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親しい後輩じゃなきゃ引いてしまうほどの下ネタを言う美少女は残念ながら俺の後輩でした。

簡単日記

待ち合わせの時間に遅刻しました。

罰として恥ずかしいことを言わされました。

先輩としてもっとしっかりしないといけないと思いながら映画館へと入りました。


 相も変わらず散歩中の飼い犬に引っ張られる情けない飼い主のように(おそらくそれよりも情けないことは自覚している)鈴蘭子に引っ張られるような形で歩いていると上映中の作品の一覧が書いてあるボードの前で鈴蘭子は立ち止まる。

「さて、なに見るっすか?」

「なにって、見たいものがあったから誘ったんじゃないのか?」

「いえ、思いつきで言ったのでなにも決めてないんっすよ、だから宏先輩が決めていいっすよ」

「(決めていいって言われてもなぁ、映画とか全然見ないからなにがいいのかさっぱりわからないし)俺はなんでもいいから鈴蘭子が決めろよ」

「そ、それって『俺は鈴蘭子と一緒いるだけで幸せだから、好きなものを見ろよ』ってことっすか!?」

 どこにテンション上がる要素があるのかわからないが、なぜか興奮気味に頬を赤らめる。

「いや、合ってるのは後半の部分だけだからな」

「じゃあ……宏先輩は私といて幸せじゃないんっすね?」

 俺から少しだけ視線を外して少しだけ寂しげな声で鈴蘭子は聞いてくる。

「いや、その――」

 実際俺は幸せなのだろう、こんなにかわいい後輩と二人きりで映画を見に来て『幸せじゃない』なんて言ったら彼女のいないクラスの男子たちに殴られるだろう、だからと言って素直に『幸せだよ』と言うのは鈴蘭子の手の上で躍らされている気がする。

「鈴蘭子はどうなんだよ 俺といて楽しいのか?」

 こういう時はオウム返しに限る。相手の返しに同調すれば何事も上手くいくのだ。そんな小さなプライドを守るための返しを聞いてさっきまで落ち込んでいたように見えた鈴蘭子が急に笑顔になる。

「もちろん楽しいっすよ! こうして宏先輩と二人きりで映画を見に来れて私は幸せ――」

「ばっ、なに大声で」

 俺はアタフタしながら鈴蘭子を制して周りを確認すると、女性達はニヤニヤしてコソコソと何か楽しそうに話しながらこっちを見ていて、男たちからは聞こえるほどの舌打ちをされるだけではなく、こっちに殺意さえこもっているであろう視線を向けられる。

「(あぁ逃げ出したい、今すぐここから消え去りたい)」

 あまりの恥ずかしさにそんなことを思ったがさすがにあんな笑顔で『宏先輩と映画に来れて幸せ』とか言われて帰るわけにもいかない。たとえそれが俺を辱めるために言った言葉だとわかっていたとしても。

「ところで宏先輩、本当に私がなにを見るか決めてもいいんすか?」

「あぁ、いいよ、俺は映画に興味がないからなにを見ればいいかわからないんだ」

「それって――」

「言っておくが映画じゃなく、鈴蘭子に興味があるなんて意味じゃないからな」

「うぅ」

 俺にボケを潰されて悔しそうな表情で小さく不満げな声を出す。

「でも、ひどいっすよ」

「ボケを潰されたことか?」

「それもあるっすけど……今から映画を見るって言うのに『興味ない』とか言うのがひどいって言ってるんすよ、例えるならエロゲーで幼馴染の彼女とやる直前に非処女宣言されるようなものっすよ」

「どんな例えだ!」

 まぁ、例えはともかくとして、たしかに映画をこれから見るって言うのに映画に興味ないなんて言われたらしらけるよな。

 拗ねた顔をする鈴蘭子を見て俺は映画館に入った際に少しでも挽回しようと思ったにもかかわらず結局ダメダメなところを反省し、上映中の映画が書いてあるボードを見て何か面白そうなものはないか探してみると聞いたことのあるタイトルを見つけた。

「(この『豪神機ごうしんき』ってたしか前に佳奈姐が『今ネットで話題なんだよ~』とか言ってたアニメだよな、鈴蘭子もアニメ好きだからこれなら楽しめるはずだ)それじゃあこれにしないか?」

 俺はせめて鈴蘭子だけでも楽しませようと思いタイトル一覧のなかにある『豪神機』の文字を指差す。鈴蘭子は指先のタイトルを見て少し悩みながらも「……いいっすよ」と笑顔で言ってくれた。

 その後、俺は二人分のチケットと飲み物とポップコーン(傍から見て適量だったのでホッとしている)を買い終えると映画を見ることがこんなにもお金がかかることを久しぶりに体感しながらもチケットに書かれた番号の部屋に入ると俺は一気に不安になった。なぜなら全然人が入っていないからだ。

「人少ないな、もしかしてこれって公開されてから結構経ってるとか?」

「いえ、たしか公開日は春休みに合わせてますから、まだ一週間も経ってないっすよ」

「へっ、へぇ~」

 鈴蘭子の言葉を聞いて余計に不安になってしまう。いくら平日の昼とはいえ今は春休みなのだ、もっと人が入っていてもおかしくはない。

「なにボーっとしてるんすか? 早く座るっすよ」

「あ、あぁ、そうだな」

 不安を抱きながらも今更引き返すことなど出来るわけもないので仕方なく席に座るとちょうど部屋が暗くなり上映が始まる。

 冒頭に大まかなあらすじが描かれており、それを読み解くに『平和な世界を脅かす大型の怪人を正義の味方である主人公たちが豪神機という大型ロボットを操縦して戦う』王道中の王道ロボットアニメのようだった。

 よかった、かなり不安だったけど、この設定なら大きく外すこともないだろう。

 そう思っていた時期が俺にもありました……。

 

「なんだ、あの糞アニメわぁぁ!?」

 普段はこんな目立つことをしないのだが、映画館の外に出ると人目を気にせずに思わずそう叫んでしまった。

 上映が終わりすぐにでもこの気持ちを吐き出したかったが『気持ちはわかるっすけど、映画館内で見た映画の話をするのはマナー違反っすよ』と不覚にも後輩である鈴蘭子に窘められ外に出るまで我慢していた分、爆発するように叫んでしまった。

 俺は佳奈姐や鈴蘭子ほどアニメに詳しいわけでもない、言ってみればニワカだがそんな俺にもこれはないと、はっきり言えるほどの出来だった。

「そうっすね、かなり酷かったっすね。ちなみに宏先輩はどこでそう思ったっすか?」

「色々あるけど、まず作画が酷いだろ?」

「そうっすね、前半は頑張ってハイクオリティを維持してたっすけど、後半は製作予定に作画が追いつかなかったせいか、動きがカクカクしてましたし、あきらかに静止画が増えてたっすよね」

「あとはストーリーも酷かったぞ、後半なんて主人公が味方をガンガン殺す超展開だったし」

「まぁ、原作のないオリジナルアニメだからこそできることっすね」

「あとラスボスが『お前誰だよ』って感じだった」

「そうっすね、ラスト10分ぐらいまで一切登場してませんでしたからね」

「俺が思ったのは大体これぐらいだな、今度は鈴蘭子の感想も聞かせてくれよ」

「私も色々あるっすけど、一つ挙げるなら中盤ぐらいにあったヒロインが『みんなを助けるために』とか言って自ら命を犠牲にする鬱展開っすね」

「あぁ、あったな、でも鬱展開ぐらいなら――」

「鬱展開がダメだったわけじゃないっす、私が言いたいのは主人公の不甲斐なさのほうっすよ、ヒロインが『自分の命を犠牲にする』って言ったら普通、主人公は止めるじゃないっすか? それなのに『わかった』とか二つ返事で平然と言った時には持っていたポップコーンをスクリーンに投げつけてやろうかと思ったすよ」

 握りこぶしをワナワナと振るわせる鈴蘭子の目にはメラメラと怒りの炎が灯っているように見えた。

 その後も互いに駄作映画の感想を歩きながら言い合い、言いたいことを言ってスッキリした俺は今更ながら負い目を感じてしまう。

「……ごめんな、俺があんな映画を選んだから」

「宏先輩は悪くないっすよ、だって――私は知ってたんっすから、あの映画が駄作なこと」

「えっ? まさか、もう見てたとか?」

「いえ、『豪神機』は深夜アニメのほうは見てましたけど映画のほうは初っす」

「じゃあ、なんで知ってたんだ?」

「公開日後にネットで書かれてた下馬評が散々なことになってましたから察してたんっすよ、深夜アニメの時からもずいぶん悪い意味で話題の作品でしたし、私もなんで映画化したか疑問なくらいでしたから、もともと見る気はなかったんっすよ」

「だったら俺が『これを見よう』って言ったときなんで止めてくれなかったんだ?」

「私は宏先輩と同じものを見て、それについて感想を言い合ったり出来ればそれでよかったんっすよ、宏先輩じゃないっすけど、なんでもよかったんっす」

「だからって――」

「それに変にいい作品を見るより、悪い意味でもネットで話題になるような駄作を見たほうが色々言い合えると思いましたし、こう言う機会じゃないとああいうのって見ないっすから貴重な体験でしたっすよ。いやぁ、聞きしに勝るとはこのことっすね」

 たしかにこう言う作品のほうがニワカの俺にとってみれば感想とか言いやすいし現に鈴蘭子とあーだこーだ言っている今の時間は楽しかった。だからか笑顔の鈴蘭子の顔を見て俺は素直に少しホッとしながらも、さすがにこのまま解散って言うのも後味が悪い。

「鈴蘭子このあと時間空いてるか? もし空いていたらファミレスにでも行かないか?」

「どどど、どうしたんすか宏先輩!?」

 俺のなんてこともない提案を聞いて何故か鈴蘭子は天変地異を目撃したかのようなテンションになっている。

「えっ、どうしたってなにがだ? そんな驚かれるようなこと言ったか?」

「いや、だって宏先輩が『ファミレスに行かないか?』なんて言うのはおかしいっすよ! いつも遊びに誘うのは私のほうだったのに……」

 さっきまでのテンションはどこへやら急に寂しそうな様子でシナシナと力なく喋り最後のほうは聞き取れない。

「あれ? 嫌だったのか?」

「違うっすよ! むしろ、いますぐ大声で『鈴ちゃん大勝利!』って、叫びたいぐらいうれしいっすけど――」

「いや別になにも勝ってないと思うけど」

「――でも、ありえないんっすよ、年齢=彼女居ない暦の草食系もといへタレ童貞キャラの宏先輩から『鈴蘭子、ホテル行こう』なんて――」

「誰がそんなこと言った!? つーかお前から見た俺ってそんなどうしようもない先輩だったのか!?」

「え~、言ったっすよ『鈴蘭子この後ホテル行かないか?』って」

「言ってねえよ! そもそもさっき自分でファミレスに誘うなんておかしいって言ってただろ」

「言ってないっすよ~、ちゃんとホテルって言ったっすぅ」

「……百歩譲って、もし本当にそう聞こえたんなら、ホテルじゃなくてホスピタルに行くべきだな」

「今まで学校の健康診断で聴力に異常があったことなんて、なかったっすよ?」

「そうだろうな、異常があるのはきっと脳のほうだろうからな」

「あっ、ちょっ、どこ行くんすか!?」

「いや、今から病院に行って脳を見てもらった方がいいと思ってな、そうなるとファミレスには行けないだろうから俺は家に帰ろうかと」

「行きません、病院には行きませんからファミレスに行きましょう、今すぐに」

「いや、病院行ったほうがいいって、耳がいいのにファミレスをホテルと聞き間違えるなんて頭の中がお花畑になってるんじゃないか?」

「なってませんよ! ホテルって言ったのは冗談に決まってるじゃないっすか、ただの美少女ジョークっす」

 ここまで来るとツッコミを入れるのも疲れてくる。

「……ファミレスに行くってことでいいんだな?」

「はい! それじゃあ行くっすよ、宏先輩」

 いつものように一見無邪気な笑顔で俺の腕に抱きついてくる。

「前から思っていたけど、鈴蘭子は人の目とか気にしないんだな」

 当然人目とかをガンガン気にする小心者の俺はキョロキョロと周りを見渡してしまう。いくらリア充溢れる映画館前の歩道とは言えこんな密着している男女が居れば目立つもので、さすがに周りからの視線が鋭くて痛い。

「はい! 気にしないっすよ」

「でも、こういうのは他人から見ると鈴蘭子の嫌うリア充のバカップルと同じように見えるんじゃないか?」

「私は別にリア充たちを嫌ってるわけじゃありませんよ、ただ妬んでるだけっすよ」

「……同じようなものでは?」

「全然違うっすよ、言ってみればリア充はお金持ちみたいなものっすね」

「お金持ち? ……その心は?」

「大半の人間はお金持ちに嫉妬したり妬んだりするっすよね。だからといって自分がお金持ちになれるのなら大半の人間はお金持ちになりたいと思わないっすか?」

「……つまりリア充を妬んではいるがなれるならリア充になりたいってことか?」

「簡単に言えばそうなるっすね、だからこういうこととか人前でもしたくなっちゃうんすよ」

「だからって言ってもなぁ、こんなことしてもリア充に見えるだけで本物のリア充にはなれないんだぞ?」

「……いいんっすよ、今は偽者でも私はこうして宏先輩と――」

 少し寂しな表情を一瞬見たような気がするけど、次の瞬間には鈴蘭子はなにかに気づき顔つきを変えてしまう。それはまるで臨戦態勢に入った肉食動物ような険しい顔つきで俺の後ろを睨むように見ている。

「――偽者でも案外効果あるみたいっすよ」

 なんのことかわからずに俺はその言葉を聞いて鈴蘭子の視線をたどって振り向くと、そこには力いっぱい拳を握り締めてワナワナと震えている私服姿の上市がいましたとさ。



ここまで読んで頂きありがとうございます。

今週ももう一本投稿する予定でしたが、もしかすると厳しいかもしれません。

なんとか頑張りますが駄目だった場合は来週三本投稿するのでご勘弁を……。

面白いと思っていただけたならブクマや高評価、感想いただけると嬉しいです。

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