ラブコメじゃなきゃバトル物と勘違いしてしまうほどの心理戦は残念ながら鈴蘭子の〇〇でした
簡単日記
上市と鈴蘭子がポテトを取り合いました。
佳奈姐と偶然出会いました。
上市と鈴蘭子の様子がおかしいです。
今回も*以降は視点変更のままです。
*
『上市先輩が席を離れたらその間に私が宏先輩の唇、奪うっすよ』
「(くくく、唇を奪うぅぅ!? そ、それって、ききき、キスするってこと!? えっ、えぇぇぇ!?)」
見た目には出さないようにこそしていたが内面ではわかりやすいほどに動揺し、その脈絡もない文章に上市英梨は完全に混乱していた。
「(ふっふっふっ、どうやら効果あったみたいっすね、唇を奪うなんて当然ハッタリっすけど、まぁ、私のほうはいつでもウエルカム状態ですし隙あらば、とも思っていますけど今の親密度じゃ、きっと……、いやいや、そうじゃなくて、たとえハッタリだと気づかれても躊躇させることができれば、ふふっ、さぁ、どうするっすか?)」
「(おお、落ち着くのよ上市英梨、普通に考えてあの黒辺が宏にキ、キスなんて、できるはずないわ、小悪魔感を出してはいるけど所詮は奥手でいっつも押し切れない奴だもの、そんなこと出来る訳……、で、でも、もし万が一、トイレから帰って来て二人がキ、キスしているところを見たら、あたし……、あぁぁぁ、無理無理無理、ぜぇぇぇったい無理、こんなのトイレに行けるわけないじゃない)」
ハッタリである可能性のほうがはるかに高いことをわかりながらも万が一黒辺鈴蘭子が動くことを考えるとケアせざるを得ない、そう思ってしまうのが上市英梨である。
「ねぇ上市先輩、これ、とにかくカワイイっすよね?」
思った通り席に座り直す上市英梨を見て、黒辺鈴蘭子は画面に書かれている脅迫文を指差しながら憎たらしいほどの満面の笑みを浮かべる。
射水宏直へのカモフラージュのための演技と、この状況を楽しんでいるような笑顔を見て上市英梨はハッとした。
「(まさか!? これって黒辺の思惑なの!? でもどうやって?)」
黒辺鈴蘭子を怪しむ上市英梨はこれまでの行動を思い返し、結果として自分の目の前に置いてある『メラソーラ』にたどり着き、更に真相へと近づく。
「(これになにか入れたのね、だから、あたしのことを嫌ってるはずの黒辺が『あたしの分のドリンクバーを取ってくる』なんて、自分から言い出すなんて今考えてみればおかしいもの、つまり率先してドリンクバーに行ったのはあたしの飲み物になにか入れるためってことね、じゃなきゃ宏が手伝うって言ったのを拒否しないわよね、くぅぅ、どう見ても行動が怪し過ぎるじゃない、宏と一緒にファミレスに来たってことと少しでも二人で話そうとして舞い上がり過ぎたわ、そうよ、あの黒辺だもの、自分の邪魔をされて大人しくしてるわけないじゃない、だとしたら最初からこうなることを全部計算してたってわけね!?)」
上市英梨は真相にたどり着き『やってくれたわね』と言わんばかりに睨むと、その顔を見た黒辺鈴蘭子は嫌味に笑う。
「(どうやら私の考えに気づいたようっすね、ふふっ、でも、もう遅いっすよ、さぁ、宏先輩の前でお漏らし、してもらうっすよ)
二人の間にバチバチと火花のような物が見えるほど互いに視線をぶつけ合っていた。
「どうした? 二人とも?」
さすがに二人の様子を見て異変を感じ取った射水宏直は向かい合う二人に向けて交互に視線をやりながら尋ねる。
「別になんでもないっすよね~、上市先輩?(宏先輩のことっす、私の考えに気づかれればきっと上市先輩に助け船を出すに決まっているっす、だから計画を成功させるためには宏先輩に気づかれるわけにはいかないっすね)」
「……そうね(このあたしがトイレを必死で我慢してる、なんて宏に気づかれるわけにはいかないし、何よりいくらあの唐変木とは言え『黒辺が宏にキスしようとしてる』なんて言えば黒辺の好意に気づくかもしれないし、その行為を阻止しようとしてるなんて知られればあたしが宏のことを……って気づかれるかもしれない。こんなことで今まで隠してきたこの気持ちが知られるなんて絶対に嫌。仕方ないけど、ここは話を合わせておいたほうが変に勘ぐられないわね)」
「でも、あきらかに……」
「なんでもないっすよ!」
「なんでもないわ!」
「そ、そうか(なんで俺は睨まれているんだ? なんか悪いこと言ったか?)」
打ち合わせをしていてもここまできっちり合わせられないほど綺麗にシンクロし、こっちに構うなと言わんばかりに視線と共に二人の否定を聞いた射水宏直はたじろみながらも釈然としないままそう言って二人から視線を逸らす。
こうして美少女二人による白熱の心理戦が始まった。
言わずもがな傍から見れば下らなく見えても当の本人たちは至って真剣なのだ。
「(さて、上市先輩はこの状況でどうするのか、見ものっすね)」
「(とりあえずは状況を確認しないと、まずあたしはトイレがしたい、けどトイレに行くことはできない、なぜならあたしがトイレに行っているあいだに黒辺が宏にキスしようとしてるから、つまり、この状況を変えないとトイレに行くことはできなさそうね、そうだ! あたしが動けないなら、黒辺をこの場から動かしてその隙にトイレに行けば……)」
短い思考時間の中で良い案を思いついた上市英梨は自信ありげに少し残っていたメラソーラを飲み干す。
「黒辺、悪いけどおかわり持ってきて(黒辺がおかわりを取りに行っている間にトイレに行く、これなら……)」
「嫌っす」
黒辺鈴蘭子は笑顔で即答した、上市英梨が必死になって思いついた案をあざ笑うかのように。
「えっ? さっきまではおかわり持って来てくれたじゃない!?」
「それはサービスみたいなもんっすよ、それに本来は自分で取ってくるのが普通じゃないっすか?」
「そうだけど……、いいから取ってきなさい! 先輩命令よ!」
「宏先輩助けてください、上市先輩が日本の腐った年功序列制度を盾に、私にパワハラをしてくるっす」
「ったく上市、鈴蘭子は俺たちにとって後輩だけど奴隷じゃないんだから無理強いは駄目だろ?」
さっきは構うなと言わんばかりの眼光で邪険にされたにも関わらず物の数十秒で巻き込まれたことに射水宏直はため息を吐きながら、まるで姑にいびられている嫁を庇うかのようにそう言った。
「さっすが! 宏先輩っすね、まったく少しは上市先輩も見習ってほしいっすね(ふんっ、その程度ぐらい想定済みの対策済みっすよ、これで上市先輩の策も潰し、宏先輩からの好感度も下げられる、一石二鳥の完璧な返しっす。そもそも私に何のメリットもないこの状況で上市先輩のパシリなんてするとでも思ったんっすか?)」
何もかもが自分の想定通りに動き上市英梨に対する射水宏直の好感度も下げれたと黒辺鈴蘭子は満足そうにニヤリと煽るように上市英梨に向かって憎たらしく笑う。
「そ、それは、わかってるけど……そ、そう! あたしはこの黒辺特製のジュースが飲みたいから頼んでいるだけよ(これなら黒辺に行かせる理由になる。あたしだって、簡単に引き下がるわけには――)」
「ああ、そう言うことか、だったら俺のをやるよ、まだ残ってるから」
納得した様子の射水宏直はまだ『メラソーラ』が半分近く残っているコップを上市英梨のほうに少し押した。
その射水宏直の行動は上市英梨には当然予想外というだけでなく、黒辺鈴蘭子にしても想定外の行動に二人とも一瞬思考が止まり軽いパニック状態になってしまう。
「(なっ――なんで、そうなるんっすか! 上市先輩を追い詰めていたはずなのになんで間接キスのイベントに突入してるんっすか! そんな羨ましいこと私が――じゃなくて、なんとしても阻止しないと、ど、どうすれば……)」
「(――えっ!? もしかして……もしかしてだけど、これをあたしが飲んだら、か、間接キスになるんじゃ、いやいや、落ち着くのよ上市英梨、この話の流れ的に飲まないほうが、ふ、不自然よね、黒辺を動かすにはこれも飲み干すしかないものね、し、仕方なく飲むだけで、べ、別に嬉しいとか、そんなんじゃ――)」
頬を赤らめる上市英梨は自分にそう言い訳している間にもすでに手はコップに向かっていた。
当然、軽いパニックを起こしながらも必ずこのイベントを阻止しようとしている黒辺鈴蘭子がその動きを見逃すはずがない。
「も~宏先輩、自分の飲みかけを女子に飲ませるなんてダメっすよ」
「ん? なんでだ? 上市はそういうの気にしないだろ?」
「いえいえ、そんなことないっすよ。誰だろうと同姓ならまだしも異性にそういうことするのはダメっす、『普通の女子』はそういうの気にしますから、そうっすよね~、上市先輩」
『普通の女子』と言うところを強調しつつ最後のほうは殺意がこもっているかのような、本気のトーンで黒辺鈴蘭子はそう言った。
「あ、当たり前でしょ、宏の飲みかけを飲むくらいなら我慢するわよ」
ここで飲めば『自分は普通の女子じゃない、射水宏直のことを異性として意識していない』と自分からアピールすることになってしまうどころか、取りようによっては逆に射水宏直の飲みかけだから飲みたいと受け止められかねないので、上市英梨は伸ばしていた手を引っ込め『余計なことを』と言わんばかりに顔を引きつらせる
「ったく、そんな汚い物みたいに言うなよな、人が親切で言ってやっているのに、相変わらず上市は容赦ないな」
射水宏直は腑に落ちないといった様子で自分の手元にコップを戻した。
「(ふんっ、完璧っす、突然の間接キスイベントを阻止しただけじゃなく、上市先輩への好感度も更に下げることに成功なんて、今のこそまさしく神の一手っすね)」
「(くぅぅぅ、黒辺の奴~、いつか見てなさ――)」
やることなすこと上手くいかずに奥歯を軋ませる上市英梨がそう思うと体がブルッと震える。
「(やばい、もう限界まできてる、早く何とかしないと……、今度は黒辺じゃなくて宏を……ダメね、宏を動かしてもきっと黒辺がそれに付いて行く、あたしの目の届かないところに二人が行けば黒辺が宏と……、で、でも、このまま漏らすよりは……あ~もう、どうすればいいのよ!?)」
考えれば考えるほど動けずにいるとその間にも尿意は増してきて、上市英梨に限界が近づいてくる。
そもそもの話、不器用で考えるより行動するタイプの上市英梨が、印象操作に裏工作得意の黒辺鈴蘭子に心理戦で勝てるはずもないのだ。
「(もう……、ダメ、出ちゃう)」
「(ふふっ、どうやら私の勝ちみたいっすね、さて見せてもらうっすよ、高校生にもなってこんなところでお漏らしして宏先輩にドン引きされるその姿を――)」
上市英梨がプルプル震えるのを見て全ての努力が報われたと言わんばかりに黒辺鈴蘭子が心の中で勝利宣言をし、このまま二人の心理戦も決着するかと思われたが「宏く~ん」そんな声が近づいて来る。
「どうしたんだよ、佳奈姐?」
近づいてきた蛍衣佳奈に対して射水宏直はそう言うと、二人に聞こえないように蛍衣佳奈は耳元でささやく。
「そろそろ帰ってあげないと、ラファちゃんがお腹空かせちゃうよ~」
また下らない事でも言うのかと思っていた射水宏直だったが蛍衣佳奈の言葉にハッとして店内の時計を見ると、すでに午後6時を回っていた。
「やばっ、もうこんな時間か!」
「宏先輩? どうしたんっすか?」
「悪い、俺ちょっと用事があって先に帰えるよ、ちゃんと支払いはしておくからー」
焦った様子の射水宏直は勢いよく立ち上がり伝票を持ってレジへと走って行った。
「あっ、ちょ――、宏せんぱーい!?」
席から立ち上がって呼び止めようとした黒辺鈴蘭子だったがあまりに突然だったのと射水宏直の勢いに圧倒され呼び止められずに立ち尽くしていると、その隙を突き上市英梨は急いでトイレに走って行った。
「……ちっ、あと、ちょっとだったのに」
射水宏直の背中と上市英梨の背中を見て残された黒辺鈴蘭子は悔しそうに小声でそう呟く。
「ん~? なにが、あとちょっとだったの~?」
「――わかってて邪魔したんじゃないんすか?」
「さぁて、なんのことやら」
「そこはいつもみたいに何でも知っているお姉さん的なお気に入りの台詞言わないんっすね」
「あ~、そうだね。じゃあここは『何でもは知らないわよ知っていることだけ』とでも言っておきましょう」
「なんすか、そのチートキャラの使い分けズル過ぎるっすよ」
「えっ? ズラ過ぎる?」
「言ってないっすよ、ズルっすよ、ズ・ル。『キス』を『キムチ』に聞き間違える難聴主人公っすか?」
「あははっ、冗談冗談。さてさて、それじゃあ今日は何でもは知らないけど知っている事だけのお姉さんからアドバイスを授けよう」
「アドバイス? 別にいいっすよ(どうせ、ろくなことじゃないっすから)」
「――あんまり悪戯ばっかりしてると負けヒロインになっちゃうぞ」
「――――そんなこと……」
あまりに予想外であまりに核心をついてくる一言に黒辺鈴蘭子は否定することも出来なければ開き直ることも出来ず、弱々しくもなんとか一言絞り出すしか出来なかった。
「ん~、今なんか言ったぁ? あははっ、どうも今日は悪い意味で主人公補正入っちゃっているみたいだよね~」
「……なんでもないっすよ」
掌で踊らされているような掴みどころのない蛍衣佳奈の表情を見て黒辺鈴蘭子は苛立ち悲しみを抑えながら店の入り口へと歩き出す。
「ズラちゃん、どこ行くの~? なんなら夕食奢るよ~」
「結構っす、宏先輩が居ないならこんなところに蛍先輩〈蛍衣佳奈への呼び名〉、上市先輩と一緒に居ても意味ないんで帰るっす(はぁ、ホント宏先輩の周りは邪魔者ばっかりっすね、でも絶対に負けないっすから)」
黒辺鈴蘭子はため息を吐きながらも改めてそう思い直し、店を出る頃には日が落ち掛けている空に気が付く。
『あんまり悪戯ばかりしてると負けヒロインになっちゃうぞ』その言葉を聞いてすぐに忘れようとしたが、忘れたい言葉に限って忘れられない、この先ずっと心に残ってしまうのだろうと苦々しくも自分の心臓辺りの服を握りしめる。
「(そんなこと言われなくてもわかってるっすよ、でも、私には――)」
夕陽も落ち暗くなり始めている夜空をすがるように見上げる。
ポツポツと見える星には目もくれずただ月だけを探した。
まるで澄みきった月明かりに自分の暗くて嫌いな心を洗ってもらおうとするかのように。
*
ここまで読んで頂きありがとうございます。
今週は週2で投稿出来てホッとしています。
今回で*編『サブストーリー』は終了しますので次からは本編である
ラファのお話になりますので応援のほど引き続きお願いします。
ブクマや高評価、感想お待ちしています。
ブクマ登録して頂いている皆様、ありがとうございます。
励みに頑張っていきます。