腹黒じゃなきゃ惚れてしまうほどの積極的な美少女は残念ながら俺の後輩(腹黒)でした。
簡単日記
ゲームショップから帰ってきました
譲ってもらったゲームは目的のゲームではありませんでした
ダメ元でプレゼントすると何故かラファの機嫌は直りそのゲームに熱中していました。
肌寒い風が吹く中を俺は全力で走っていた。
別に激怒しているわけでもなければ、人質となった竹馬の友を助けるためでもない。誰もが一度は経験したことがあるシンプルな理由で俺は走っている。
「やばい、間に合わない」
時を遡ること昨晩、鈴蘭子から『明日、午後2時に映画館の前で待ち合わせにしましょう』『明日楽しみにしてますね❤』というラインが届き『わかった』と返していた。
そして当日、春眠暁を覚えずと言うにも関わらずしっかり余裕をもって起きて準備も済ませ時計を見るがまだ待ち合わせの時間には少し早い、それでも遅れるよりはいいだろうと思って家を出ようとしたところをラファに見つかり『宏直よ、一緒にゲームをしようぞ』とゲームに誘われてしまう。一瞬断ろうとも思ったがまだ時間に余裕もあるし、寒い春空の下で一時間以上待つのもしんどいと思ってしまいラファの挑戦を受けることにしたんだが、一緒にゲームをしているとついつい熱中してしまい、気がつけばあれだけ余裕のあった時間がたったの五分しか残っていなかったとさ。
そんなわけで慌てて家を飛び出し現在映画館に向け激走している。とどのつまり俺がこんなに必死に走っているのは通りすがりのおばあさんを助けていたとか車道に飛び出す猫を間一髪で救っていたからとかじゃなく待ち合わせの時間に遅刻しかけているというなんともしょうもない自業自得な理由と言う訳だ。
さてさて元野球部で鳴らした自慢の足で叩き出したタイムでも確認しよう……映画館への到着タイムは間違いなくワールドレコード(俺の中で)なんだが……待ち合わせの時間から10分ほど遅れてしまっている。
何度もスマホのホーム画面を確認するが見間違えと言う訳でもなく、当然思いが通じて時が戻ると言う訳でもない。
まだだ、まだ諦めてはいけない。鈴蘭子が遅れていると言う可能性に賭けることにした俺は徐々に整いつつある呼吸と共に祈るような気持ちで辺りを見渡すと建物の柱に背をつけ、あきらかにイラついている様子の鈴蘭子を見つけてしまう。
「あぁ、声掛けづらいな」
どう見ても詰んでいる碁盤を見るかのような気持ちになりながら独り言を言ってみるが、遅刻した自分が悪いのだと怒られるのを覚悟して鈴蘭子に声を掛ける。
「ご、ごめんな、遅れて」
「大丈夫っすよ、全然待ってませんし」
申し訳ない気持ちを込めて謝罪するとそれまで不機嫌だった顔からスッと笑顔に変わっていくが――騙されてはいけない。俺は知っているのだ、これがこいつの本心じゃないということを。
「あー、そうなのか、よかった。俺はてっきり待たされて怒っているものだと――」
「なに言ってるんっすか? そんなわけないっすよ。目の前をイチャつくカップルが次々通り過ぎる中、三十分以上この寒空の下で一人寂しく待たされたぐらいで尊敬する先輩の忠実な後輩である私が怒るわけないじゃないですか?」
顔は笑顔のままだが目は笑っていない、元々鈴蘭子のタレ目は穏やかな印象だがこう言う時は何を考えているのかわからない恐怖感を感じてしまう。それもこれも何やらどす黒い空気のような物が鈴蘭子から放出されているように見えるせいだろう。
ちなみにさっきの鈴蘭子の言葉を翻訳すると『なに言ってんの? 怒ってるに決まってるでしょ、ムカツクリア充どもがわらわら居る中で30分以上この寒い中待たされてこの私が怒ってないとでも?』と言う風になる。まぁ、あくまで予想なのだが大方こんなものだろう、言うまでもないがこっちが鈴蘭子の本音なのだ。
「本当に悪かった、反省している」
「……本当に反省してるんすか?」
「してる、本当にしてる。だから遺言だけは聞いてくれ」
「いったい私が何をすると思ってるんすか、さすがに遅刻ぐらいで命までは取らないっすよ。それに、まぁ……反省してるなら許してあげてもいいっすけど、罰は受けてもらうっすよ」
「罰? 今度はなにを言わせる気だ?」
「ふふっ、宏先輩は察しがいいっすね、それじゃあ……、罰として私の好きなところを言ってください」
「お前、またそんな恥ずかしいことを」
「恥ずかしくないと罰にならないっすから」
だが、正直言えばこの程度軽いものだろう。彼女いない歴=年齢の俺にとって女子との待ち合わせに遅れる事がどれほど重罪なのかは本当のところわかっていないが、少なくともこの鈴蘭子に関して言えば社会的に抹殺されてもおかしくない罰を覚悟していたからな。
「わかったよ、要は褒めればいいってことだろ」
「……まぁ、そういうことにしておきましょう、さっ、どこっすか私の好きなところは?」
「顔」
「なっ、即答でなに言ってるんっすか!?」
顔を真っ赤にしながら驚いているような、怒っているような感じの鈴蘭子の反応に俺は眉をひそめてしまう。
「(あれっ? おかしいな、いつも自分のこと美少女って言ってるから、顔を褒めればいいと思ったんだが?)ダメだったか?」
「……いや、正直うれしいっすけど、こういうときは外見じゃなくて内面を褒めるのが普通じゃないっすか?」
「そうなのか?(なるほど、そういうものなのか)でも、うれしいんだろ?」
「そりゃあ、なんだかんだ言っても顔を褒められて嫌な気持ちになる女子なんていないっすよ、でも内面褒めるのがマナーと言うか、なんと言うか……」
「(つまりなんだ? 内面を褒めろってことか?)内面かぁ……」
俺はそう呟きながら珍しくモジモジしている鈴蘭子の内面をなんとか褒めようと色々思い出してみる。
たしか去年のバレンタインデーにクラス全員にチョコを渡してあげたとか言っていたな。これって結構優しいってことになるんじゃ――いや待てよ、たしかチョコをあげた動機が『安く大量に買った義理チョコを配るだけで私の評判が上がるんっすから、ちょろいっすよね。それに可哀想な男子たちに借りも作れますし』とか、かなりどす黒いこと言っていたな。そしてその可哀想な男子たちの中にどうやら俺も入っていたらしく、鈴蘭子からチョコ(人生初の両手サイズのハート型だったのに)を貰って複雑な気持ちになったのを今思い出した。
その後も色々思い出してみたがどれもこれも鈴蘭子の腹黒エピソードばかりで鈴蘭子の内面を褒められそうなことを思い出せずに長考してしまう。
「宏先輩? ……もしかして私の顔を褒めたのは内面で褒めるところがなかったからとか言うわけじゃないっすよね?」
「い、いや、そんなこと……」
「じゃあ、なんで目を逸らすんっすか?」
「そ、それは……」
「もう、いいっすよ。自分でも性格が良くないことは知ってますから」
内面の良さを褒められずにいると鈴蘭子は残念そうにため息を一つ吐く。拗ねているようないじけているような様子で顔を曇らせたので俺はなんとかフォローしなければと思い「鈴蘭子は――」苦し紛れに俺の知っている数少ない鈴蘭子の内面の良さを褒めようとした瞬間、鈴蘭子が俺の胸に抱きついてくる。
「お、おい!?」
「唐変木な宏先輩にしてはですけど、とりあえず顔は褒めてくれたので今回は許してあげます」
20センチほどの近距離で俺の顔を見上げながらあざとくも嬉しそうに笑う姿を見ていつものことだと思いつつも、あまりの可愛さに少し照れてしまう。
「ゆ、許してくれるのはありがたいが、とりあえず恥ずかしいから離れろ」
「え~、もう少しいいじゃないっすかぁ?」
絶対に離さないという意思表示か抱きしめてくる力がより強くなり、更には顔を左右に振りグリグリっと俺の胸部に顔を擦りつけながら甘えるような口調と共に離れまいとより密着してくるせいでより二つの大きく柔らかな感触が俺に伝わってくる。
「(お、落ち着け、い、意識するな、こうやってベタベタしてくるのはいつものことだ、慌てるな、慌てるといつもみたくまた笑われる)お、おい鈴蘭子」
鈴蘭子がこうやってベタベタとくっついてくるのは最初に抱きつかれたときの俺のリアクションが面白かったからだ。
鈴蘭子にしてみれば単なるスキンシップのような軽い感じだったのだろうが、当時思春期真っ盛りである中二の俺はこうしたスキンシップをしてくる女子に免疫がなかったため(今も別にあるわけじゃないが鈴蘭子のお陰なのか当初よりはマシ)かなり慌てふためいているとその姿を見た鈴蘭子は大笑いして面白がるようになり、それからと言うもの何かあればこうやって抱きついてくるようになってしまった。
「もう少しいいっすよね?」
鈴蘭子はまるで映画のワンシーンのような上目遣いでそう聞いてくる。
潤んだ瞳に甘えた声と柔らかな感触、俺は何度このコンボに敗れてきただろう、そして何度笑われたことか。今となってはこの程度で堕ちる俺ではない(慣れるまで一年以上かかったことは内緒)。
成長している俺にとってこの程度なんてこともないと装いながら申し出を却下して鈴蘭子の両肩に手を掛けて力ずくで離れさせると鈴蘭子は不満そうに頬を膨らませる。
「あ~あ、もう少しくっついていたかったっす~」
「お前なぁ、こういう子供みたいなスキンシップはそろそろ止めたほうがいいんじゃないのか?」
「えっ、もしかして嫌っすか?」
苦難を超えた俺が独り言のようにため息を吐くと鈴蘭子は不安そうな顔になる。
「いや、そうじゃなくて鈴蘭子だってもうすぐ高校生になるんだから、こういうことをクラスの男子とかにもしていたらそのうち勘違いされるぞ」
この程度のお子様なスキンシップ程度は余裕で対応できる先輩としてのアドバイス(精一杯の強がり)のような感じで忠告すると鈴蘭子は胸を撫で下ろし何故か嬉しそうな顔になる。
「あーなるほど、そういうことっすか、心配しなくても私だってそれくらいわかってるっすよ。ずっと前から異性にこんなことしてませんよ。しているのは……宏先輩だけっすよ」
どうやら俺は異性として見られていないらしい。たしかに俺たちは先輩後輩という関係だからそう思われても仕方がないと言うか当然だと思うし後輩であり友人でもある鈴蘭子からそう思われているのは嬉しくないわけじゃないけど、男としては情けないような複雑な気持ちだ。
「そんなことより、そろそろ中に入りませんか?」
そうだった、当初の目的を忘れるところだった。
俺たちは映画を見に来たんだったな、決して映画館の前でくだらない雑談をしに来たわけではない。鈴蘭子の言葉で当初の目的を思い出す。
「それもそうだな」
「それじゃあ――行くっすよ宏先輩!」
何の許可も取らずまるで恋人同士かのように自然と鈴蘭子は俺の長袖から僅かに出ている手首を握る。そしてそのまま夏休み前の小学生のようなウキウキとした様子で俺の腕を引く。
なんと言うか、別に彼氏じゃないから格好をつける必要はないとはいえ、後輩女子に手を引かれ映画館に入る男子高校生は世の女性的にはアリなのだろうか? 一般男子からの意見を言わせてもらえば普通にナシだと思う。鈴蘭子が彼女なら俺だってもっとリードしようとするはずだ……なんて言い訳を心の中でしている間にも自動ドアのガラスに反射する情けない自分の姿が大きくなっていき、結局何も行動できず映画館へと入ると温かな暖房の空気を感じ、そこでようやく鈴蘭子の手が冷たかったことに気づかされる。
なんと言うか、もし俺が彼氏でこれがデートだとするなら例え食べきれないのがわかっているのに鈴蘭子がポップコーンやホットドッグを頼んだとしても笑顔で全額奢るべきだろうと恋愛経験皆無の情けない自分を戒めるのだった。
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