ、ママンのスマホを借りておるのじゃ」
「ん? ママンってラファちゃんのお母さんってこと? あれ~? ラファちゃんのお母さんって、フランスに居るんじゃなかった~?」
「それがのぉ――」
ラファは今の状況を蛍衣佳奈へ簡潔に説明し始める。
「――と言うわけじゃ」
「そっか、帰っちゃうんだ……寂しくなるね」
「その割には、あまり驚かぬのじゃな」
「まぁね、なにせ私はラファちゃんの師匠ですからね~、ラファちゃんがそろそろ帰るんじゃないか、ってのもお見通しなわけですよ~」
「おお! さすがは師匠じゃ、さす師匠じゃな」
「まぁまぁ、そう褒められると悪い気はしないね~、それでラファちゃん、今、近くにお母さん居る?」
「ん? ママンは今仕事の電話をしに外へ出ておって、部屋にはおらぬが、それがどうかしたのか?」
「だったら、すぐにホテルの場所を教えてよ~、今すぐ救い出してあげるよ~」
「なっ、なにを言っておるのじゃ!?」
「だって私はラファちゃんとお別れしたくないし、それにラファちゃんだってこっちに居たいんでしょ? だから私がお母さんの手から逃がしてあげる」
「待つんじゃ師匠、確かにわちだって、こっちに居たいとは思っておるがこれでよいのじゃ、今日帰るのはママンと前もって決めておったことなんじゃから」
「(やっぱり私じゃ、そうなるか)……宏君はラファちゃんがフランスに帰るのを止めてくれなかったの?」
「師匠とてわかっておるじゃろ? 宏直はそんなゲームやアニメの主人公のような、カッコイイことをする男ではないのじゃ」
「そうかな~、私は宏君ならすると思うけどな~」
「10年前の宏直なら、たしかにそうしたじゃろうが、今の宏直はあの頃のカッコイイ宏直ではない、わちのことなんて――」
「たしかに宏君は変わったのかもしれない、だけど宏君は昔からラファちゃんのこと大切に思ってるよ~」
「そんなことはない! わちがこっちに来て10年ぶりに会ったとき、宏直はわちが誰か気づかなかったのじゃぞ! ……わちはあの時とても辛く悲しかった」
「10年も経っていたら、わからないのも無理ないと思うな~」
「わちは宏直のことを忘れたことなど1日たりともないのじゃ! その証拠にわちはすぐに宏直じゃと、わかったのじゃぞ!?」
「ラファちゃんの場合は宏君に会いに行っているんだから気づけるかもしれないけど、逆の立場だったらどう? フランスで突然、宏君に似た人を見つけてもすぐに宏君だってわかる? 遠い日本に居るはずの宏君がこんなところに居るはずないって思ったりしない?」
「それは……」
「それに宏君がラファちゃんを大切に思っている証拠なら他にちゃんとあるんだよ~」
「証拠?」
「ラファちゃん小さい頃、宏君の部屋の壁にクレヨンで落書きしたでしょ?」
「ん? あ~、あれのことか、思い出したぞ、たしか、あれは7歳の時じゃったな、フランスに帰る前になにか思い出に残そうとして、わちと宏直が公園で遊んでいる絵を描いたのじゃった、あの時はすごくママンに怒られたのじゃ」
「その絵、今も宏君の部屋に残ってるんだよ~」
「なっ、なんでじゃ!? あんな落書き消せばよいじゃろう?」
「前にね『なんでその落書き消さないの』って聞いたことあるんだ~、そしたらね宏君が言うにはね~『なんとなく、これを消したらもうラファに会えないような、そんな気がしてさぁ、子供の頃から消さないようにしてるんだよ』って言ってたよ~、今もちゃんと不自然な位置に飾ってある大きいポスターで大事に隠しているんだよ~」
「宏直がそんなことを……」
「だから、きっと宏君はラファちゃんを呼び止めに行くよ」
「わちは見送りに来るなと宏直に言っておるから、きっと――」
「大丈夫! 師匠に任せておきなさい」
「師匠!? いったいなにをするつもりじゃ――」
自信満々といった様子の蛍衣佳奈がそう言ったので、嫌な予感がした射水ラファは慌てて聞き返すが通話は切られてしまう。すぐに蛍衣佳奈に電話を掛けたが、すでに通話中になっていて繋がらなかった。
「う~、繋がらぬ」
射水ラファが繋がらないスマホと、にらめっこをしていると外から射水フルールが戻って来る。
「あら、もう電話は済んだの?」
「う、うむ」
「それじゃあ、スマホは返してもらいますね」
射水フルールは右手に持っていたビジネス用のスマホを胸ポケットに入れて手を出してくる、射水ラファは蛍衣佳奈が何をするのか気になり掛け直したかったのだが、母親から借りているということもあり渋々スマホを渡した。
「そろそろ時間も時間だから、空港に行く準備してね」
「うむ……わかったのじゃ」
ラファは後ろ髪を引かれる様な思いでホテルの窓から見える街並みを見つめるが、最後になるかもしれない日本の風景は晴天にもかかわらず曇って見えた。
*
ここまで読んで頂きありがとうございます。
投稿が遅れてしまい本当に申し訳ございません。
理由に着きましては近々書けると思いますのでまずはご容赦ください。
明日投稿予定となっていますので是非とも応援のほどよろしくお願いいたします。
 




